作品タイトル不明
ステイル家
ステイル家に着くと、周りを囲んでいた警護兵達が左右に分かれて道を開けた。先頭にはシーバスが立ち、私の後ろには二人だけ残っている。
「……今回は、出来る限り穏便に頼みたい」
「こちらとしてはそのつもりなのですが……」
シーバスの言葉に不服であると申し立てる。しかし、シーバスは深い溜め息を吐いて首を軽く左右に振ると、ステイル家の門を叩いたのだった。
暫くして、扉を開けて執事が現れる。ポットだ。背筋を伸ばして、こちらを警戒するように見下ろしている。一瞬の間を空けて、ポットは目の前に立つシーバスを見て顎を引いた。
「……ようこそ、シーバス警護隊長。また、グレン侯爵、アオイ様も……ようこそ、ステイル家へ。そちらの方々はフィディック学院の教員でいらっしゃいますか?」
挨拶をしながら、視線はストラス達に向かう。その質問に、グレンが頷いて答えた。
「うむ。一般教員のストラス君、エライザ君じゃ。あと、生徒を代表してシェンリー君にも来てもらっておる」
「教員のストラス・クライドです」
「エライザ・ウッドフォードと申します」
「あ、えっと、シェ、シェンリー・ルー・ローゼンスティールです……」
グレンが紹介すると、ストラス達が順番に自己紹介をした。それに頷き返して、ポットが口を開く。
「ステイル家の家令をしております、ポットと申します。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ。ああ、申し訳ありませんが、最大で十名までとさせていただきますが……」
「問題ありません。グレン侯爵一行五名と、私を含む警護隊五名でお願いします」
「分かりました」
そんなやりとりをして、ポットは館の扉を開けて中に誘導した。中に入り、一つの広間に十人が入れられる。広間は長方形で奥からシーバス達警護隊のメンバーが並び、手前に私達が並ぶ形となった。椅子はあるが、警護隊の誰もが座らなかった為、なんとなく流れで我々も立ったまま待つことにした。
待ち時間ということもあり、なんとも言えない沈黙が広間を支配する。ストラスはともかく、エライザとシェンリーは緊張しているのが手に取るように分かった。
不安そうなシェンリーの肩に手を置き、声を掛ける。
「大丈夫ですよ。私が主に話しますから」
「……それが不安なんじゃが」
シェンリーが困ったような表情になると、グレンが代弁するようにそう呟いた。
この国に着いてからずっと誤解されたままのような気がするので、是非とも理知的な会話を見せて誤解を解きたいところである。
そう思って扉を睨んでいると、想いが通じたように扉が開いた。
扉の向こうから現れたポットは訝しげに私の顔を見た後、扉を片手で開けて後に続く人物達を招き入れる。
現れたのは目を細めた表情が印象的なエルフだった。髪は長く、美しい金髪である。白いローブを着ていて、手には大きめの木の杖を持っていた。
そして、ブレストとその母のピーアも姿を現した。二人は敵意を隠すことなくこちらを睨み、静かに男の後ろに立っている。
三人が入室したことを確認して、ポットは静かに扉を閉めて壁の方へ移動した。
全員が揃ったか。そう思ったところで、細目のエルフが口を開いた。
「ようこそ、グレン侯爵。そして、フィディック学院の皆様。私はこのステイル家の当主、スパイア・ジン・ステイルと申します。この度は、どうやら我が息子であるブレストがご迷惑をお掛けしたようですね」
挨拶と共に、スパイアと名乗るエルフはそう告げる。これにはグレンもすぐさま低姿勢となり、片手を左右に振りながら苦笑する。
「あぁ、いやいや……子供同士のことであるからのう。ブレスト君が反省してくれたならそれで良いと思うておる。うむ。名乗るのが遅れてしまった。ご存知のようじゃが、わしはグレン・モルト。今日は侯爵としてではなく、フィディック学院の学長として来ておる」
グレンが挨拶をすると、すぐにストラス達が挨拶をしていく。なんとなく順番待ちのような気持ちになり、私は最後に自己紹介をすることにした。
「……アオイ・コーノミナトです。フィディック学院の教員をしております」
挨拶をしながら一礼すると、スパイアの目が薄く開いた。
「……貴女がアオイ先生、ですか。妻から聞きましたが、エルフにも匹敵する魔術の使い手、だそうですね?」
そう言われて、どう答えたものか思案して口籠る。すると、何を思ったのか、スパイアが息を漏らすように笑った。
「まぁ、少々大袈裟かもしれませんが、妻がそのように話す異種族は珍しいもので……私も多少興味を引かれました」
そう呟くと、スパイアは視線をグレンに戻す。
「さて、早速ですが、我が息子、ブレストについてのお話を聞きましょうか」
そう言って、スパイアが身振りで椅子に座るように指示を出し、自らも椅子に腰かけた。スパイアが話を戻すと、グレンだけでなくストラス達の顔も引き締まる。やはり、エルフの国の重鎮ということを気にしているのかもしれない。もし、他国の貴族を怒らせて国際問題に発展したら、という感覚もあるのだろう。
しかし、それはそれ、これはこれである。
イジメ問題は、地位や国などではなく、今は生徒と教師、そして保護者という立場で考えなくてはならない。
その思いで、私はスパイアに向き直った。
「それでは、お言葉に甘えてブレスト君のお話をさせていただきます。スパイアさんは、詳細をご存知ですか?」
そう聞き返すと、スパイアは口の端を吊り上げて真っ直ぐにこちらを見てきた。まるで私の動向を窺うような感情の感じられない目だ。多少の威圧の意思が篭っているが、それには気がつかないフリをする。
「いえ、詳しくは……どうやら、揉めた相手はグレン侯爵のお孫さんだったとは聞いていますが」
と、スパイアは困ったように笑う。あえて、先ほどのグレンの挨拶の内容を無視して再び侯爵と呼ぶスパイア。その言葉を悪く受け取ると、貴族として話をしようとしているように見える。
そうなると、グレン侯爵の立ち位置を考えるなら追及し難い状況となる。外交などを全て無視して、わざわざ孫の為にエルフの国にまで殴り込みに来てしまった貴族ということになってしまうだろう。
それは国対国としても、貴族的な意識としても同様である。つまり、スパイアは政治的な悪手を選択するつもりかと脅してきているかもしれないのだ。
その証拠に、グレンの表情は強張っている。
「……いや、わしの孫だから来たわけではなく、ブレスト君の教育の為に……」
しどろもどろになるグレンの言葉に、スパイアは失笑とともに首を左右に振った。
「……それは、人間の文化ですか? ブレストは既に学院を去った身です。その感情が復讐心でなく、本心からの善意だとしても、随分と押し付けがましい躾だと思いますが?」
「ふ、復讐などとは……」
反対にスパイアに追及される形となり、グレンはついに押し黙ってしまった。それには、ピーアとブレストも隠す事なく笑みを浮かべる。
グレンだけでなく、ストラス達も不安そうにこちらを見た。
そして、釣られるようにスパイアも含みのある笑みを浮かべて振り向く。
「……確かに、大きなお世話かもしれませんね」
私はそう呟き、顔を上げた。