作品タイトル不明
レイド王との謁見2
「……これが、エルフの精霊魔術を模したもの、か。確かに、エルフ達が人間の魔術を下に見ている理由が分かるな。このような魔術を使える魔術師は、我がカーヴァン王国にはいないだろう……残念ながら、な」
レイドはそう呟くと、静かに椅子に座り直した。背もたれに体重を預けて、長い息を吐く。
「なるほど、そうか……我がカーヴァン王国はどの国よりも先んじているという自負があったが、こと魔術に関しては出遅れているのやもしれんな」
レイドが何か言葉を発している。声は聞こえなくても、その気配は察したのか。階段下に近い騎士は周囲を見回して怒号のような声を発した。
「静粛に! 陛下の御前である!」
その号令があっても、今回は静かになるまでに少し時間を要した。その様子を苛立たしげに眺めながら、レイドが口を開く。
「……宮廷魔術師長、アードベッグよ」
「は、はは……っ!」
急に名を呼ばれて、アードベッグが慌てて返事をする。あのアードベッグが、地面に頭が着きそうなほど深々と頭を下げていた。
レイドはそれを真っすぐに見下ろして、口を開く。
「今のアオイ殿の魔術は、理解できたか? 再現しようと思ったら、何年かかる?」
端的なあっさりとした質問だった。だが、アードベッグの額からは滝のような汗が流れ落ちている。
数秒もの時間をかけて、アードベッグは顔を上げた。
「…………まったく、理解できませんでした。恐らく、魔術の概念、研究の方向性が我がカーヴァン王国のものと違う為、再現することすら難しいと思われます」
アードベッグが低い声でそう口にすると、謁見の間に大きなどよめきが起きた。騎士が怒鳴って静かにさせようとしているが、魔術師達に至ってはその場で激しい議論をする者まで現れており、とてもではないが収まりそうになかった。
その原因となる言葉を発したアードベッグは、ただただ無言で地面を睨んでいる。表情は窺い知れないが、もしかしたら私に対しての怒りや不満を持ってしまっているかもしれない。
と、レイドが騒がしい謁見の間をぐるりと見て、最後に私の方に顔を向けた。
「……情けない姿を見せてしまったな、アオイ殿」
そう呟いてから、顔を上げて後方のグレンに対しても口を開く。
「グレン侯爵。これが我がカーヴァン王国の魔術のレベルだ。フィディック学院から見て、児戯にも等しいと笑うほどの水準だろうか」
自嘲気味な笑みを浮かべて、レイドがそう尋ねた。それに、グレンは申し訳なさそうに首を左右に振る。
「いやいや、先ほどアードベッグ殿の魔術を拝見したが、児戯などとんでもないぞい。フィディック学院の上級教員と並ぶ高い能力をもっておると思いましたわい」
面子が潰れてしまったアードベッグのフォローをするように、グレンがカーヴァン王国の魔術の水準を評価した。その言葉に、アードベッグの肩がぴくりと揺れる。
対して、レイドは冷静にグレンの台詞を聞き、更なる問いかけを行う。
「……遠慮はいらぬ。例えばだが、先ほどのアオイ殿の雷の魔術。これは我が国ではまだ実現出来ていない魔術だ。この魔術をフィディック学院では何人が扱うことが出来る?」
レイドがそう尋ねると、グレンは眉をハの字にして唸った。
「ふむ……わしも加えて良いなら、十人ほどじゃろうか。練習中でまだまだ安定していない者も含めると今は三十人くらいだったかのう?」
首を傾げながら、グレンは確認の為に私を見た。それに同意の意味で頷き、レイドを見上げる。
「はい。フィディック学院では現在、私の行っている魔術概論の講義で雷の魔術を教えております。また、魔術概論その二では複合魔術についても講義をしている最中です」
そう答えた後、私は重要なことを思い出して再度口を開いた。
「……あ、言い忘れましたが、雷の魔術を使える生徒達の中で、最も上手に扱えるのはこのカーヴァン王国の生徒、ディーン・ストーン君ですよ」
そう告げると、レイドの目が丸く見開かれた。後ろでアードベッグが顔を上げる気配も感じる。
「我が国の子が、雷の魔術を? ストーンということは、ストーン男爵家の子か」
レイドが驚きの声を上げると、その驚きが伝わったのか謁見の間の空気が変わった。
「……今、雷の魔術を使える生徒、と言ったのか? 教員ではなく?」
「ちょっと待て、その中でも我が国の子が最も優れている、と……」
「誰だ、ストーン男爵家とは。領地持ちではないのか?」
先ほどとは全く違うざわめきが起き、少しだけ気分が良くなる。期待を込めてレイドを見上げていると、眉間に皺を作ったレイドが椅子の背もたれから体を起こし、口を開いた。
「記憶は朧気だが、ストーン男爵は魔術が得意というわけでもなかったように思う。その子息が、そのように類まれな魔術の才があった、ということか?」
「はい。ディーン君はとても真面目で、魔術への探求心も持っています。まだ十四歳ほどですし、このままフィディック学院で学んでいけば、特級魔術はもちろん、複数属性の複合魔術も使えるようになるでしょう。私も将来を楽しみにしております」
喜び勇んでそう伝えると、謁見の間に驚愕の声が広がる。
「お、おお……! 雷の魔術だけでなく、複合魔術も……!」
「それは、是非とも宮廷魔術師に……!」
「いや、待て! 我がカーヴァン王国の魔術研究を向上させるために、新たに王都に魔術学院を……」
そんな声が四方から聞こえてくる中、レイドは少しホッとしたような表情で息を吐いた。どうやら、カーヴァン王国の魔術水準だけが大きく出遅れているのかもしれないと不安になっていたらしい。
「……そうか。まずは、我がカーヴァン王国の子らにもそのような特別な魔術を教えてもらったことに対して感謝を。通常ならば、国家の重要機密となるような重要な研究だろう。そういったことを学べるだけでも、フィディック学院が特別な魔術学院であることは認識できた」
レイドがそう告げると、グレンが嬉しそうに笑った。
「ほっほっほ。いやいや、雷の魔術に関しては全てそこのアオイ君の力じゃよ。それに、雷の魔術に関してはエルフ達ですら使うことは出来ないんじゃから、あまり心配する必要はないぞい」
上機嫌にグレンが答えると、レイドは興味深そうに頷く。
「ふむ、そうなのか。あの魔術に長けたエルフ達ですら出来ない魔術を……いや、今回の謁見は実に有意義なものとなったな」
そう呟き、レイドはふと重要なことに気が付く。
「む? それで、謁見の内容は確か学院に向かった我が子の話ではなかったか?」
レイドがそう口にすると、階段下にいた騎士が顔を上げた。
「は! 内容は、ジェムソン殿下がフィディック学院への入学が出来なかったことに対する説明、とのことでした!」
その言葉を聞き、レイドは片方の眉を上げる。
「……ジェムソンが入学できなかった、か。それはつまり、我が子はフィディック学院に入学する実力を有していなかった、ということではないのか? それに対して親が怒っているのではないかという心配なら無用である。我が子らの内、三人は王都の魔術学院に通った。ジェムソンもその一人だがな。そして、残りの五人は騎士や法務の道を歩んでおる。本来、魔術師の才能を持つ者は少ないのだから、実力に差が出るのも当然といえよう。そのことでフィディック学院やグレン侯爵に対して文句など言うような狭量ではないつもりだ」
レイドがそう言ってグレンを見下ろすと、そのすぐ後ろで跪いているアードベッグが体を硬く縮こまらせていた。グレンもアードベッグの様子が分かっているのか、どう説明したものかといった様子で唸り、若干申し訳なさそうに口を開いた。
「……アオイ君がエルフの王国で国王に認められるという事件を起こしたお陰か、フィディック学院は大量の転入希望者で溢れておる。それもあって、学院内は普段より騒々しい状態で、その空気の影響もあるのかもなんじゃが、その、ジェムソン殿下が少しモメ事を起こしてしもうてのう……」
「何? 揉め事? どういうことか。詳しく話してもらいたい」
グレンの言葉に、レイドは焦れたように前傾姿勢になる。グレンは配慮し過ぎているのか、説明が回りくどくなってしまっていて、問題となっている部分がぼやけてしまっている気がした。
この為にカーヴァン王国に来たのに、曖昧な伝え方では良くないのではないか。そう思ってグレンに顔を向ける。
「グレン学長。詳しく、詳細をそのままお話しください」
そう告げると、グレンは眉根を寄せて困ったように口を噤んだ。どう言おうか考えているようだ。早く話してもらいたいが、私が代わりに話すのは学長であるグレンに申し訳ない。
仕方ないので、目でグレンに急ぐように訴える。
「ヒェ」
何故か、グレンが小さな悲鳴を上げた。
そんなことをしていると、レイドが溜め息を吐いて私を見た。
「……余程のことがあったのか? グレン侯爵は貴族故、余計な気を遣ってしまっているようだ。もし分かるなら、アオイ殿から説明をしてほしい」
レイドにそう言われて、深く頷く。グレンが困っており、レイドが私に頼むと言ったのだ。これならば私が話しても良いだろう。
そう思って口を開きかけたが、グレンが慌てた様子で先に声をかけてきた。
「あ、アオイ君……! 優しく、優しく内容を……」
「優しくの意味が分かりません」
「Oh……」
返事をするとグレンは変な声を上げてがっくりと肩を落とした。
そもそも、どう優しく言ったところで事実は事実である。内容に変わりはないのだ。
「それでは、陛下。私が簡単に説明します……当初、ジェムソンさんはフィディック学院に入学するつもりで来られたようですが、すでにかなりの魔術の知識や技術をお持ちのようでした。そのせいもあり、上級教員の魔術だけを優先的に受けると言い始めました。そもそも、まだフィディック学院に入学していないのに、自分だけの特別な講義をするように訴え始めたのです」
そう告げると、レイドの眉が険しい角度へと変化し始めた。その表情の変化を確認しながら、私は話を続ける。
「フィディック学院は貴族や庶民、人間や獣人などといった垣根を越えて魔術を学ぶ場です。地位や人種などでの差別は禁止されています。そういった面を含めて教員が説得しようとしたところ、あろうことか学院内で魔術を行使して意見を通そうとしておりました」
そう続けると、レイドが思わず口をはさんだ。
「……まさか、けが人が出たのか?」
レイドが低い声でそう口にするが、首を左右に振って答える。
「いえ、怪我人は出ておりません。途中からアードベッグさんもジェムソンさんに指示されて学院内で魔術を使っておりましたが、私と教員の方で対処いたしました」
そう口にすると、レイドの顔色が変わった。
「……アードベッグ」
地の底から響くような声でレイドが名を呼ぶと、アードベッグは顔を上げて首を何度も左右に振る。
「へ、陛下……! これは違うのです! 行き違いがあり大きな騒動になってしまいましたが、私は殿下を守ろうとしただけで……!」
慌てて自己弁護をしようとするアードベッグに、レイドは細い息を吐く。
「……それでは、先に手を出したのはフィディック学院教員である、と主張するわけだな?」
レイドが確認をすると、アードベッグは息を呑んだ。そして、私やグレンを無言で睨む。レイドはその様子を横目に見つつ、私に対して口を開いた。
「状況はどうだったのか。話してくれ」
レイドに続きを促されて、頷いて答える。
「当初、ジェムソンさんの説得に教員が対応をしておりましたが、自身の要望が通らないと知り、攻撃用の魔術の詠唱を開始。それに対して、学院の教員は口頭にて詠唱の中断を訴えました。しかし、その説得も空しく魔術は発動してしまい、教員達が被害者を出さないように魔術の無効化を行っております。その後、激高したジェムソンさんはアードベッグさんに協力を依頼し、学院内で上級以上の魔術を使おうとされていました。そちらは私が止めさせていただきましたが、もし間に合わなければ多くの死傷者が出たものと思っております」
そう告げると、レイドは鬼のような形相でアードベッグを睨んだ。その鋭い視線に震え上がり、アードベッグは首を何度も左右に振る。
「い、いえ! それは大げさかと……! 私は十分に規模を抑え、見た目ばかりの魔術を披露しただけで、そんな恐ろしいことは一切……!」
「しておらんと申すか」
「は、はい……!」
アードベッグは必死に自分を守ろうと私の言葉を否定する。その様子に、言葉ではこれ以上の説明は出来ないと判断した。
「それでは、実際に見てもらった方が良いかもしれません」
そう口にすると、皆の目が私に向く。
「……なに? 実際に見る、とは……再現するという意味か?」
レイドが困惑して呟いた。それに頷き、答える。
「再現とは少し違いますが、映像をお見せしようと思います」
言いながら、私は水と火の魔術を用いたオリジナル魔術を披露することにしたのだった。