作品タイトル不明
勘違い男
中庭は広く、庭園のエリアや魔術の練習が出来るエリア、森のように木々が多いエリアなどもある。その為、すぐに見つからないか心配だったが、思いのほかすぐに場所の見当がついた。
単純に、飛翔の魔術を使って上から見ていたら不必要なほど派手な魔術が見えたからだ。
というか、学院の中庭で生徒達もくつろぐような噴水のある庭園エリアで上級以上の魔術が行使されているのだから、誰でも一目で異常事態だと気づくだろう。
急いでそちらへ行くと、そこはまるで戦場のようだった。
「学院内では魔術を行使して良い場所が定められております! 特に、上級以上の魔術の詠唱をしている方は即座に詠唱をお止めください!」
聞きなれた声がして下方を見ると、そこにはスペイサイドがいた。そこから少し離れた場所にも数名教員はいるようだが、上級教員は誰も来ていないようだった。
対して、魔術を行使しようとしている者たちは噴水の前にある広場でモメているようである。その内の一人が警告を発したスペイサイドを睨んで怒鳴り返す。
「その方、どこの誰だ!? まさかとは思うが、今の無礼な発言はこの私にしたのか!?」
明らかに位の高そうな二十歳前後の男が脅すようにそう言った。それに、スペイサイドはウッと呻いて一瞬押し黙る。どうにも貴族に弱い男である。
だが、いつもならここで引き下がる筈だが、今回は再び警告の声を発してみせた。
「私はこのフィディック学院の教員です! それよりも、どのような地位や権力があろうと、このフィディック学院内では学院のルールに従う必要があります! それは王族だとて例外ではありません!」
スペイサイドがそう言い返すと、その場にいた他の教員が驚いた。いつものスペイサイドを知っている者なら大概驚くだろう。そして、すぐにスペイサイドに拍手が送られる。中には生徒達も拍手している者がいるようだ。
その様子を苛立たしそうに男が睨み、再び声を荒げる。
「無礼な! こちらの要求を聞きもしない貴様らに問題があると何故分からん!?」
その男の言葉に、スペイサイドは眉根を寄せて首を左右に振った。
「フィディック魔術学院では一対一の個人講義などは行っておりません! 生徒の人数も多いので、そういった講義を行うことが出来ないのです! そもそも、上級教員の通常の講義ですら人数制限がかかるくらいです! きちんと正規の手続きを行って受講をお願いします!」
スペイサイドはフィディック学院のルールについてもきちんと説明しているようだ。それでも聞かないというのは、やはり王族ゆえの我がままか。
「この……っ! 無礼者めが!」
吐き捨てるように怒鳴り、男は片手を上げて魔術を発動させた。男の腕を中心に風が巻き起こり、周囲に立つ人間にまで風圧が届く。土を巻き込んだ風は可視化し、唸りをあげてスペイサイドに向かって放たれる。ただの風ではない。あれは、かまいたちを発生させる風の刃だ。
危ない。そう思って手を貸そうかとしたが、すでにスペイサイド達が動き出していた。即座にスペイサイドが水の魔術を発動し、水柱を目の前に出現させる。他の教員は生徒の動きを止めるべく、次々に魔術を放つ。炎の壁はスペイサイドと風の刃の前に立ち、土の壁が暴挙に出た男の周りを囲うように出現した。
フィディック学院の教員による魔術である。風の刃は問題なく無効化され、さらに土の壁に囲まれた男は何もできずに中で喚いているようだった。
一先ず、沈静化させることに成功したようだ。そう思ったのか、スペイサイドがホッとしたように体の力を抜いた。
その時、不意に男を取り囲んでいた土の壁の一部が割れて崩れてしまった。何事かと思ったら、さらに他の壁も次々と崩れてしまった。
「……力で他国の王族をねじ伏せ、拘束するとは。フィディック学院の教員がそのように過激だとは思いませんでしたな」
そう言って、土の壁が崩れた奥から青いローブを着た白髪の老人が現れた。その老人の登場に、先ほど風の魔術を行使した男が笑みを浮かべた。
「爺! 遅いぞ!」
男がそう口にすると、爺と呼ばれた老人は失笑とともに首を左右に振る。
「ジェムソン殿下が好き勝手に移動し過ぎなのです。それで問題まで起こしてしまっては私にもどうしようもありませんぞ……まぁ、ともあれ、この場は私にお任せください。いくらフィディック学院といえど、教員ごときに後れは取りませんからな」
老人はそう言って、不敵に笑ってみせた。
どうやらかなりの実力者のようだ。その雰囲気を察してか、スペイサイド側にも緊張が走る。そして、ジェムソン殿下と呼ばれた男は老人の言葉に笑みを浮かべたまま頷く。教員は全員で四名集まっているが、それでもその老人の方が有利だと考えているのか。ジェムソンは自信に満ちた笑みでスペイサイド達を睥睨している。
「馬鹿どもめ! さっさと私の言うことを聞かないからこうなるのだ! アードベッグはカーヴァン王国の宮廷魔術師長だぞ! 己の過ちを後悔するが良い!」
ジェムソンがそう言って胸を張ると、アードベッグと呼ばれた老人は苦笑するとともに詠唱を開始した。
確かに、流れるような詠唱は恐らく二小節で上級魔術を発動しようとしている。技量は上級教員に比肩するだろう。
「……火の魔術。スペイサイドさんなら何とかなりそうですが……」
ダメなら手伝うとしよう。そう決めて上から状況を見守る。スペイサイドを含めた教員達がアードベッグの魔術に対応しようと詠唱を開始したが、僅かに遅い。
同じ規模の魔術をぶつけなければ相殺することはできないだろうが、それだと魔術師として格上のアードベッグのほうが詠唱を終えるのが早い。
さて、どうするつもりか。
スペイサイドはすぐに状況に気が付き、詠唱の内容を途中で変更してみせた。詠唱をその場で修正するなど、これまでのスペイサイドには選択肢としてすら浮かばないだろう。
柔軟に詠唱を修正して魔術の形を作り上げたスペイサイドは、極めて早い中級の水の魔術を発動する。
水柱がスペイサイドの周りに幾つも出現し、柱の途中から枝が伸びるように水流が放たれる。人の腕程度の細い水流だが、水圧はかなり掛かっているようだ。
当たれば、確実によろけるくらいの衝撃はあるだろう。
その水流を受けてアードベッグは僅かに詠唱を遅らせてしまう。結果、他の教員達の上級の魔術が間に合うこととなった。
「…… 踊る火の蛇(ダンシングフレア) 」
アードベッグがそう口にした瞬間、アードベッグの足下を取り囲むように火のサークルが出現する。次の瞬間、火の円は波打ちながら大きくなっていき、胴が人の身長ほどもある巨大な火の帯となって地面をのたうち、一気にスペイサイドの下へと突っ込んでいった。
巨大な火の蛇が高速で通り過ぎた後の木々は、瞬く間に火に包まれてしまっている。相当な高温に違いない。あんな魔術を生徒達も歩く学院の中庭で使うとは。
スペイサイドの作った時間で、他の教員たちが土の魔術や風の魔術を使ってアードベッグの放った火の蛇の向かう先を遮断して見せる。だが、火の蛇は土の壁の壁面を這うようにして上空へと上半身を持ち上げた。
頭を振るようにして火の蛇はバランスを取り直し、頭の先をスペイサイド達の方へ向ける。
流石に、これ以上は無理か。
「…… 氷の王の指輪(アイスリング) 」
呟き、魔術を発動させる。氷の環が空に出現し、冷気を発しながら地上へと徐々に落下を始めた。その冷気は離れれば極端に弱まるが、氷の環に触れる距離になると絶対零度に近いほどとなる。その氷の環が、火の蛇の胴体部分に触れた直後、火の蛇は腹部から一気に凍り付いて砕け散った。
「な、なにが起きた……?」
火の蛇が砕けたのを見て、アードベッグは目を丸くして驚く。フィディック学院の教員たちは何が起きたのか理解したのか、顔を上空へ向けた。
「あ、アオイ先生!」
「良かった……」
一部の教員や生徒達が安堵したような声を出す。まだ脅威は去っていないが、増援にホッとしたようだった。
「どんな用件にせよ、学院内で危険な魔術を行使することは認められません。申し訳ありませんが、無力化させていただきます。話は後で聞かせていただきましょう」
そう言って魔術を行使しようとしたところ、魔術名を口にするよりも早く、ジェムソンが私を見て口を開いた。
「おお! 君がアオイという教員か!」
そう言って、ジェムソンは両手を左右に広げて笑みを浮かべた。そして、じろじろとこちらのことを観察するように眺める。
「……ふむ、話を聞いた時はどんな女かと思ったが、まぁ悪くないではないか。アオイよ、我がカーヴァン王国の王妃になる気はないか? 政略上、第一王妃というわけにはいかないが、最低でも第三王妃は確約しよう!」
ジェムソンがそんなことを言うと、アードベッグが苦笑して首を左右に振った。
「また勝手なことを仰る……アオイ殿がもし貴族でもなんでもなかったらどうするつもりか。いや、それに関しては他国で爵位を得てから婚約すれば良いか。アオイ殿、殿下の口にした言葉はその場限りのものではないと、宮廷魔術師長のこのアードベッグが保証しよう」
と、二人はこちらの意思など関係無いとでも言うかのように勝手な話をペラペラとし始めた。呆れて物も言えないで黙っていると、中庭のそこかしこで生徒たちの声が聞こえてきた。
「え? アオイ先生、王妃になるの?」
「いや、アオイ先生の場合、王妃になるよりフィディック学院の二代目学長になった方が良いんじゃないか?」
「すごい……貴族でもないのに、大国の王妃になれるなんて……」
また余計な噂が広まりそうである。生徒たちの会話を耳にして、思わず顔を顰めてしまったのだった。