作品タイトル不明
エルフの精霊魔術
「……それは、アオイの精霊か? いや、精霊は目には決して見えないはずだが……」
ラングスが困惑しながらそう口にすると、周囲に立つ女子生徒達も眉間に皺を寄せる。皆の視線を軽く受け流しつつ、片手を上げて水龍を手のひらの上に移動させた。
ふわふわと浮く水龍が私の顔の前で首を左右に動かしている。
「精霊は見えないものという概念が私にはありません。むしろ、精霊という存在がいるならば姿は見えて当然だと考えています。それで、精霊がいる時の利点を解説させていただきます」
言いながら、手のひらを前に向けた。すると水龍がふわりと生徒たちが座る席へと空中を泳いでいく。皆が不思議そうにその光景を眺める中、私は魔術を発動させた。
「…… 氷の息吹(ラドラ・コル) 」
呟いた直後、水龍は小さな口を大きく開けて白い息を吐いた。机の上の一部が真っ白に染められていき、すぐに息を吹きかけられた部分が凍り付いた。
「きゃっ!?」
目の前の机が凍り付いて驚く女子生徒。驚かせてしまったことを申し訳なく思いつつ、すぐに次の魔術を詠唱する。
「…… 小火(ブラン) 」
魔術名を口にした瞬間、前に突き出していた手から小さな火の球がゆっくりと飛んだ。それを見て、生徒たちに交じって講義を受けているストラスが小さく口を開く。
「……相反する魔術を遠距離と近距離で同時に?」
二つの相反する魔術を同時に発動している上に、片方は遠距離での発動で、もう一つは間近での発動である。通常の魔術の使い方でも出来なくはないが、相当に緻密な魔力制御が必要となるだろう。
だが、この疑似精霊を生み出すことにより、とても楽に発動が出来るようになる。ある意味、補助者が付いてくれるようなものだ。即時に意思疎通が出来る補助者がおり、魔力のコントロールを手伝ってくれる。
「このように、同一の魔力を用いて別々の魔術を同時に展開することが出来ます。私はまだ精霊の制御が未熟な為、距離に関してはこれ以上遠くにすることが出来ません。しかし、いずれは目の届く範囲であればどこでも魔術を使うことが出来るようになるでしょう」
そう告げると、生徒達の中でざわざわと驚くような声があがった。複数の魔術を同時に行うことは難易度が一つ上がる。更に、全く違う魔術を二つ同時に発動するのは上級を超えた難易度である。
そして、更に距離も違う場所での魔術の行使となると特級以上の難易度だろう。魔術師ならば、それを易々と行えるということがどれだけ凄いことか分かるはずだ。
「それは、例えば上級の魔術を二種類、なども可能ということですか」
スペイサイドが真剣な顔で訪ねてきた。それに頷き、答える。
「可能です。ある意味、この精霊は自らの分身のようなものです。最低限の指示を出しておけばある程度自律して動くことも出来ます。ただ、どうしても集中力が分散してしまう為、一つの魔術を使う時よりも威力や精度は下がります」
そう告げると、ラングスが難しい顔で首を傾げた。
「……それは、確かに驚くべき魔術だが、精霊魔術とは根本的に違うのではないか?」
ラングスがそう答えると、ラングスの周りを囲う女子生徒が何故かホッとしたような顔をする。それを不思議に思いながらも、水龍を手元に引き戻す。
水龍は私の体の周りを泳ぐように飛んだ。その様子を目で追いながら、魔術の解説を続ける。
「エルフの扱う精霊魔術を分析したところ、同時に複雑な魔術を掛け合わせて効果を高めていると思われる部分がありました。それこそ、エルフの王国の元老院議員たちの魔術がそうですね。もっとも顕著なのは木を操作した魔術です。木を成長させる魔術と形状を変化、固定させる魔術などを同時に行いながら橋を構築したものと推測されます。あとは、エルフの火も同様ですね」
そう言ってから、目の前で小さな火の球を作り上げる。
温度を上げるべく火を活性化して分子の移動を早める。更に、酸素を加えながら火の球が大きくならないように制御する。炎を燃え上がらせつつ火球のサイズを維持すると、小スペースに膨張しようとする火と酸素を抑え込む必要がある為、温度が上がれば上がるほど圧力が増していく。
結果、急激に高熱化した火の球は色を赤から白へと変化させるのだ。
恐らくは、これがエルフの火の秘密だろう。皆がこの魔術を上手く扱うことが出来ないのは、分子の移動による熱エネルギーの存在を想像できていないからだろう。
事実、私が即席で作成したエルフの火を見て、ラングスは目を丸くして驚いた。
「……まさか、エルフの火を再現したのか? しかし、やはり我々の魔術とは少し考え方が違うようだ。精霊はそのように思い通りに操れず、才能の無い者では意思の疎通すら難しい。その代わり、精霊の友となることが出来たなら、どんな状況であっても精霊が身を守ってくれるという」
「……どんな時も、ですか? もしそれが意識を失ってしまっている時や、眠っている時であっても、という意味なのであれば、それは確かに私が作り上げた疑似精霊とは違うものですね」
ラングスの言葉に自身の推測が間違っていた可能性に気が付き、聞き返す。それを聞いて、ラングスよりも先に周囲で群れる女子生徒達が腕を組んで笑みを浮かべた。
「ほらね」
「エルフの魔術がそんなに簡単なわけないじゃない」
女子生徒達がそんな会話をする様子を見て、頷く。
「そうですね。私の精霊に関する考え方が間違っていたようです。改めて、別の視点から精霊魔術について研究をしなくてはなりませんね」
そう答えると、女子生徒たちは戸惑ったように顔を見合わせる。そして、ラングスは苦笑を浮かべながら首を左右に振った。
「いや、精霊魔術の強みはきちんと押さえてあったと思う。しかし、精霊魔術とは違うというだけだ」
ラングスはフォローしようとしてくれたようだが、中々落ち込んだ気持ちが戻ることは無かった。精霊魔術を掴みかけたと思ったのだが、どうやら勘違いだったらしい。
「……いえ、逆に考えるなら、まだまだ魔術の深淵は深いということです。無から有を作り出す魔術は多くありますが、疑似ではなく精霊という生命を呼び出すというのは……興味深いですね」
そう言って口の端を上げると、なぜかラングスの周りに集まっている女子生徒達が揃ってウッと呻いて顎を引いた。どうしたのかと思っていると、なぜか視線をそらされてしまう。
何か余計なことを言っただろうか。