軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

変な状況になってきた

次の日、今日も研究室で午後の講義まで研究をしようと思って朝から学院の中を歩いていると、やけに注目されていることに気が付いた。中庭を歩いてもそういう状況の為、流石に違和感を覚える。

そのタイミングで、見知らぬマント姿の男性が道を塞ぐような形で現れた。

髪は茶色で綺麗に切りそろえられており、豪華な貴族らしい服装と相まって良い家柄の男性であることが一目でわかった。その男は爽やかな笑顔を見せて、軽く一礼する。

「……アオイ・コーノミナト先生、で間違いありませんか?」

「はい、そうですが……」

答えると、男は少し照れたような顔で安心したように息を吐いた。

「ああ、よかった。違ったらどうしようかと思っていました。ただ、聞いていた話が小柄ながら流れるような美しい黒髪と、それに負けぬ絶世の美女だとの話でしたので、間違いないと確信して声をかけさせていただきましたが」

「あ、えっと、そんなことは無いかと思いますが……いったい、どのようなご用件でしょうか?」

急に見ず知らずの人に容姿を褒められて少し浮足立ってしまった。調子を取り戻す為に、先に相手の用件を聞くことにする。

すると、男はわざとらしく片手で自分の顔を隠すように覆い、頭を振った。

「ああ、私としたことが失念しておりました。私の名はジム・ウォーム。ジムと呼んでいただければ幸いです。つきましては、今月中にフィディック学院に入学し、アオイ先生の講義を受けてみたいと思っております」

「……それは、構いませんよ」

何故、私の許可を得ようとしているのだろう。純粋に疑問に感じながらそう答える。すると、ジムは目を少し見開いて驚いた。

「おっと、まさかこんなに簡単に許可が下りるとは……いえ、いささか構え過ぎていたようですね」

そう言って苦笑するジムに、私は首を傾げつつ同意する。

「生徒は好きな講義を受けることができます。もちろん、人気のある講義は早めに埋まってしまうこともありますが、私の場合は人数が多い時は屋外授業としますので」

フィディック学院には上級教員と呼ばれる教員が複数名いる。そういった教員の講義はだいたい満員となるのだ。ちなみに私も最近になってようやく満員になるようになった。

文化祭のお陰かと思っていたが、どうやら魔術の伸び悩んでいた生徒達が私の講義で壁を乗り越えたらしく、口コミで噂が広まっているとのこと。何がきっかけになるか分からないものだ。

そろそろ、屋外に許可をもらって屋根付きの実験場を作らせてもらおうか。などと考えていると、ジムは胸に手を当てて優雅な動作でお辞儀をした。

「……どうやらお忙しそうですし、お食事に誘うのは今度にさせていただきましょう。それでは」

と、勝手に別れの挨拶を口にして去っていく。いったい何だったのか。とりあえず、行く手を阻む障害物は無くなったので良しとするべきか。

そんなことを考えて首を傾げながら、再び研究室を目指した。

研究室に辿り着くと、そこには見慣れた人影が幾つかあった。ロックスとコート、フェルターの三人組だ。いや、普段は一緒にいることは無いが、講義を受けに来る時に三人一緒になるので何となくセットになっている三人である。

「アオイ先生」

コートが私に気が付いて名を呼ぶ。

「どうしたんですか? 三人揃って」

何か問題でもあったのか。そういうつもりで尋ねたのだが、ロックスがコートよりも先に口を開いた。

「俺たちのことは良いんだ。それよりも、誰かに声を掛けられたりしなかったか?」

ロックスは突然そんな質問をぶつけてきた。その質問に真っ先に思い浮かぶのは先ほどの茶髪の男性である。

「ええ、ジムという方が今月から入学するので、私の講義を是非受けたいと」

「……もう現れてしまったか」

質問に答えると、ロックスは頭を抱えてしまった。一方、フェルターはいつもの仏頂面で腕を組んだまま鼻から息を吐いた。

「……それで、そのジムという男は、変なことは言っていなかったか?」

「変なこと? ああ、講義を受けるのに簡単に許可が下りると思っていなかった、と言っていましたね。しかし、あの年齢で他国の魔術学院に入学することを決意するくらいですから、その学院のことを入念に調べていそうなものですが」

そう告げると、コートは苦笑しながら肩を竦めた。

「その人は、以前話した例の噂の人たちの一人ですよ」

「例の噂……? ああ、あの噂の……って、私と婚姻しようとしている人がいる、という噂ですか? まさか、そんな雰囲気でもありませんでしたよ?」

驚きとともに聞き返すと、ロックスが芝居がかった動作で両手を左右に広げて天を仰いだ。

「当の本人がこれだ……やはり、我々でどうにかするしかあるまい。そうだろう? コート、フェルター」

「まぁ、確かに」

「……不安が残るな」

ロックスの言葉にコートとフェルターもすぐに同意する。何となくダメな大人認定されてしまった気がして大変気分が悪い。

「私は大丈夫です。心配されることはありません」

一先ずそう答えておいたが、三人とも全く信じてくれていない。

「え?」

「誰が大丈夫だって?」

「……同意しかねる」

三人がそれぞれ否定的な言葉を口にした。

「……私は研究をするので、それでは」

少々ムッとした私はそのまま三人の隣を通り過ぎて研究室へと入り、しっかりと施錠する。外で三人が何か言っているような気がしたが、私は研究で忙しいのだ。聞いている暇はない。

あれから精霊魔術の研究に新たな見地は無いものかと頭を捻り、先にメイプルリーフ聖皇国の癒しの魔術を研究してみるか、それともひたすら精霊魔術の研究を進めるべきか検討した。

だが、癒しの魔術は以前にかなり研究を進めている。残念ながら解決にまでは到っていないが、仮説は幾つか立てているのだ。正直、疑似的に再現することはもう出来るようになっている。研究成果の一つである疑似精霊を用いて、自身の視覚に収まらない相手も魔術的治療を施せば良いのだ。

ただし、結果だけは同じことが出来ても速度は比べ物にならないほど遅い。結局、一人ずつ治療していたことが二人ずつに変わっただけなのだ。

「……難しいですね。やはり、相手の怪我の状況を把握できずとも完治出来るという点が理解できません。極論、脳以外の臓器と肉体を健康な状態の物に取り換えるという魔術ならばまだ理解できますが、それだとどう考えても魔力が足りません」

極端な理論だが、それならば可能といえば可能だ。見えない患者も疑似精霊を使えば解決する。しかし、脳以外とはいえ自分の体が全て入れ替わるというのも気持ちが悪い気がする。

「……精霊魔術は、恐らく別次元の生命体や魂を召喚して使役する魔術。そこには相性等によって効果が大きく変化するなどの要素もある。対して癒しの魔術は聖人や聖女のように選ばれた一流の魔術師が神に認められることにより、広範囲に高度な癒しの魔術を施せるようになる……どちらも見えない何かの力を借りている印象ですね」

まるで、神や悪魔などと契約でもしているかのような感覚だ。しかし、精霊というものはまたそれとは別だろう。さて、そういった存在にどうやってアプローチをするのか。神には地道に祈り続けるか、神具などの神々と意思を交信させることが出来る道具などが必要かと思われるが、精霊はなんだろうか。魔力を餌に、というわけではなさそうだが……。

まずは研究の切り口を改めて考え直すべきだ。そう思って思案しているところに、研究室の扉をノックする音が聞こえてきた。

「……どなたですか?」

尋ねながら扉を開けると、そこには白いふわふわの髪の少女が立っていた。

「シェンリーさん、どうしたんですか?」

改めてそう質問すると、シェンリーは胸の前で手を握って顔をあげる。

「あ、アオイ先生! すみません、研究中に……」

「いえ、構いませんよ」

恐縮するシェンリーに笑って返事をすると、シェンリーは少しホッとしたような表情になって口を開いた。

「あの、学院が大変なことになっていて……アオイ先生じゃないとどうしようもないと思って……」

動揺しているのか、シェンリーは要領を得ない言い方で何かを訴えてきた。学院が大変なことになっているということだけが理解できたが、どういう状況なのかはさっぱりである。

「落ち着いてください、シェンリーさん。学院がどうなっているのでしょうか」

片手を上げてシェンリーの頭を優しく撫でつつ尋ねる。それでようやく落ち着いたのか、シェンリーは深呼吸を一、二度してから口を開く。

「その、アオイ先生に会いにきた人たちが学院の中庭で争ってます。すでに、魔術を使って戦う人もいる状態で……教員が集まって止めようとしていますが、皆さん上級貴族のようで……」

「……え? わ、私ですか? 何故、私に会いに来たのに喧嘩に?」

予想外の回答に思わず聞き返す。シェンリーからしたら聞かれたところで答えようもないと分かっているが、聞かずにはいられなかったのだ。

予想通り、シェンリーからは困ったような反応が返ってきただけだった。

「……ごめんなさい。聞かれても困ってしまいますよね。それでは、中庭に今から行ってみます」

謝罪してからそう告げると、シェンリーは頷いたのだった。