作品タイトル不明
王の魔術
その後、何故か萎縮した様子の議員達が順番に魔術を披露していった。
興味深く待っていた光の魔術では、まるで太陽が出現したかのように光が周囲を照らし出し、底が見えなかった谷底の様子を明らかにする。夜に使えば光の届く範囲を昼間のようにすることが出来るというが、まだ溶け切っていない水柱の残骸が気になって集中出来なかった。
次の闇の魔術では光の魔術と反対で、光を吸い込むように周囲を真っ暗にしてしまった。光の魔術の時もそうだが、闇の魔術に関しては本当に原理が分からない。科学での説明がつかないのだ。
光の粒子などを操っているというならば理解できるが、それは私には想像がつかない為再現は出来ないだろう。
「今の暗闇はどういう概念でしょうか? 一定空間における光を取り除いたのか、それとも闇をそこに広がらせた、ということなのか。通常の影とは違うものだとは分かっていますが、ある意味夜や室内の暗闇は影と同義です。その場合、今の暗闇の中は影の中だとも言えます。もしかして、影を物質と捉え、立体的に暗闇へと昇華させたという……いえ、それでは理屈が通りませんね。やはり、光という物質を一時的に取り除いたという方が正しいのでしょうか?」
「え、えぇ……そ、その、何とも私には……その、む、昔からこういった魔術は、精霊の力を借りて効果を……」
矢継ぎ早に質問をしたせいか、魔術を行使した痩せたエルフはしどろもどろになりながら魔術の概念について答えようと努力する。
しかし、まったく以て理路整然としていない。いや、精霊がいて助けてくれるんだ、という一文のみで説明をしているのかもしれないが、それでは私は納得できない。
「……なるほど。そういえば、宇宙には 暗黒物質(ダークマター) と呼ばれるものがあると聞いたことがあります。一時的に、指定した空間に煙を満たすように、暗黒物質によって埋め尽くされたと考えるならそういったことも……」
「だ、だーくまたー……?」
闇の魔術を行使した痩せたエルフは困り果てたように私の言葉を反芻し、周囲に視線を向けた。すると、グレンが早足でこちらに歩いてきて私の肩に手を置く。
「ま、まぁまぁ……とりあえず、闇の魔術も見せてもらったんじゃし、次にいかんかね? わしとしては、中々見事な魔術がいくつも見られて大満足じゃよ」
そう言われて、確かにと頷く。
「……そうですね。これだけ一気に多種多様な魔術を見れる機会はありません。今は、出来るだけ多くの魔術を見ておき、後で研究をさせてもらえたら……あ、先ほどの光と闇の魔術を扱われたお二人は、後日尋問……間違えました。質問をさせていただけたらと思います」
そう告げると、何故か光と闇の魔術を見せてくれた二人の議員が逃げるように元老院の一団の下へと走って行ってしまった。
その背中を目で追い、無言でグレンを見る。
「……気持ちは良く分かるので、わしは何も言わんぞい」
グレンは良く分からないことを口にした。
そうこうしていると、これまで椅子に座ったままだったリベットが「よっと」と呟いて腰を上げた。
「さぁ、それでは次は余の番であるか」
リベットは誰にともなくそう言うと、軽く首を回してから右肩を回す。柔軟体操のようだが、何かしらのルーチンだろうか。剣道をやっていた時は、深呼吸と握りの確認をルーチンとしていた為、気持ちは良く分かる。
集中力を引き上げる為のスイッチを自分の中に作っているのだ。無心でルーチンをこなしていくと、スムーズに気持ちが切り替わる気がしたものである。
一方、リベットが前に出てくると、元老院の議員達の表情が変わっていた。何ひとつ見逃すまいと表情を引き締めて、じっとリベットの一挙一動を見守っている。また、ラングス達は居住まいを正して口を噤んだ。なんと、オーウェンですら同様である。
やはり、エルフの王国にあって国王とは格別の存在なのだろう。誰もが敬意を表し、畏怖している気配が伝わってくる。
その空気に当てられて、ストラスやエライザ、シェンリーも息を呑んで動きを止めていた。
リベットは緊張する面々を軽く見回してから、最後に私のもとで視線を止めた。
「……それでは、余が披露する火の魔術について簡単に解説をしておこう。良いな?」
「はい、お願いします」
リベットの言葉にわくわくしながら同意すると、小さく苦笑するのが見えた。そして、一言詠唱らしき声が聞こえて、リベットが自らの右手を顔の前に挙げて、手のひらを上に向ける。次の瞬間、小さな火が手のひらの上に灯った。
マッチの火のように小さく、真っ白な炎だ。
「お、おお……」
「あれが、王のエルフの火……」
元老院の議員達や候補者達の中から感嘆の声が上がった。
それを聞き流して、リベットは目を細めて火を見つめる。
「……火は、暗い赤、赤、明るい赤、黄、青、薄い青、白という風に温度で色が変わっていく。対して、大きさは大きければ大きい方が温度を上げやすい。つまり、魔術師として繊細な技術を競うならば、火は小さく、されど色は白くするという相反することをどこまで出来るかが一つの指標となるのだ」
言いながら、リベットはローブの内側に手を入れた。自らの腰のあたりから取り出したのは、手のひらほどの刃を付けたナイフである。美しい銀色のナイフを手に取り、そっと小さな白い火に近付けていく。
ナイフが火に触れる直前、自然にナイフの刃先に火が灯り、その形を変えた。どろりと、まるで液体にでもなったかのようにナイフの刃は溶けていく。
いや、事実、金属は液体に姿を変えたのだ。美しかったナイフは、見るも無残にその姿を失っていく。
「な、なんという炎だ!」
「恐ろしいまでの高温……」
「お見事です」
元老院の議員達が口々に感想を述べる。確かに、恐ろしいほどの温度だ。鉄ならば、千度を超えれば液体になるだろうが、先ほどのは鉄でもない気がする。もし、鉄よりも融点が高い金属であるならば、あの小さな火は千数百度にも達するに違いない。
リベットは議員達の感想を聞いたのか、それとも聞いていないのか。特に反応も無くエルフの火を消し去り、顔を上げた。
「……さて、説明が長くなったが、これからが本題だ。先ほど言ったように、火の魔術において温度は色が白い方が高く、更に大きければ大きいほど温度を上げやすい。ならば、今のように小さく留めず、どこまでも温度を高めたらどうなるのだろうか?」
そう告げて、リベットは口の端を上げた。
「……超高温の火球が出来上がる、ということですね」
答えると、満足したように頷き、リベットは詠唱を開始する。
片手を空に向けて挙げ、滑らかな詠唱の声が響いた。まるで歌声のように澄んだリベットの声が谷の壁面に反響する。
六小節目を数えた。だが、終わる気配はない。
「……七小節?」
疑問を口にする。同時に、元老院の議員達も慌て出した。
「お、王よ……まさか……」
「これは、王家の秘術では……」
狼狽する議員達の言葉に、リベットは初めて反応を示す。笑みを深めて、声を出して笑った。
「魔術を極めて最上級の魔術を修めたとしても、それを使うことは出来ない。なんとも窮屈なことよ……今日は久しぶりに解放出来ると思うと楽しくなるな。さぁ、これぞエルフの王の神炎だ。目に焼き付けるが良い」
まるで子供のように楽しそうな顔で笑い、リベットは魔術名を口にした。
直後、天に向けて伸ばしたリベットの手の上に拳大ほどの火球が現れる。そして、火球は空に向けて浮かび上がっていった。
だが、大きさが変わらない? いや、違う。距離が離れているのに大きさが変わらなく見えているということは、距離に比例して大きくなっていっているのだ。
徐々に、火の大きさが目に見えて大きくなっていることに気が付く。炎の塊はまるで新たな太陽のように巨大になっていた。山と山の間はかなりの距離があるが、それでもこのまま大きくなり続けたら危険だと感じてしまうほどである。
余程の高温なのだろう。炎の塊は燃えているとは思えないような白さで光り輝いていた。温度が高すぎると真っ白な光になるということか。
直視すると目を傷めるほどの光を放つ巨大な炎を背負って、リベットはこちらを見る。
「……これが限界か。これ以上大きくすれば維持することが難しくなる。余もエルフの国を滅ぼしてまで思う存分魔術を使いたいわけではないのでな」
笑いながら、リベットは顔を上げた。
「さて、人間の魔術師よ。この炎をどう思う? 防ぐことは可能か?」
そんな質問を受けて、どうしたものかと炎を見上げる。リベットが質問したせいで、皆の目が私
に向いているのを感じた。