軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カーヴァン王国について

その後、ジェムソンはアードベッグに連れられてウィンターバレーから去った。とてもではないが王族の気品など欠片もないような罵詈雑言を吐きながら去るジェムソンに、グレンは辟易した顔で溜め息を吐いたのだった。

「あぁ……一番面倒な国と揉め事になりそうじゃわい……」

グレンが窓から見える空を遠い目をして見つめながら、そう呟いた。それに私は覚悟を持って口を開く。

「私が直接カーヴァン王国に行って事の顛末を説明してきます。そうすれば、最悪の事態にはならないかもしれません」

そう言うと、グレンは苦笑しながら首を左右に振った。

「いやいや、教員であるアオイ君にそんなことはさせられんよ。エルフの王国の時とは違って、別にカーヴァン王国に用事があるわけじゃないのじゃろ? なぁに、わしだって名ばかりとはいえ大国の侯爵じゃぞ? どうにか切り抜けてみせるわい」

グレンは空元気を見せながらそんなことを言う。

「……そうですか。もし、何かあった時は必ず教えてください。どうにかして責任はとってみせます」

「ふむ、アオイ君がそう言ってくれると頼もしいのう」

と、私の言葉にグレンはいつものように笑ったのだった。

次の日、私が担当する魔術概論の講義でアードベッグに説明した物質の変化について授業を行った。

「……と、いうことで、固体から液体、気体になる過程で体積は急激に膨らみます。その勢いが一定の数量を超えると爆発と呼ぶ現象にもなります。これを理解して魔術を行使すると、同じ魔力量で数倍の効果を発揮することが出来るようになるでしょう」

そうまとめると、教員たちが一番に反応する。

「成程、それで水と氷の魔術では効果が変わったのか」

「氷の魔術の方が魔力を使う上に魔力操作が複雑な為中級以上の魔術とされてきたが、その話を聞くと使いどころ次第では水の魔術の方が高い効果を発揮するということか」

「使いどころ……そういった意味では他の魔術も同様に使い方を見直した方が良いな」

魔術の経験が長い教員達はすぐに物質の変化の影響に思い至ったようだった。実際に経験したり知識として知っている者は理解するのが早い。逆に、まだまだ魔術を学び始めて日が浅い生徒達は物質の変化と言われても中々想像が追い付いていない状態だ。

どうすれば分かりやすいか。

顔を見合わせたり首を傾げたりしている生徒達を見て、何とか分かりやすい方法が無いか模索する。

「……そうですね。それでは、実際に物質の変化を見せてみましょう」

そう告げてから、すぐに氷の魔術を発動する。

手のひらを上に向けて手を顔の前に持ち上げる。そのすぐ上には氷の塊が浮いていた。

「これが固体という状態です。この物質をそのまま水にすると……あれ?」

氷をそのまま水に変化させて水の球にする。しかし、体積は増えなかった。これには講義を聞いていた皆が目を瞬かせる。

と、そこでようやく気が付いた。

「……そういえば、水に関しては固体の方が体積が多いんでしたね。これはうっかりしていました……」

そう呟くと、講義を受けていたスペイサイドが眉間に皺を寄せて口を開く。

「……何故、水は別なのでしょうか? むしろ、他に何が固体、液体、気体へと変化するのでしょう?」

困惑した様子でそう尋ねられて、これはどうしたものかと頭を抱える。

「申し訳ありません。混乱させてしまいました。分子という最小の単位まで使わないと説明が出来ないものですから、そちらに関してはまた後日説明させていただきます。とりあえず、重要なのは液体や固体から気体に変わる時、その体積が大きく変わるという現象を理解することです。では、ちょっとやってみましょう」

気を取り直して空中に浮かせていた水の球を気化させる。教室内は一気に蒸気に覆われてしまった。視界は真っ白で手元も見えないような状況になったので、すぐに液体に戻してみせる。

「……はい。今見せたように、水が気体になると密度が減って体積が増えました。この現象を使って、前回カーヴァン王国の魔術師の方の炎を消しました。炎の中心に水を侵入させ、炎の熱を利用して中で膨張させたのです」

そう告げると、ようやく皆も意味が分かってきたようだった。基礎的な部分だが、科学についての理解は少しずつ進めないと難しい。ある意味では、魔術と並行して日本的な教育カリキュラムを取り入れても良いのかもしれない。

数学や化学、物理はこの世界でも有効なはずだ。もちろん、基本的な生活知識や常識なども授業として取り入れても良いと思う。

だが、それをするには完全に人手不足だ。魔術で発展した世界だけあって、そういった部分が遅れているように思う。教員も足りないし、そういった学校に該当する施設も少ない。

そんなことを思いながら、この日は講義を進めた。

「では、本日の講義を終了といたします。是非、水の変化を実験してみてください。水の魔術に活かすことも出来ますし、私が行ったように相手の魔術に対抗する為にも役に立ちます」

「はい!」

講義終了の挨拶をすると、中等部以下の生徒達が元気よく返事をしてくれた。良い挨拶をする生徒にはとても好感が持てる。最近色々とあっただけに、そういった小さなことでもとても嬉しく感じた。

講義室を出て廊下を軽い足取りで移動していると、背後から急ぎ足で付いて来る足音が聞こえてきた。

「アオイ先生」

呼ばれて振り向くと、そこには少し小柄な金髪の少年の姿があった。バレル・ブラックという少年だ。これまであまり私の講義に出席していた記憶はないが、時々話しかけてくる不思議な生徒だ。ただ、実力は確かなもので本来なら中等部である十四歳という年齢ながら、すでに高等部の講義を受けている。噂では、面倒ごとに巻き込まれたくなくて中級の魔術ばかり使っているが、上級の魔術もすでに複数の属性で習得しているらしい。

個人的には何を考えているか分からない、掴みどころのない性格をした少年、という印象である。

「バレル君。どうかしましたか?」

名前を呼んで、何かあったのかと尋ねる。すると、バレルは珍しく真面目な顔でこちらを見上げてきた。

「……噂で聞いたんだけど、ジェムソン王子と戦ったって本当?」

そう聞かれて、そういえばバレルはジェムソンと同じカーヴァン王国の公爵家の子息であると思い出した。

「いえ、学院内で魔術を使いましたので、無力化して家へ帰ってもらっただけですよ。戦ったというほどのことではありません」

苦笑しながらそう答えると、バレルは頬を引き攣らせて変な笑みを浮かべた。

「は、はは……宮廷魔術師長のアードベッグを負かしたって聞いたけど、アオイ先生からしたら戦いですらなかった、というわけだね」

バレルはそう呟くと、疲れたように首を左右に振る。

「以前なら、アオイ先生に助言をするところだったけど、アオイ先生の実力を知った今では逆に母国の心配をしてしまうよ。それでも、カーヴァン王国は六大国の中でも高い軍事力を持っている国だと思うから、真正面からぶつかり合うのはやめた方が良いんじゃないかな」

と、バレルはまるで私がカーヴァン王国と戦争すると思っているかのような言い方で助言をしてきた。それには思わず眉間に皺を寄せてしまう。

「……何故、私がカーヴァン王国と戦うかのような言い方をされるのでしょう? カーヴァン王国と揉めてしまうような事態になったら、私が直接説明に出向きます。理由を話せば十分理解してくれるでしょう」

そう返答すると、バレルは肩を竦めてみせた。

「アオイ先生はカーヴァン国の国王を知らないでしょ? まぁ、うちの王様なんだけどさ。ちょっと変わり者でね」

バレルはそう言って笑うと、片手を挙げて苦笑する。

「まぁ、何事もなく終わることを祈っているよ。双方の為にね」

それだけ言い残すと、バレルは来た道を戻って去っていった。その後ろ姿を見送ってから、バレルの告げた言葉の意味を考える。

バレル・ブラックはカーヴァン王国の公爵家の子息である。ブラック公爵家の現当主とは会って話したこともあるが、こちらもバレルとは違う意味で掴みどころのない人物だった。だが、話が出来ないわけではない。こちらの言葉に耳を傾けることはしてくれたのだ。

そういった部分を考えて、話くらいは聞いてくれるだろうと思っていたのだが、どうやらそうはいかないらしい。

「……カーヴァン王国の国王。どのような人なのでしょうか」

気になった私は、誰かに聞いて調べてみようと考えたのだった。