作品タイトル不明
ロレットの訪問
「はい、どうぞ」
なんとなく偉い人にでもなった気分でそう答えると、静かに扉を開けて執事が頭を下げる。
「アオイ様。お客様をお連れしました」
「ありがとうございます」
勘違いしてはいけない。この建物の設備や待遇に自分の立場を間違えそうになるが、自分はただの教員なのだ。
そう自分を戒めて丁寧に返事をしておいた。
と、執事が扉の取っ手を持ったまま一歩後ろに下がると、ロレットが一番に入室してきた。普段もそうだが、今日はいつになく難しい顔をしている。そして、その少し後に続くようにティスと気弱そうな男の人が入室する。
「久しぶりだな、アオイ殿」
「お久しぶりです。ティスさんもご一緒のようですが、今日は何のご用ですか?」
そう尋ねると、ロレットは呆れたような顔をしてこちらを見た。
「……困っているかと思って訪ねてきてみたのだが、不要だったか」
どうやら、ロレットは私とグレンの手助けをしに来てくれたらしい。あまり親密な関係が築けているとは思っていなかった為、まったくの予想外である。
困惑してすぐに返事を出来ないでいると、今度はロレットの奥に立つティスが口を開いた。
「あ、あの、アオイ先生。お久しぶりです。ディーンがいつもお世話になっております」
「ティスさん。お久しぶりです」
ティスの挨拶に先に返答をした。ティスは普段ならもっとピシっとした性格だが、ロレットが近くにいる為いつもの調子が出ないらしい。少し遠慮がちな様子のティスを珍しいものを見るような気持で眺めて、次にティスの隣に立つ男を見た。すると、ティスがハッとした顔になって隣に手のひらで指し示すような仕草を見せる。
「あ、紹介が遅れてしまいました。こちらが私の夫であり、ディーンの父親であるコラム・ストーンです。一応、ストーン男爵家の当主でもあります」
ティスがそう口にすると、コラムと呼ばれた男が畏まった様子で頭を下げた。
「……初めまして、アオイ先生。コラム・ストーンと申します」
「初めまして。アオイ・コーノミナトと申します」
お互い初対面らしいぎこちなさで挨拶を交わした。それを確認してから、ティスが眉をハの字にして口を開く。
「その、差し出がましいことかと思いましたが、グレン学長とアオイ先生がこの街に来ていると聞き、少しでも何かお手伝いが出来ればと思い訪ねさせていただきました。情けないことにストーン家は大きな力を持っておらず、ちょうど同じ頃にフィディック学院から手紙が届いたブラック閣下に同席していただくことが出来ましたので、ご無理を言って此処までご一緒していただいたのです」
ティスが緊張した雰囲気でわたわたと経緯を話す。
「……手紙、ですか? お二人とも学院から手紙が届いたのですか?」
気になった部分があったので聞き返すと、コラムが浅く頷いて口を開いた。
「はい……カーヴァン王国は定期的に五大国へ外交官を派遣しています。それはフィディック学院も対象となっています。その外交官に依頼して手紙のやり取りをしていたのです。その手紙が今朝届きまして……」
コラムがそう言ってティスを一瞥すると、ティスが頷いて私を見つめる。
「その手紙に、アオイ先生がカーヴァン王国へ向けて出発されたと……」
二人の言葉に、首を傾げつつ疑問を口にした。
「なるほど。しかし、その手紙だけでよくこの場所が分かりましたね」
尋ねると、代わりにロレットが腕を組んで答えた。
「まぁ、カーヴァン王国の貴族なら予測できることだからな……とりあえず、座って話をするとしようか」
ロレットが鼻を鳴らしてそう呟き、慌てて一歩下がる。
「失礼しました。どうぞ、皆さん」
そう言ってソファーの方へ案内して座るように促した。皆が大人しくそれに従ってソファーに座ると、それを合図にしたように再度扉のドアが外からノックされた。
「ここで良いのかの? おお、ロレット殿! 久しいのう」
「グレン侯爵。思っていたより元気そうですな」
軽く挨拶を交わして、グレンもソファーの方へ移動して腰を下ろした。ティスとコラムの方をちらりと見たので、フォローすることにする。
「ディーン君のご両親のティスさんとコラムさんです」
そう告げると、グレンは相好を崩して深く頷いた。
「おお、ディーン君の! いや、今やフィディック学院の生徒達の中でも一番の雷の魔術の使い手になりつつあるからのう。ディーン君は将来がとても楽しみじゃな、お二方」
グレンが嬉しそうにそう言い、ティスはウッと涙ぐむ。文化祭での光景を思い出して感極まったのかもしれない。ぐっと涙をこらえるティスを横目に見て、コラムは微笑んだ。
「……ありがとうございます。まだ幼かった為、かなり悩みましたが……フィディック学院に入学させて良かったです」
お礼を言うコラムと涙をこらえるティスの姿に、部屋の中に少ししんみりとした空気が流れる。すると、ロレットが軽く咳払いをして肩を竦めた。
「その話は本題が終わってからにしてもらおうか。わざわざ揃ってここに来たのはそのディーンから送られてきた手紙が原因だ。手紙によると、アオイ殿がジェムソン殿下の我が儘を指摘し、逆らうジェムソン殿下を護衛のアードベッグ諸共叩き伏せて、挙句にヴァーテッド王国から追放した、とあったようだが?」
ロレットのその説明に若干の違和感を覚えて口を開こうとしたが、私が何か言う前にティスが慌てた様子で異議を申し立てた。
「ちょ、ちょっと待ってください。ディーンの手紙にはそんな過激なことは書いていませんでした。それに、手紙の主な内容はアオイ先生が殿下の機嫌を損ねてしまったかもしれないと心配しているといったものです」
ティスがフォローの言葉を発すると、ロレットは面倒くさそうに片手を振る。
「結局、言い方が違うだけで書いてある内容に違いは無い。問題は、どのような理由かは知らないが、アオイ殿がジェムソン殿下と宮廷魔術師のアードベッグを完膚なきまでに叩きのめし、更にはフィディック学院から追い出した、ということが事実かどうかだ」
ロレットがそう言って鋭い目をこちらに向けた。それを真っ直ぐに見返して、きちんと理由を説明する。
「……ジェムソンさんは、学院内で許可なく上級魔術を行使しました。また、それを止めようとした教員相手に攻撃の為の魔術を使用しています。同様にアードベッグさんもジェムソンさんを諌めるどころか、一緒になって魔術を使う始末。そのような暴挙は貴族でも王族でも許されません。他者が怪我をするかもしれないような危険な行為をしたこと。学院内で学院の決まりを守らなかったこと。これらは十分に罰せられるべきものでしょう」
きっぱりとそう告げると、ロレットは片手で自らの額を押さえた。
「……なるほど。まぁ、殿下ならやりかねんな。それで、今の言葉をそのままレイド陛下にも伝えるつもりか?」
「もちろんです。むしろ、王族ならば一般庶民よりも良識を持っておくべきでしょう。その辺りもきちんと陛下には伝えて……」
質問に答えている最中で、ロレットが溜め息と共に首を左右に振る。
「ああ、もういい。十分言いたいことは分かった……それで、グレン侯爵も殿下の処罰には同意した、と?」
グレンに話を振るロレット。それに引き攣った笑みを浮かべつつ、グレンは頷いた。
「うむ、その通りじゃ……ほんのすこーし後悔しておる。しかし、アオイ君の言い分は正しいんじゃから、わしが権力に屈して捻じ曲げるわけにはいかんじゃろう?」
グレンが乾いた笑い声をあげてそう言った。それに、ロレットは鼻を鳴らして眉根を寄せる。
「……グレン殿もすっかりアオイ殿の影響を受けているようだな」
「よ、良い意味かのう?」
「……教育者という意味なら……しかし、貴族としては、あまり上手い立ち回りとは言えないだろうな」
グレンの問いにロレットは肩を竦めてそう答える。グレンはそれに笑うだけで返事はしなかった。そのやり取りを横目に見て、思わず眉間に皺を寄せてしまう。