作品タイトル不明
アードベッグとの再戦2
城門を通過して暫くすると、広い石畳の広場に辿り着いた。広場の四方には見上げるような塔のオブジェが建っており、石造りの建物が壁のように囲んでいる。その広場はとても広く、まるで野球場のような形に思えた。菱形と扇を足したような形だ。こちら側が扇の開いた部分であり、奥に行けば行くほど細くなっている。
広場の周囲はぐるりと建物の前に人が立っており、更に中心には何人かの姿もある。見渡す限りの人がいるのに、殆ど声も聞こえない不思議な空間だった。馬車は広間の前で止まり、扉が外から開かれる。
「到着いたしました」
「どうぞ、こちらへ」
騎士二人が馬車の扉を左右から開いた状態で固定し、もう一人の騎士が扉の下に台を設置する。
「ありがとうございます」
そう言って、私は一番に馬車から降りた。
「ご丁寧に……良い馬車じゃったぞい」
グレンもにこにこして馬車から降りてくるが、すぐに周囲の状況を見て固まった。
「……お、おお。思ったより人が集まっておるのう」
こちらに顔を寄せて、グレンがこそこそとそんなことを言ってくる。
「そうですね。とりあえず、中心で待っている人がいるので、そちらに行ってみましょう」
返事をしてから顔を上げて、広場の真ん中を見る。すると、グレンが頷いて前で出てきた。
「それでは、わしが先を歩こうかの。まさか何か仕掛けてくるとは思っておらんが、一応わしも侯爵位じゃからな。簡単に手出しは出来ないじゃろう」
そう言って、グレンが先を歩き出す。どうやら、場の空気に触れてカーヴァン王国に来た当初の緊張感を取り戻したらしい。
「よろしくお願いします」
何かするつもりなら宿泊施設や馬車の中で人目に触れないように行っただろうとは思うが、せっかくなのでグレンの厚意に甘えることにした。
「……なんで皆無言なんじゃろ。めっちゃ怖いぞい。敵地じゃ。完全に敵地じゃ……」
前から何かぶつぶつと声が聞こえてくるが、気のせいだろう。グレンは学長として頼もしい背中を見せてくれているのだ。
広場を進んでいくと、程なくして奥から声がかけられた。
「そこでお立ち止まりください」
「むむ」
制止を促す言葉に反応してグレンが足を止める。すると、広場の中央に立つ男たちの内、一番右側の男が口を開いた。
「……この度は急な申し入れにも関わらず、魔術試験を受諾していただき感謝いたします」
「試験? 魔術比べではなくて、かの?」
グレンが聞き返すと、話の腰を折られた男は少しやり辛そうに眉根を寄せる。
「……はい、魔術の力量を見る試験と伺っております。アオイ様はフィディック学院でも上位の上級教員であることは存じておりますので、担当官は宮廷魔術師のアードベッグが行わせていただきます。また、試験内容としては担当官が魔術の実演を行い、それと同等以上の魔術をアオイ様が行うことといたします。その際、不正防止の為グレン閣下はこちらの席でお待ちいただきます」
男はそう言うと、自らの隣に置かれた白い椅子を指示した。装飾の施された美しい椅子だが、なんとなく見世物にされているような気がする。いや、見世物なのは私だったか。
そんなことを思っていると、グレンはぎこちなく頷きながら答える。
「内容は承知したぞい。それでは、すぐに始めるのかの?」
「はい、申し訳ありませんが、グレン閣下はこちらへ」
グレンは相手の言葉に首肯を返し、一瞬こちらを見た。それに目で大丈夫だと伝える。
「……では、わしはどんと構えて見物しようかのう。ほっほっほ」
グレンは自らの髭を撫でながらそう呟くと、相手の方へ歩いて行った。グレンが椅子に座る様子を見てから、男は再度口を開く。
「それでは、魔術試験を始めます! まずは試験担当官であるアードベッグ宮廷魔術師長! 前へ!」
一際大きく宣言された開始の合図に、名を呼ばれたアードベッグが険しい顔で前に出てくる。そういえば、アードベッグは宮廷魔術師の長だったか。
アードベッグは十歩、十五歩と前にでて止まり、顔を上げた。
「……約二カ月ぶりだろうか。久しぶりだな、アオイ殿」
「いえ、二カ月は経っていないかと……あ、お久しぶりです。ご無沙汰しておりました」
アードベッグの言葉を訂正しつつ挨拶を返す。すると、アードベッグの眉間に深い縦皺が刻まれた。
「相も変わらず人を舐めた女だ。だが、実力は確かに素晴らしい。どのような技を使ったかは知らぬが、フィディック学院からこの王都まで僅か数日で到着したと聞いたが、それは事実か?」
「もちろんです。私がこの場にいることが何よりの証拠でしょう」
「……確かに、偽者とは思えんな。その辺りの話は、また後で聞かせてもらおう」
そう呟き、アードベッグが詠唱を始める。急に詠唱が始まったことで、広場に集まっていた者たちの間で一気に緊張感が広まった。
アードベッグの詠唱を聞きながら、ざわざわと高まる緊張感に触れて一瞬、懐かしい気持ちになる。
「……何を笑っている」
不意に、詠唱を終えたアードベッグからそんなことを言われた。それに苦笑を返し、首を左右に振る。
「いえ、大したことではありません。お気になさらないでください」
そう答えると、アードベッグは更に表情を険しいものへと変えた。
「余裕を見せおって……これを見てもその顔が出来るか? 炎虎咆哮(フレイムタン) ……!」
魔術名を口にして、魔術が行使される。アードベッグの足元を円を描くように炎が走り、螺旋を描いて空へと昇っていく。真っ赤に燃える炎は十分な迫力をもって空に集まり、形を成していった。
「お、おお……!」
「なんと巨大な……!」
アードベッグの奥にいる男たちも魔術師なのか、驚きの声を上げている。その間にも炎は見る見る間に巨大に膨れ上がっていき、徐々に形が細部まで出来上がっていった。十秒ほどだろうか。完成した姿はまさに巨大な炎の虎と呼べるものとなった。十分な火の勢い、熱量、サイズだ。あの炎の虎が突撃するだけでも対象は焼き尽くされるだろう。ただ、詠唱を聞いている限り、かなり温度と制御に拘った魔術のようだったが、少し詠唱が長すぎる気がした。
「お見事です。この魔術は、虎を形成する炎を吐き出して対象へぶつけるものですね?」
そう尋ねると、アードベッグが口の端を上げる。
「その通りだ。この魔術、アオイ殿ならいかように防いでみせるか」
挑発的な物言いだ。アードベッグは暗にこれを防ぐことは出来ないだろうと言っている。しかし、現実には大きさがすごいだけで、エルフの王の火の魔術に遠く及ばない。あちらは岩も蒸発するような超高熱を維持していたのだ。
だが、それを告げてしまうとアードベッグの自尊心を傷つけてしまうかもしれない。そう思い、言葉を選ぶことにした。
「そうですね。私なら、やはり炎が苦手とする氷の壁で閉じ込めてしまいます。安易に水を選ぶと大量の水蒸気が発生しますから、簡単には融けないくらいの氷が良いですね」
そう答えると、アードベッグは目を点にして間の抜けた顔をした。そして、こらえきれないといった様子で笑い出す。
「ふ、はっはっは! 口だけは達者だな、小娘! ならば、見せてみよ! 防げるといったその言葉、今更戻すことは出来ぬぞ!?」
アードベッグが怒鳴ると、空中に浮かぶ炎の虎が姿勢を低くして飛び掛かるような態勢になった。それを見て、アードベッグの後方から男たちが焦り、声を発する。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「アードベッグ卿! それはまずい!」
「市民に被害が……!」
慌てて止めに入ろうとするが、もう遅い。アードベッグは怒りに駆られた様子で炎の虎をけしかけてきた。
「貴様が防げると豪語したのだ! さぁ、防いでみせろ!」