作品タイトル不明
カーヴァン王国では……
待つこと更に二週間。
新しいメイドが補充されて優雅な生活は続いているが、肝心のレイド王との謁見については未だに音沙汰無い。
「……いつになったら謁見できるのでしょう」
溜め息混じりにそう呟くと、食器の片付けをしていた執事がこちらを振り向き、申し訳なさそうに一礼した。
「お待たせしてしまい、大変申し訳ありません。王城へはグレン侯爵がお待ちである旨を伝えておりますが、どうにも……」
「いえ、執事さんのせいではありませんので……こちらこそ、余計な気を遣わせてしまいました」
お互い、低姿勢で謝罪し合う。すると、反対側に座るグレンが口元を拭きながら笑った。
「ほっほっほ……まぁ、焦っても仕方ないからのう。ゆったり待つとしようじゃないか。のう、アオイ君?」
ご機嫌な様子でそう口にしたグレンだが、その魂胆はこの贅沢な待遇を出来るだけ継続したいという一心だろう。僅かな間に体重が増えたところを見れば一目瞭然だ。
途中からもう安心と思い始めたのか、グレンはどんどん警戒心を解いていき、みるみる間に血色が良くなっていった。
食事はきちんと栄養バランスも考えられているのだろう。最高のベッドでゆっくり睡眠が取れて、湯浴みでは高級スパ並の扱いを受ける。そして、食事はいつも美味しくてグレンの我儘にも対応してくれるのだ。心身共に健康的になるのはもちろんだが、問題は自堕落な習慣が付きそうな点だ。人によるとは思うが、場合によってはダメ人間製造施設となりかねない。
正に今ダメ人間と成りつつあるグレンの目を見て返事をした。
「グレン学長はゆったりし過ぎです」
そう言うと、グレンはスプーンを咥えた格好で動きを止め、雨に打たれた子犬のような目でこちらを見て来る。そうこうしていると、メイド達が片付けに入り、グレンのスプーンも取り上げられてしまった。
「当初の予定では精々一週間程度で話をまとめて帰るつもりでしたが、このままではいつになるか分かりません。良い方法はありませんか?」
執事が退室したタイミングを見計らい、グレンにそう尋ねる。しかし、グレンは眉をハの字にして首を左右に振った。
「……それが、色々と考えてみたんじゃが、わしも中々良案が思い浮かばなくてのう。せめて、お世話をしてくれておる執事やメイド達の為にも、楽しんでおるフリをしておるのじゃよ」
「……そうですか」
グレンの言葉に多少の疑問を感じながらも、一応頷いておく。全力で接待を楽しんでいる疑惑もあるが、歳上なので立てておいてあげよう。
そんなことを思いつつ、軽く挨拶をして食堂を出た。階段を上がって自室に戻ると、窓の外に青空が広がっているのが見えた。正午ということもあり、陽もかなり高い。
窓辺に近づいて外の景色でも見ようかと視線を向けると、こちらに向かってくる一団が目に入った。
豪華な真っ白の馬車だ。その周りには馬に乗った騎士が十名ほどの姿もある。明らかに地位の高い人が馬車に乗っていると分かる光景だ。
何があったのかと思って眺めていると、その馬車がすぐ近くで停まり、騎士の一人が馬から降りて馬車の扉を開けた。
すると、馬車からどこかで見たような金髪の男が降りて来た。年齢は四十代後半といったところだろうか。小太りの男で、見事な金の刺繍が施された青い衣服に身を包んでいる。
「……ロレットさん?」
その男の顔を見て、ようやくその人物が誰か思い出せた。ロレット・ブラック。カーヴァン王国の公爵家当主だ。息子のバレル・ブラックはフィディック学院に通っており、私の講義に出席したこともある。
「もしかして、私たちが此処にいると聞いて訪ねてくれたのでしょうか」
そんなことを呟きながら眺めていると、馬車からもう一人誰かが顔を出した。
今度は知らない男だった。細い、気の弱そうな男だ。特徴的な灰色の髪の中年の男は、申し訳なさそうにロレットに頭を下げつつ馬車から降りた。誰なのだろうか。
と、更に今度は女性らしき細身の人影が馬車から降りてきた。濃い緑色の髪の女性だ。その凛とした表情を見て、すぐに誰かピンとくる。教え子の一人、ディーン・ストーンの母親であるティス・ストーンだ。それでは、もう一人の気弱そうな男はディーンの父親なのかもしれない。そう思って見るとディーンに似ているような気もする。
それにしても、三人はどういう関係なのだろうか?
確か、ストーン家の爵位は男爵のはずだ。公爵であるブラック家とは明らかに立場が違う。
「……どちらにせよ、私たちに用事があるのは確かでしょうね」
組み合わせには謎が残るが、ロレットとティスが揃ってきた以上、私かグレンに用事があるのは確かだ。そう判断して、部屋を後にした。
扉を開けて部屋から出てすぐ、階段の下から誰かが上がって来る足音が聞こえてくる。そちらに目を向けると、階段下から執事の顔が現れた。執事はこちらに気が付き、微笑みを浮かべながら近づいてくる。
「アオイ様。お客様がアオイ様、グレン様を訪ねていらっしゃいました。ご面会するお時間はありますでしょうか?」
と、執事は恭しくそう尋ねつつ、一礼をした。それに首を傾げながら、一階の玄関の方を指し示す。
「窓から見ていましたが、お客様というのはロレット公爵ではありませんか? それでしたら、こちらから馬車まで出向いて挨拶しに行くべきでは?」
地位を気にするカーヴァン王国で、公爵家当主を出迎えるどころか私たちの時間を気にすることに違和感を覚えてそう尋ねたのだが、執事は再度一礼して目を伏せた。
「我々はお客様を第一に考えるようにしております。この施設にお泊りになるお客様のご意向に沿うようにしておりますので、アオイ様は何も気になさる必要はありません」
執事にそう言われて、私は苦笑しつつ首を左右に振る。
「ありがとうございます。そこまで徹底しなくて大丈夫ですよ。すぐに会いますので、どこか場所を貸していただけますか?」
「承知いたしました。それでは一階の応接室をお使いください。広くはありませんが、いつでも使えるように準備はしておりますのでご安心ください」
執事にそう言われて、一階に移動して部屋に案内してもらう。どうやら食堂と反対側に応接室があったらしい。奥は男女別々の浴室となっているので、これで一階の全容が把握できた気がする。
「こちらでお待ちください」
「分かりました。ありがとうございます」
執事が扉を開けてくれたので、素直に感謝の言葉を告げて中に入った。
半ば予想していたが、応接室はまさに貴賓室とでも言うべき見事な部屋だった。単純なインテリアというだけでなく、広く間口をとった開放的な窓の採光が部屋の雰囲気を明るく品のあるものに変えている。窓の外に見える小さな中庭もよく手入れされていて良い印象を与えてくれた。
もちろん、室内のインテリアも豪華絢爛である。落ち着いた暗い色合いの木製テーブルや棚は厚みがあり、細かな装飾が品のある雰囲気を押し上げてくれている。そして、美しい文様が描かれたソファーと絨毯、カーテンが室内の豪華さを決定づけていた。
落ち着く木の香りを楽しみつつ、ソファーの背もたれを触って感触を確かめてみる。柔らかい布の感触を堪能していると、外から扉をノックする音が聞こえてきた。