軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

シェンリーの魔術

虐めは悪い。差別はダメだ。そう口にしたところで、当の本人がそういったことを一切していないのかと問われたら、そこははっきりと答えることが出来ない。自分では人によって差をつける行為はしていないつもりだが、無意識に差別をしてしまっていることもあるかもしれない。

しかし、だからといってスパイアの差別的な意識をそのままにしていてはいけないと思う。

なので、どうすれば良いか直接聞いてみることにした。

「……スパイアさん。どうすれば他種族にも優れた魔術師がいると認められると思いますか?」

そう尋ねると、スパイアは息を漏らすように笑い、手のひらを私たちに向けた。私、ストラス、エライザ、シェンリーを順番に眺めて、口を開く。

「エルフの血が流れていない皆さんが、私たちが驚くような魔術を披露してくれたなら、多少は考えを変える必要があると認識するかもしれません」

そう言ってから、スパイアはまるでそんなことはあり得ないとでも言うように声を出して笑った。

しかし、これは少し困ってしまう提案である。残念ながら、ストラスもエライザも、そして学生であるシェンリーも、エルフが驚くような魔術の行使はハードルが高い。

せめて、後一年ほど私の講義を受けてくれたならとも思うが、もうどうしようもないだろう。

どうしたものかと思っていると、真剣な目をしたシェンリーが自ら立ち上がって口を開いた。

「……そ、それでは、学生である私から魔術を……」

シェンリーがそう告げると、ストラスやエライザが目を丸くして驚く。いや、恐らく私も同じような顔をしているだろう。いつも引っ込み思案な性格で自分から前に出ることが出来ないシェンリーが、自らそんなことを口にするとは。

一方、スパイアは笑みを深めて頷いた。

「どうぞ。この広間には防護用の魔術を展開しますので、気にせずに魔術を使ってみてください」

スパイアがそう口にして、僅か数秒で魔術を行使する。詠唱は聞き覚えの無い言語であり、節目が分からないが、唄うような呟きだった。広間の壁や床、天井などを淡い光が覆っていき、室内が薄く発光しているような感覚になる。

どうやら、薄い魔力の膜のようなもののようだ。しっかりと分析してみないと科学的に判別することが出来ないが、気体・液体・固体問わず、様々な物質を遮断する壁のようである。

実証出来ないが、斥力に近い性質だろうか。

スパイアの魔術を研究したい衝動に駆られるが、今はシェンリーの方が大切である。後ろ髪を引かれる思いで周囲に展開された魔術から視線を外し、シェンリーに目を向けた。

シェンリーは既に目を瞑って詠唱を開始しており、両手で自分の前に魔力を集中させている。

「……これは、雷の魔術ですね」

シェンリーの詠唱を聞いてすぐに何の魔術か思い至り、暴走に備えて準備を始める。もし、激しい放電が起きて近くの者が感電した場合、無防備であれば生死に関わる。それはたとえ私やオーウェンであったとしても例外ではない。

もちろん、魔術具による防御策は準備してあるが、それらが作動しなかった場合、一瞬で命を落としてしまうだろう。

シェンリーの詠唱を笑いながら眺めていたスパイアとピーア、ブレストだったが、やがて小さな球体が生まれ、それが大きくなっていくのを見て、表情が変わっていった。

そして、目に見えて放電が発生した瞬間、その表情は険しいものとなる。

「……疑似的な雷の生成、だと? いや、まさか、獣人の子供が……?」

その表情、声に、先ほどまで浮かんでいた嘲りは一切見当たらない。ピーアとブレストも同様である。

三人が驚きを隠せないでいる中、我々の後方から焦りを含んだ声がした。

「あ、アオイ! 彼女の魔術は大丈夫なのか!? これ以上大きくなったら、暴走した時に怪我人が出るぞ!」

声を上げたのはシーバスだ。周囲を見れば、ストラスもエライザも壁際に退避しているし、警護隊だけでなく執事のポットも緊張感を滲ませている。

私は全員に聞こえるように、魔術の準備をしつつ口を開いた。

「ご安心ください。暴発しそうな時はすぐさま対処しますので」

そう告げる間にも、シェンリーの作った雷の球は激しさを増しつつ膨張している。もう既に直径一メートル近くになっており、さながら大きく発達した雷雲を極限まで圧縮したかのような迫力を放っていた。

「……本当に、これが発動しても無力化できるのか?」

スパイアが真剣な目でそう問いかけてきた。出来ないと答えたらどうするつもりなのか。そんなことを考えつつ、シェンリーの前に浮かぶ雷球を眺める。

「問題はありません。しかし、これ以上大きくなると暴発しなくても誰かに接触してしまうかもしれませんね」

そう答えてから、私はシェンリーに声をかけた。

「シェンリーさん。そろそろ良いと思いますが……」

「え? あ、そ、そうですね……!」

声を掛けると、シェンリーは閉じていた目を開き、周囲の人々の表情と広間の中の張りつめた雰囲気に気が付いた。慌てた様子で返事をしつつ、魔術の抑制にかかる。

しかし、かなりの勢力になった小型の雷雲を制御するのはかなり難しいようだ。これ以上大きくしないようにするくらいしか出来ていない。

「う……っ」

シェンリーが呻くような声をあげると、スパイアの後ろにいるピーアとブレストが息を呑んで一歩下がる。スパイアも顔が強張っていた。

そして、室内にいる何人かが魔術の詠唱を開始する。エルフの魔術言語がまだ理解できていない私は、もしかしたら攻撃の為の魔術を使う人もいるかもしれないと思い、急いで先に魔術を行使した。

「 避雷針(ヒライシン) 」

魔術を発動した瞬間、シェンリーの目の前に金属の棒が現れて地面に突き立った。館の床を貫通してしまったことは申し訳ないが、後で修理することで許してもらおう。

館の床を貫通して地面への通り道を得た雷は、あっという間に放電を止めて地中へとその力を流出していく。そうして力を失った雷球は瞬く間に姿を消した。

危機が去ったと一目で分かり、広間にいる全員がホッと胸を撫で下す。

「す、すみません……」

シェンリーが頭を下げて謝罪する。それに微笑みながら片手を振った。

「大丈夫ですよ。対処は出来ましたから」

そう答えると、スパイアが渋面を作って口を開く。

「……我が家の床に穴が開いたようですが」

「あ、そちらについては本当に申し訳ありません。すぐに修理いたします」

スパイアの言葉にハッとして謝り、素早く魔法陣の準備をする。

「ちょっと失礼します。後で掃除はしますので」

そう前置きをして、簡単に土の魔術を使って穴の開いた床に魔法陣を描いた。

「……何をしている?」

「穴を塞ごうと思いまして……よし、出来ました」

質問に回答しつつ、魔法陣を完成させる。そして、その場にしゃがみ込んで魔法陣に手を触れると、魔力を流し込んだ。

土で作った簡易的な魔法陣は薄っすらと光を放ち、木で出来た床がまるで生き物のように動き始める。