作品タイトル不明
エルフの国に到着
「……おぉ、もうちょっと休ませてほしいんじゃが……」
「着いたら休めますよ」
「いや、精神的に休まらないというか何というか……」
歯切れの悪いグレンの態度をジッと見ていると、馬車から降りてきたエライザとストラスが困ったような顔をして歩いてきた。
「まぁ、その辺にして……」
「どうした? 何をそんなに急いでいる?」
二人にそう言われて、私はグレンから視線をそちらへ移して口を開く。
「学長はエルフの国に行きたくないから駄々をこねているのです。前回も同じでした。なので、休むなら目的の場所に着いてからするのが適切です」
そう告げると、二人は見えない紐に引っ張られるように揃ってグレンを見た。馬車の傍に立つシェンリーも釣られるようにグレンを見ている。
「……い、いや、そんなことはないぞい。さぁ、エルフの国に入ろうかのう」
皆の視線にさらされて、急にグレンが顔を上げて前を歩き出した。それに苦笑しつつ、私は二台の引手の無い馬車を飛翔魔術で持ち上げて歩く。前回はエルフの国の目の前に降りた為、警備をしているエルフ達に警戒されてしまった。それを踏まえて、今回は少し離れた場所に降りてエルフの国に入国することにしたのだ。
見上げるような背の高さの木々や、透き通った水の小川。可愛らしい野花が緑の絨毯に模様を作っており、シェンリーはうっとりしたような表情で景色を楽しんでいた。
「……エルフの国、か。実際に来ることになるとはな」
ストラスが呟き、エライザが頷く。
「エルフの国に行ったことある人なんて聞いたことないですよ。里帰りでグランサンズに帰ったら自慢出来ます」
「……そうか」
二人はそんな会話をしながら側を歩いた。最初は二人ともエルフの国に抵抗があったみたいだったが、馬車を降りてからはそんな素振りを見せなくなっている。
気になったので、ストラスに質問する。
「エルフの国に何か問題でもあるのですか? 二人とも最初はかなり嫌そうに感じましたが」
そう尋ねると、ストラスはウッと顎を引いた。エライザにいたっては明らかに狼狽している。
「答え辛い内容ですか? 無理にとは言いませんが」
一応、そう確認する。すると、ストラスは溜息を吐いて小さく首を左右に振った。
「……いや、単純に後ろめたいだけだ。ソラレが虐められていた時、教員は誰も助けることが出来なかったからな」
「その現場にいなければ、仕方が無いことかもしれません」
ストラスの懺悔にも似た台詞に、フォローの言葉を口にする。しかし、ストラスは表情を曇らせたまま首を左右に振った。
「ソラレからすれば、助けてくれなかった教員は全て同罪だろう。それでなくとも何かは出来たはずだ。だから、自分でも自分の不甲斐なさに腹が立つ」
ストラスがそう呟くと、エライザも眉根を寄せて顎を引いた。気落ちしてしまった二人を見て、私は微笑みを浮かべる。
「そう思える二人だからこそ、素晴らしい教員になれると思います」
そう口にしてから、前方を指差す。
「さぁ、そろそろ着きますよ」
そう言うと、皆の顔が前方へと向いた。大きな木々の隙間を縫うように歩き、ようやく視界が開けていく。陽の光が切れ目から差し込み、景色が明るくなった気がした。
そして、目の前にあの白い石の城壁が現れた。前回は空から見下ろしての景色だったから、あまりその大きさを意識していなかったが、中々の大きさだ。見た目が白いだけに優雅な雰囲気を感じるが、その頑強さは一目で分かる。
「わぁ、綺麗……」
シェンリーが城壁を見上げて、感嘆の声を上げた。それにエライザも同意する。
「本当ですね。美しい城壁です。やはり、これだけ深い森の中だと大型の魔獣も出るんでしょうね。あ、でも、あまり城壁に傷はなさそうな……」
「エルフは魔術に長けた種族だ。おそらく、魔獣の襲撃を防ぐような魔術を展開することも出来るのだろう」
「石か何かの防壁ですか?」
「どうだろうな。見る限り、地面に盛り上がった跡などは無いが……」
そんな会話をする皆を横目に見ていると、城壁の上から声が落ちてきた。
「そこの者、何用でこの地に来た!」
威圧するような力強い声だ。聞き覚えのあるその声に、私は顔を上げて飛翔魔術を行使した。馬車を浮かせたまま、ふわりと自分自身も空に飛びあがり、城壁の上にいる声の主と対面する。
「お久しぶりですね、シーバスさん」
そんな挨拶をすると、以前と変わらず生真面目そうな表情のシーバスが私を見て顎を引いた。
「……それほど久しぶり、というほどでもないだろう。それで、今回は人数が少し増えたようだが……」
シーバスはそう言いつつ、城壁の下を見下ろす。
「今回は、以前ステイル家の皆さんとお約束した件と、ブレスト君が話を聞いてくれるように他の教員の方々を連れてきました。今回は他の教員からもイジメについて意見をもらおうと思いまして」
「……自分でも何故か説明は出来ないが、アオイを通してはいけない気がしてきたぞ」
「……ステイル家との約束があるので通行を許可してもらいたいのですが」
理不尽なことを言うシーバスにそう告げると、シーバスは眉間に皺を寄せてじっとこちらを見てきた。
「……仕方がない。しかし、絶対に、絶対に無茶はしないでくれ。前回も君たちが帰った後は大変だったんだ」
「何故でしょう? シーバスさんはただ警護隊長としての仕事をしていただけでしょう」
シーバスの言葉に首を傾げつつ聞き返す。それにシーバスは溜め息を吐いて首を左右に振った。
「一部の方々からすれば、厄災を引き入れたに等しいということだ」
「……厄災? いえ、特にエルフの国に害を与えるつもりもないのですが……」
予想外の言葉に困惑して返事をする。シーバスは皮肉げに笑い、小さく頷いた。
「こちらの事情だ。気にしないでくれ。それでは、開門しよう」
シーバスがそう言って他の警護兵に声をかけると、すぐに城門が開き始めた。
「今回はご迷惑をお掛けしないように気をつけます」
そう言って頭を下げるが、シーバスはフッと息を吐くように笑う。
「……気持ちはありがたいが、期待しないでおこう」