軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

アードベッグとの再戦3

アードベッグがそう口にした直後、虎の口がワニのように大きく開き、炎が噴き出した。それまではしっかりと虎の造形をしていたのに、急に化け物のようになってしまった。それになんとなく悲しい気持ちになりつつ、魔術名を口にする。

「 氷の世界(アイスブランド) 」

そう呟いた直後、魔力はその性質を変えて絶対零度の霧となる。正確には霧ではなく空気中の水分を凍り付かせていく魔力の帯だが、周りで見ている者たちからはダイヤモンドダストのように見えていることだろう。

魔力は形を変えて炎の前に集まり、一気にその大きさを変えた。触れるもの全てを凍り付かせるような絶対零度の巨大な氷の壁だ。その壁は次々に左右に広がっていき、炎を取り囲む。離れていても空気を伝わって冷凍庫の中にいるような極寒の冷気を放っているが、その冷気も全て炎を弱めることに使う。

絶対零度はマイナス二百七十三度の超低温である。対して、五百度以上の高温の炎との接触。普通に数学として計算するなら、氷が融けて終わりそうだが、そういう簡単な問題ではない。

私の氷の魔術は氷を出現させるのではなく、絶対零度に到達する為に分子の動きを完全に停止させることを大前提としている。つまり、分子が活発に動くことでエネルギーを発している火の魔術には、ある意味で最適な対抗魔術となるのだ。

事実、アードベッグの出現させた炎の虎は瞬く間に凍り付いていき、氷の壁に囚われた氷像のようになってしまった。

その様子を、アードベッグは唖然とした様子で見守っている。

「……これで、防げたと思いますが」

そう声をかけると、アードベッグの奥に立つ男たちがハッとした顔になり、慌てて頷く。

「は、はい! 間違いありません!」

男の一人がそう宣言すると、一番右側に立つ男が困惑しつつも司会をしようとした。

「そ、それでは、魔術試験は合格ということで、アオイ様のご要望である陛下との謁見についても許可、で構いませんね」

言葉を発しないアードベッグの背中を何度か見ながら、男は試験を合格としてくれた。思ったよりあっさりと合格できたことにホッとしていると、アードベッグがゆっくりとこちらに目を向ける。

「……これは、我が魔術がアオイ殿の力に及ばなかったと認めざるを得ない……しかし、フィディック学院からこの王都まであり得ないほどの時間で到着したことについては、いまだ不明だ。それについて、どうやったのか答えてもらおう」

「移動手段ですか? 飛翔の魔術ですが……」

そう答えると、アードベッグは顔を引きつらせて唸る。

「……飛翔の魔術は各国が内々で研究をしておるが、わずかな時間飛ぶことが精いっぱいだと言われている。極秘だが、わが国でも飛翔の魔術は研究中で高さ、距離をどう伸ばすかという段階だ。とてもではないが、移動手段などに使えるような状況ではない」

アードベッグがこちらへの疑念を隠さずに各国の研究状況について口にする。つまり、各国でも手を焼いている研究なのに、本当にそんなことが出来るのか、ということだろう。

それならば、実演すれば一番話が早いに違いない。

そう思い、飛翔の魔術を行使した。身体を風が柔らかく包み込み、水に浮かぶように浮力を肌で感じる。そのままゆっくりと上昇すると、アードベッグのみならず奥でこちらを見ていた男たちも目と口を真ん丸にして見上げていた。

それを見下ろしながら、グレンに声を掛ける。

「学長。学長もお手本をどうぞ」

そう告げると、グレンはとても嫌そうな顔で首を左右に振った。

「い、いや、わしはそんなお手本なぞ……」

そう答えると、グレンの近くに立つ魔術師達が勢いよく振り向く。

「ぐ、グレン侯爵もお使いになられるのですか?」

「ま、まさか、フィディック学院では他国よりも進んだ飛翔魔術の研究が……」

男たちが驚愕の眼差しをグレンに向けて呟いた。その視線を受けて、出来ないとは言えない。観念したのか、グレンはおもむろに立ち上がり、飛翔の魔術を行使する。練習中ということもあり、まだまだ力の制御が甘いグレンは強い風を巻き起こしてから自らの体の周りに収束させていく。私よりも明らかに力強く空に浮かび上がったグレンを見て、広場を取り囲む人々は息を呑んだ。

「す、すごい……」

「あれが、フィディック学院の学長……」

どうやら、グレンの方が飛翔魔術が得意だと勘違いされてそうである。まぁ、その方がフィディック学院の評判が良くなりそうなので、あえて訂正する必要もないだろう。

「グレン学長、お上手です」

そう言って褒めるが、グレンは何とも言えない表情でこちらを見て来た。

「褒めていただいて光栄じゃが、こんなに目立つのは想定外じゃよ……試験を始める前にやり過ぎないように身振り手振りで伝えたじゃろ?」

「え? しっかりフィディック学院の教員としての実力を見せろ、という意味では?」

「Oh……確かに、きちんと言葉にしなかったわしが悪いのう」

どうやら行き違いがあったらしい。グレンは空に浮かんだまま額を叩いて天を見上げた。

まぁ、実力を示しておいた方が色々言われなくて良いと思うが、グレンにはグレンの考えがあったらしい。

「それはともかく、グレン学長も軽く飛んでみせてください」

そう言いつつ、私は広場の上空を軽くひらひらと飛んで見せた。グレンは溜め息を吐き、飛翔の魔術を続行する。

「わしはそんなに繊細に動けんぞい」

不平不満を呟きつつ、グレンが空を舞う。とはいえ、加速、減速、方向転換といった動作を一つずつ行っているので、動きは漫画に出てくる雷の絵のようにカクカクと飛んでいる。一方、私は細かな位置修正や角度の調整をしながら広場の上をくるくると回るようにして飛んでいた。

広場全体で驚きの声が上がるが、どうもグレンの方が歓声が多い気がする。急加速と急ブレーキを繰り返しながら空を飛ぶグレンの姿を見て、飛翔の魔術を使わない人からは複雑な動きに見えるのかもしれない。

まったく、面白いものである。

「お、おお……なんということだ」

「あれほど自由自在に空を……」

地上からアードベッグ達の声が聞こえてきて、グレンと私はそちらへ顔を向けた。どうやら飛翔の魔術を使えることは理解してもらえたようなので、一旦高さ五メートルほどまで降下する。

「……どうでしょう? 飛翔の魔術に関しては問題ありませんか?」

そう尋ねると、アードベッグの後方に並ぶ男の一人が口を開く。

「も、もちろんです。しかし、もし良ければ飛翔の魔術について質問をさせていただきたいのですが……」

「はい? もちろん、構いませんよ」

急に質問をされて驚いたが、とりあえず魔術の水準を上げる一助になるのならと頷く。

「その、風の魔術で空に浮かんでいるのなら、そのように安定しないと思うのですが……」

「風の魔術を使うのは間違いありませんが、使い方が違うと思います。風で力づくで浮かせるのではなく、自らを風の一部のように考えるのです」

「風の一部……」

聞いた言葉を反芻する男。その様子を横目に見て、アードベッグが悔しそうに唸った。

「……ば、馬鹿な……これほどの魔術を……」