作品タイトル不明
恋は盲目
ラングスの衝撃的な発言から十数秒後、ようやく時は動き出した。
「ラ、ラングス殿……何を、突然そんな……」
エドラが掠れた声で確認をしようと声を発する。それにラングスは首を左右に振り、胸に手を当てて口を開いた。
「エドラ殿。恋は時と場所を選ぶことが出来ないのだ。突然、愛が生まれることもある。そう、まさに今この時のことだが、先ほども口にした通り、私はこれまで誰も王を超えることが出来ないと思っていたのだ。だが、それをあっさり、それもあんなに若く美しい少女が……実際に目にしていなかったらとても信じられなかっただろう。それほど、エルフの国の民ならばあり得ないことだったのだ」
そう言って、熱い息を吐くラングス。ラングスはエドラの質問に答えているつもりかもしれないが、自己陶酔しているのがありありと伝わってくるような喋り方であり、内容が頭に入ってこない。
それにしても、いったい何故急にそんなことになるというのか。突然過ぎてどうして良いかも分からない。
こんな時、相手の感情や思考が読める魔術があれば便利なのにと思ってしまうが、あったらあったで大問題となるだろうから、なくて良かったとも思う。
いや、今はそんなことはどうでも良い。問題はラングスの発言の方である。
「……ちょっと良いですか? そもそも、私はエルフの皆さんの他種族への差別意識をどうにか出来ないかと思って、この場に参加させてもらいました。なのに、いきなり結婚相手に選ばれるのはどうかと……」
恐る恐るそう口にすると、全員の視線がこちらに向いた。
「なんだ、嫌だと言うつもりか?」
何故か、リベットが苛立ったような態度でそう呟く。それに元老院の面々が慌てて止めに入ろうと口を開く。
「お、王よ」
「ちょっとお待ちください」
「相手が嫌だと言うなら、それで良いのでは……」
何故か、急に元老院の面々がこちらの味方になった。いや、私をエルフの王族の配偶者にしないように動いているようなので、味方というか何というか、複雑な関係ではあるが。
だが、ラングスは引かなかった。全員を順番に見返しながら否定の言葉を口にする。
「待っていただきたい。王よ、元老院の議員達よ……我が王国の定める法には他種族との婚姻を否定するものは無かったはずだ。主にエルフ同士で婚姻をしていたのは、古くからの慣習に過ぎないはずだ」
ラングスが高らかにそんなことを告げると、リベットが眉根を寄せて口を開いた。
「……いや、王族にはエルフ以外との婚姻は認めないという法があるではないか」
リベットがそう答えると、エドラ達もおずおずと同意する。
「そ、そうですな」
「うむ、王族はエルフ同士でしか婚姻できません……と、思いますが……」
「今まで、こんなことが起きたことは無かったので考えたこともなく……」
元老院の面々も少し自信無さげだったが、リベットの言葉に沿った発言をする。それらの反対意見を聞いて、ラングスは鼻を鳴らして笑った。
「もしそんな法律があったところで、変えてしまえば良い!」
「馬鹿か、貴様」
堂々ととんでもないことを言い放つラングスに、流石のリベットも呆れたような顔で罵声を浴びせた。
しかし、ラングスは引き下がらない。
「陛下、古い考えはお捨てください。長く続く伝統や習わしも重要ですが、時代は常に動いております。外との接触を極力絶ってきた我が王国も、ようやく時代の流れを知ることが出来たのです。ならば、それに合わせて我が王国も形を変えていかねばならぬと……」
「馬鹿者」
再び、リベットが似たような台詞を口にした。
先ほどよりも僅かに怒気が込められている。明らかにリベットが不機嫌になっているというのが空気越しに伝わってくるようだった。
その怒りに怯えたのか、エドラ達はラングスを説得するように前に出てきた。
「ラングス殿。お若い貴殿はやはり新しいものに目を奪われることもあるだろう。しかし、次期国王になるならば、やはり古くから伝わるものに重きを置いてもらいたいと思う」
エドラがそう告げると、ヘドニズが険しい顔で同意する。
「その通り! 法を変える必要がある場合もあるだろう。しかし、最も重要な王家の血筋を残すという命題を軽々しく考えられては困る! 神話の時を数えるならば一万年以上もの長い年月を、エルフの王族として脈々と受け継がれてきたのだ。ラングス殿。その尊い血筋をどう考える?」
と、ヘドニズはまたもエルフ至上主義らしき言葉を発した。いや、しかし、王族の血筋を守るという話になった場合、それはまた別の問題となるのだろうか。単純に、人間だからダメという言い方ではない気がする。
否定するべきか同意するべきか、判断に困る内容だった。結婚の話が前進してしまっても困るので、何も言わない方が良いだろうか。
二人の意見に葛藤していると、ラングスも同様に難しい表情をして押し黙った。しかし、そこにまさかの方向から反対意見が入る。
「私は、一部ですがラングス殿の意見に同意します」
スパイアだった。その発言に、元老院の面々が最も過敏に反応する。
「な、なにを言う! ステイル殿!」
「……まさか、我が王国の衰退を目論んでいるのか?」
「人間どもに買収でもされたか」
王家の人間ではないからか、明らかに敵意を持った何人かがスパイアを攻撃した。それに苦笑を浮かべつつ、スパイアが反論する。
「一部と言いましたよ。全面的にラングス殿の意見を肯定するわけではありません。とはいえ、我が王国が悩み続けている問題を皆さんもご存じでしょう」
スパイアがそう告げると、声を上げた何人かが顔を見合わせて口を噤んだ。発言出来る間を得たと確認して、再度スパイアが口を開く。
「……そう、人口の減少問題です。エルフは二千年程度の間に半分に人口を減らしてしまいました。もう十何年も子供が生まれていないのですから、当然ながら今後は更に減っていくでしょう。対して、ハーフエルフは毎年生まれています。確かに寿命は半分程度かもしれませんが、優秀な者が多く、寿命以外で大きな問題があるとは思えません」
スパイアがそう口にすると、ヘドニズが怒りの表情を見せて何か言おうとした。しかし、それを片手を挙げて制止すると、もう一度スパイアが言葉の続きを話し出す。
「もう少し、話をさせてください。陛下ならば理解してくださるでしょうが、我が王国はいずれ、どうあっても純血のエルフがいなくなってしまうと思っています。それが数千年後か、それとも一万年後かは分かりません。とはいえ、間違いなく訪れる未来です。また、ハーフエルフを排斥してしまえば、我が王国は今でも立ち行かぬ状態と言えるでしょう。百年程度もすればハーフエルフの方が多い国となるということも、間違いない事実です。ならば、王家の血筋については保留にするとしても、人間や獣人、ドワーフ族という他種族に関しては見方を改める必要があります。そうしなければ、結局ハーフエルフへの意識も変わらないからです」
静かに、諭すように、スパイアがそう口にした。ヘドニズはどうにか文句を言ってやろうという顔をしているが、すぐには口を開けない様子である。
どうやら、スパイアの口にした人口減少問題というのは、この国にあって最も重大な問題なのだろう。
「……ステイル家の子よ、貴様の言いたいことは分かった。確かに、余もこの人間が恐るべき魔術師であることは認めねばならないだろう。元よりハーフエルフへの特別な意識など無かったが、そういったこと意識を持つ者がいても放置してきたのは事実だ。今後は、人間や獣人、ドワーフに対しても下に見るようなことが無いように、皆に触れを出すのも構わん。しかし、我が王家の血筋に他種族の血を混ぜるのは同意できん」
リベットは反論は赦さないと圧を篭めてそう告げる。これには、ヘドニズであっても何も言えず顎を引くしかなかった。スパイアも同様である。
流れはおかしくなったが、結果として私の求める差別意識の排除に繋がる話が出た。これは予想外の成果である。もうこのままフィディック学院に帰っても良いくらいだ。
ところが、どうにも帰れる雰囲気ではない。
「ちょっと待っていただきたい。もし、アオイ殿との婚姻が認められないのならば、私は次期国王の候補者という立場を辞退しても良いと考えている」
と、ラングスはまたも爆弾発言をした。