軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

他国の動き

執務室の大きな木の机に羊皮紙を何枚か広げて、グレンは頭を抱えて項垂れていた。

羊皮紙には各国の王や議員といった重要人物の印が押されている。羊皮紙の枚数は十枚、二十枚ではない。広い机の上にすべてを並べることができないから幾つも重ねて広げているくらいである。

様々な書き方で書かれた手紙、書状の類だが、要約すると内容はあらかた一つに絞られてくる。何枚も読み進めていき、グレンもそれが分かった為に頭を抱えているような状況だった。

「……困ったのう」

弱弱しい声でそう呟き、一番上に置かれた書状に視線を向ける。書状には、フィディック学院に子供を入学させたい、という内容が書かれていた。それだけならばまだ良いが、是非アオイの講義を受けさせてほしいとも記載されている。

「……生徒が編入するのは良いのじゃが、どう考えても目的は魔術以外にもありそうじゃし」

ため息交じりに呟いてから、他の書状に目を移した。魔術を習わせたいと書いてあるのに、その編入希望者が十八歳から二十歳。中には二十二歳という者もいた。若くして軍部の魔術師団に所属しているという者もいる。そして、希望者は全て男性だった。

そんな貴族の子息たちが、なぜこぞってフィディック学院に入学したいと言い出したのか。

理由は違っても、その目的は一つである。

「アオイ君か……どう考えても嫌がるじゃろうなぁ」

グレンはそう呟き、また深い溜め息を吐く。

「いつからフィディック学院はお見合いの場になったんじゃろうなぁ……困ったもんじゃわい」

そう呟いてみても、答える者は誰もいなかった。

その日は午前中で講義が終わり、午後の予定もなかった為、学院の中庭にあるベンチに座ってゆっくりとした時間を過ごしていた。そこへ、本を片手に読みながら歩くコートが姿を見せた。こちらの存在に気が付き、本から顔をあげて優しく微笑む。

「アオイ先生。休憩ですか?」

コートにそう尋ねられ、頷いて答える。

「はい。とは言っても、午後の予定が特にありませんので、暫くぼんやりしていようかと……」

そう言って苦笑すると、コートは声を出して笑った。

「珍しいですね。アオイ先生にもそんな日があるんですか」

と、意外そうに言われた。確かに最近はフィディック学院のある町、ウィンターバレー内の探検もやり尽くした感じである。これまでは見知らぬ場所や店を見て回っていたが、最近はお気に入りの店にしか行っていない。

マンネリ化というやつだろうか。そんな状況もあり、講義が終わって研究する気力がない時は一人でゆっくりする事も増えた。

「最近はちょっとゆっくり過ごすことが増えましたね。研究が行き詰まっているからかもしれません」

そう言って苦笑すると、コートは目を瞬かせて驚く。

「アオイ先生がですか? アオイ先生はすでに魔導の深淵に辿り着いてしまっているのかと思っていましたよ。むしろ、アオイ先生でも出来ないことがあるのかと安心したくらいです」

コートは真面目な顔でそう口にすると、爽やかに笑った。魔導の深淵などとんでもない。暗闇の中を歩くように、魔術には分からないことばかりだ。そう伝えようと口を開きかけた時、遠くから大きな男の声が聞こえてくる。

「む!? ふ、二人で何を……お、おお。二人とも。これは奇遇だな!?」

現れたのはロックスだった。ロックスは挙動不審な動きと言葉を発しながら、何食わぬ顔で挨拶をしつつ、私の隣に座った。

「……会話に混ざりたかったんですか?」

コートがいつもより低い声でそう尋ねると、ロックスは腕を組んで睨み返す。

「そんな寂しがりのような言い方をするな! ただ、歩くのに疲れたから椅子に座っただけだ!」

「……手前にもベンチはありましたが、わざわざ通り過ぎてここに?」

「あのベンチは何となく好きじゃないからな」

コートの素朴な疑問にロックスは怒ったように答える。そんなやり取りに、思わず笑ってしまった。

「……見ろ、笑われたぞ」

「一緒にしないでください。明らかに笑われた対象は一人でしょう?」

私が笑ってしまったせいか、二人はチクチクと罵り合う。二人がそんなことをしていると、今度は大柄な男の影が見えた。見上げるような筋肉質な男だ。ふさふさの髪の毛の中には獣の耳のようなものが覗いている。

「フェルター? 珍しいところで会ったな」

ロックスが腕を組んだまま見上げて名を呼ぶと、フェルターは鼻を鳴らして顎をしゃくった。

「……俺がどこを歩こうと関係ないだろう」

ぶっきらぼうにそう呟くと、フェルターはこちらを見て口を開く。

「コートとロックスがアオイと話しているということは、例の噂か」

「例の噂?」

フェルターの言葉に首を傾げて聞き返す。噂と聞くと、初めてのエルフの教員であるラングスのことを思い浮かべるが、今いるメンバーとは関係性が薄い。

いったい、なんの噂だろうか。

そう思っていると、ロックスが眉根を寄せて口を開いた。

「ちょっと待て、その話はまだ……」

ロックスが慌てた様子でフェルターを止めようとする。その様子を見て、なぜか嫌な予感がした。

「大丈夫です。聞かせてください」

ロックスの話を遮ってそう答えると、皆が揃って顔を見合わせた。そして、コートが代表するように口を開く。

「それが、各国の代表たちも少々困っている状況でして……その、アオイ先生の講義を受けたいという貴族の子息が多数フィディック学院に編入をしてくるみたいです。それも、皆各国で魔術師として期待されている逸材ばかりらしく……」

「そんな人達が私の講義を? あ、ラングスが教員になった理由が私だと知られたということですか? それで変な噂になっているとか……」

過去にも学院の魔女だのなんだのとありもしない噂が流れた為、またも同じようなことがあったのかと思ったのだ。しかし、そう聞き返すと、コートは黙って首を左右に振った。

そして、話を引き継ぐようにロックスが口を開く。

「……いや、そんな話ではない。アオイという魔術師が若くしてグレン学長にも並ぶような超一流の魔術師であると知り、欲のはった貴族どもが息子の結婚相手にしようと躍起になっている、ということだ」

と、ロックスが吐き捨てるようにそう言った。

その言葉に首を傾げながら意味を理解しようと頭の中で反芻する。結婚相手? 誰の? 私の? ロックスはいったい、何を言っているのだろうか。

疑問符が次から次に湧いてくる。意味が分からず思考がまとまらない。

そうしていると、フェルターが腕を組んでこちらを見下ろした。

「……それで、アオイは結婚する気はあるのか」

そんな質問に、無意識に即答する。

「あるわけがありません」

はっきりとそう告げると、フェルターは長い息を吐いた。コートとロックスもなんとも言えない顔で頷いたり首を左右に振ったりしている。

「見も知らぬ奴らだ。当然だな」

「いえ、そもそも結婚をする気がないという話では?」

「……どちらにせよ、アオイに結婚する気が無いと分かったんだ。どこの馬の骨が来たところで蹴散らしてやれば良い」

と、三人はひそひそと変なやり取りをし始める。

「……蹴散らすとかいう言葉が聞こえた気がしましたが」

「な、なんでもない!」

疑問を口にすると、ロックスは慌てた様子でそう言ったのだった。