作品タイトル不明
【別視点】諜報機関
【諜報機関にて】
カーヴァン王国の王であるレイド・ディスティラーズ・レイバーンは常に暗殺を警戒していた。幼い頃より何度も暗殺されかけた経験から、極端に疑り深い性格となってしまったことが原因の一つだが、実際には十五歳辺りを超えてから暗殺されそうになるようなことは無かった。
だが、そのことをも心から信じることが出来ず、レイドは居城から出ることがなくなっていった。また、国内外問わず全ての来訪者を調査する機関を設置し、常に外部の情報と内部の情報を収集、分析して見えない脅威に備えている。
恐るべきことに、他国よりも遥かに大きな予算と人員を導入している為、カーヴァン王国の諜報を担当する機関は優れた情報収集能力を有していた。
その為、グレンとアオイがカーヴァン王国の王都に到着した時から僅か一週間程度で、グレン達がヴァーテッド王国から王都までにある複数の主要都市のどれも経由せずに現れたと知れた。
通常ではあり得ない状況に加えて、外からの情報によりグレン達が偽者の可能性があるとされ、調査室の緊張感が更に強まってしまうのは仕方がないことと言えた。
その調査室から最新の報告書を受け取り、国防を担う最高責任者の男が慎重に情報を精査する。
部屋は地下にでもあるのだろうか。窓もなく、照明はランプの明かりのみだ。部屋自体は広い為、部屋の隅が暗くなってしまっている。その部屋の中心に、大きな執務机があり、左右には天井まである大きな本棚が列を作って並んでいた。
執務室の奥の椅子には一人の男が座っており、その机の前には軽装の鎧を着た男とローブを羽織った男が立っている。
「……フィディック学院よりグレン侯爵と教員のアオイが出たのは間違いない、か。しかし、時期を考えると早馬などよりも遥かに早い時間で着いたことになる。最高クラスの魔術師であるグレン侯爵と、それを凌ぐとされるアオイという魔術師ならば、そのようなことが十分に可能だろう」
男がそう口にすると、部下らしき騎士と魔術師が眉根を寄せた。二人も調査室から送られた報告書には目を通しており、男の言葉の意味を理解している。
「閣下。早馬で馬を潰すつもりであっても一週間以内にここまで来ることは不可能です。それを、どうやって……」
「それだけじゃありません。グレン侯爵とアオイ殿が偽者かもしれないと情報をくれたのはジェムソン殿下です。これは、通常よりもきっちりと調査しなければなりませんぞ」
二人が深刻な表情でそう言うと、男は腕を組んで唸った。しばらく目を閉じて考え込んでいたが、答えが出たのか、再び顔を上げて二人を見返す。
「……そうだな。もし、何かあれば大変なことだ。それでは、調査の方は継続とし、フィディック学院にも改めて調査員を派遣しろ。調査の時間が延びてしまう為、グレン侯爵とアオイの両名が不満を持たないように、より完璧な接待をしろと念を押しておけ」
男がそう口にした時、男たちがいる部屋の扉をノックする音が聞こえた。その音に振り返り、三人が視線を向けると、扉が外から開かれる。顔を出したのは鎧を着た若い男だった。
「……バーク閣下。お客様です」
「何? この調査室の最奥にか?」
若い男から受けた報告に、バークと呼ばれた男は眉根を寄せて唸る。調査室はその性質上、誰でも入れる場所にはない。さらに、本来であればバークの下まで直接情報が届くことはない。幾つか調査員が情報を精査、出所の確認などを行い、ようやくバークの耳に入るのが普通だ。
だが、それらの流れを全て素通りして誰かが訪ねてきたという。それに、バーク達は顔を見合わせた。
「……ジェムソン殿下か?」
「いや、そんな話をしている時間は無い。早くお通ししなくては」
「確かにな……よし、通してくれ」
僅かな間で話し合い、バークがすぐに若い男に声を掛けた。若い男は頷いて一旦扉を閉めて姿を消す。その後、二十秒ほど経ってから、再び扉がノックされた。
「……どうぞ、お入りを」
バークがそう告げると、扉がゆっくりと開かれて、金髪の中年男性が顔を見せる。ロレットである。ロレットが静かに部屋の中へ入ってくると、三人は体ごと向き直って表情を引き締めた。
「邪魔をする。バーク伯爵、久しぶりだな」
ロレットが簡単に挨拶すると、バークが深く頷き答える。
「はい、お久しぶりです。いつも忙しく諸国を回られているロレット卿が、こんな場所へ何の御用でしょうか」
バークは少し慎重な様子を見せてそう尋ねた。それにロレットが苦笑しつつ、肩を竦めて口を開く。
「緊張しなくて良いぞ、伯爵。風の噂で卿らが困っていると聞いてな。良い情報を持ってきたのだ」
ロレットがそう言って執務机の方へ歩き出すと、鎧を着た男が慌てて椅子を準備する。それに片手を挙げて応え、ロレットは自然な動作で椅子に座った。ロレットは片手を手のひらを上にしてバークの方へ差し出し、鋭い目で口を開く。
「報告書を」
「あ、そ、それは……」
ロレットが報告書を要求すると、バークは戸惑いを隠せずに声をどもらせた。その様子を睨むように見つつ、ロレットが溜め息を吐く。
「心配する必要はない。そもそも、私は各国の要人とそれなりの関係性を築いているが、深入りしようとはしていないのだ。別にグレン侯爵やアオイ殿の肩を持つわけではない」
ロレットが怒気を滲ませてそう言うと、バークは一瞬の躊躇いはみせたものの、すぐに報告書をロレットへと差し出した。それを受け取って中身の確認に移り、すぐに片方の眉を上げる。十枚、二十枚といわず積み上げられた報告書の一枚一枚をじっくりと読みながら、ロレットが気になる点を言葉として発する。
「……出自不明。ヴァーテッド王国北部という噂はあるが、それも定かではない。また、魔術師としての系統も不明。実力は世界各国の宮廷魔術師と比べても遜色なく、詠唱技術や魔力の総量などにおいては他を圧倒するものと思われる。その力を認められ、フィディック学院では異例の上級教員として採用された。その後、驚異的な実力を示してメイプルリーフ聖皇国で癒しの魔術においても力を発揮、聖人と聖女に並ぶとディアジオ陛下より認められる。さらに、信じられないことに他種族と交流を控えているエルフの王国に赴き、入国を許されるどころか王族にもその実力を認められたとされている。その証拠に、エルフの王国は突如として他種族をエルフと同等に扱うようにお触れを出した。それは同じエルフの血が入ったハーフエルフですら差別してきたエルフからすると、驚くべき変化と言える。一方で、ヴァーテッド王国特別自治領であるウィンターバレーの裏で暗躍する無法の者たちを束ね、影から支配しているという噂もある。それらのこともあり、現在では学院の魔女や魔導の深淵に触れし者……ん? 災厄の悪魔? ふ、はっはっはっは! ついに悪魔とまで呼ばれ始めたか!」
ロレットは報告書を読んでいき、途中で吹き出すように笑いだした。何が面白いのかとバーク達は顔を見合わせる。
「その、ロレット卿……こちらの別途資料の方に記載されておりますが、悪魔というのはそのままの意味ではなく、詠唱を必要としないとされる悪魔の逸話に由来が……」
バークが何か不安に思ったのか、災厄の悪魔という名の由来を誤解されないようにロレットに説明しようとする。それに再び笑い、ロレットが口を開く。
「ふん、卿が名付けたわけでもあるまいに、不安に思うな。別に私はアオイ殿の味方というわけではない。それに、悪魔の逸話など私とて十分に理解している。悪魔とはこの世に魔術を授けた存在であり、エルフの原初の魔術よりも更に根源に近い魔術、魔導を扱う存在。詠唱を必要とする現代の魔術とは全く違い、指を動かすことだけで事象を引き起こすことが出来るとされている……神話の中の話であり、ただの子供だましな物語だと思っていたが、アオイ殿の魔術の力を知ればそれも嘘ではなかったのかもしれないと思うようになるな」
ロレットのその言葉に、バークは曖昧に頷いておく。
「は、はぁ……いや、まさにその通りです。アオイ、殿の、詠唱をせずに魔術を行使するという話からついた名とされています。ただ、それほどの二つ名が付く者ですが、それでも僅か数日程度でフィディック学院からこの王都まで来た、という事実が信じられないのです。調査室の総意としては、先日報告されたグレン侯爵とアオイ殿の偽者が王都に現れたという話の方が可能性は高いと判断しております。はっきり言って、カーヴァン王国からフィディック学院に行った者は他の国よりも少なく、これまで諸国に赴いたことの少ないグレン侯爵と出自さえ不明なアオイ殿になりすます事は容易であると思われますので……」
バークは調査室としての現在の調査、分析状況を簡単に説明した。それに騎士と魔術師の二人も深く頷く。
暫く、部屋に沈黙が降りた。ロレットはその間も報告書を読み進めていたが、やがて溜め息を吐いて持っていた報告書を机の上に置いた。
「……なるほど。流石は我が国の調査室だ。素晴らしい情報の収集、調査、分析だな。どれも真に迫っており、半端なものは何一つない。だが、最後の結論には抜けていることがある」
「ぬ、抜けていること、ですか?」
ロレットの台詞に、バークは目を瞬かせた。それに口の端を上げて見返し、ロレットが答える。
「何度も実際に会い、話をした私の証言だ……この王都に現れたグレン侯爵とアオイ殿は、私が本物であると証言しよう。その判断における責任は、全て私がとる」