作品タイトル不明
エルフの国へ再訪問
背の高い木々を空から眺めつつ、冷たい空気を楽しむように深呼吸をする。エルフの国はウィンターバレー周辺とは気候が違うのだろう。背の高い山は中腹あたりから白い化粧をしていた。空が高く感じるのは空気が澄んでいる冬空の特徴だと思うが、神々しい雪山の姿も相まって何処か神聖な空気に包まれているような心地になる。
綺麗な空気を吸い込んで、ゆっくりと息を吐く。
「アオイ先生?」
不意に名前を呼ばれて、返事をしながら振り向く。
「はい。どうしましたか、シェンリーさん?」
背後を見ると、馬車の窓から顔を出すシェンリーの姿があった。シェンリーは柔らかそうな白い髪を風で揺らしながら、目を輝かせて目の前に聳える大きな山を見ている。
「シェンリーさん?」
名前を呼ばれたと思ったが、気のせいだったのだろうか。そう思いながらシェンリーの名前をもう一度呼ぶ。すると、シェンリーはハッとしたようにこちらを見た。
「あ、すみません! あの大きな山に目を奪われてしまいました……っ! すごく雄大で……」
シェンリーが謝罪の言葉を口にする。それに微笑みつつ、同じように山に視線を戻した。
「確かに、とても雄大で神々しい雰囲気ですよね」
目の前に聳える巨大な山は、他の山々とは一線を画す背の高さを有している。彫の深い山肌の表情が迫力のあるコントラストを作り出し、生き物が立ち入るのを躊躇するような厳しさを感じさせた。それでいて、真っ白に彩られた雪山としての美しさも確かに持ち合わせている。そんな山が目の前にあれば、誰でも意識を奪われてしまうに違いない。
シェンリーは私の言葉に頷き、照れ笑いを浮かべる。
「はい。こんな景色、初めて見ました。ところで、エルフの国ってどんな感じでしたか? 今更ですけど、ちょっと気になって……」
そう聞かれて、隣に浮かぶ馬車を見る。
「グレン学長。シェンリーさんがエルフの国について聞きたいそうですが」
尋ねると、御者席に座るグレンが眉根を寄せてこちらに顔を向けた。
「お、おぉ……ちょっと、今はあんまり余裕が無いんじゃが……」
困ったような表情をするグレンに、頷いてから答える。
「飛翔魔術は魔力量よりも精密な調整が重要な魔術です。学長は十分お上手なので、すぐにもっと楽に扱えるようになりますよ」
「そ、それはありがたいのじゃが……今はまだ難しいというのが正直なところでの?」
「学長ならば大丈夫です。それでは、簡単で構いませんので、エルフの国の解説を……」
学長の訴えを退けて、説明を求める。嫌がらせというわけではなく、魔術を意識し過ぎない方が良いかと思ってのことだ。変に考え過ぎずに、感覚で魔術を扱う方がコツを掴みやすいだろう。
ちなみに、今回は変に外交問題みたいにならないように、少人数でエルフの国へ向かっている。飛翔の魔術を練習しているグレンの馬車には誰も乗っておらず、こちらの馬車にはシェンリーだけでなく、ソラレが虐められていた頃を知っているストラスとエライザが同乗していた。
「す、スパルタじゃのう……仕方あるまい。それでは、シェンリー君。こんなところでなんじゃが、ちょっとしたお勉強じゃ」
そう前置きして、グレンはシェンリーにエルフの国のことを教える。
「エルフの国。正式には始まりのエルフの血を色濃く受け継いだ国王が治めるエルフの王国、アクア・ヴィーテという。エルフの王国と言っても、統治しているのはこの霊峰の麓にある森の一部のみ。都市も湖の傍の一つのみじゃ。まぁ、他国の深い山脈や森林の中にも僅かに集落はあるが、それらはアクア・ヴィーテ側も正確に把握はしておらんしの」
グレンはそう言うと、遠い目をして山を眺めた。
「そもそも、エルフは長寿での。三百年以上生きる者もおる。そのせいか、中々子供を授かれない種族でもあるのじゃ。そうして、エルフは数百年をかけて数を減らしてきておる。じゃが、歴史だけは長いからの。古代魔術と呼ばれる独自の魔術を使うことが出来、魔力量に関しても他の種族より優れている……ああ、アオイ君みたいな特殊な人物は別じゃがな」
グレンが笑いながらそう告げると、シェンリーが複雑な表情で頷く。
「……な、なるほど。何故か、グレン学長の言葉に少しトゲがあるような……」
シェンリーが渇いた笑い声を上げながらそう呟くと、珍しくグレンが鼻を鳴らすように笑って口を開いた。
「ほっほっほ……そんなことはないぞい? ちなみに、エルフの国はまるで時が止まったような国での。排他的な暗い性格をしておるから、他の国や種族の来訪を受け入れることはない。そのせいで魔術以外の部分では他国に大きく後れをとっておると思うぞい。それなのに、エルフこそが世界で最も優れた種族であると盲信しておる……まぁ、そんな国じゃの」
グレンが微笑みを浮かべてそう告げると、シェンリーは不安そうに私を見た。
「……グレン学長が怖いです」
「色んな思い出があるのでしょう。ちなみに、エルフ語を用いた古代魔術は私も使えません」
そう答えると、グレンの方が意外そうな顔をした。
「ほう? オーウェンに習わなかったのかの?」
グレンの言葉に、私はオーウェンの無表情を思い出しながら頷く。
「オーウェンはエルフの魔術に未来はない、なんて言って教えてくれませんでした。結局、やり方が違うだけで、詠唱を行うことを考えると普通の魔術と変わりません。ならば、魔導の深淵に辿りつくには魔法陣を極めること……それがオーウェンの出した結論でした」
そう答えると、グレンは苦笑して首を左右に振った。
「まったく……オーウェンらしいわい。思い込んだら一直線じゃからな。おお、思い出したぞ。そういえば、あの時も……」
オーウェンのことを話題に出すと昔の記憶が蘇ったのか、グレンはブツブツと一人で過去のことを語り出した。それを横目に見て、グレンがいつの間にか飛翔の魔術を無意識で行使していることに気が付く。
「あ、学長。飛翔魔術が上手くなってますよ」
声を掛けると、グレンは「ん?」と返事をしながら振り向いた。そして、自らの手元と空に浮かぶ馬車を見比べて、目を瞬かせる。
「お、おお……なるほど。こういう感覚じゃったか。確かに、変に意識せずにおった方が扱いやすい気がするぞい。そうじゃな……喩えるなら、歩く時に膝を曲げて、足首を曲げて、体の重心を前にやって、といったことを考えて歩くと歩き難くなることと同じようなものじゃろうか」
「それは良く分かりませんが」
「つれないのう」
興奮した様子で自分の感覚を表現するグレンに否定の言葉を向ける。グレンは楽しそうに笑いながら返事をして、すぐに飛翔の魔術に意識を戻した。
「コツを掴むと早そうじゃ。風を四方向から吹かせて固定すると考えるよりも、馬車を包み込むと思った方が良いんじゃったな? おお、やっと意味が分かってきたぞい」
大きな独り言を呟きつつ、グレンはどんどん速度を上げていった。空飛ぶ馬車がまるで鳥のように飛んでいくのを眺めつつ、安定性が下がっていることを危惧する。
「学長。速度に意識を向け過ぎると、今度は左右の安定性が損なわれます。まずは安定した状態を維持するように……」
「む、むむむ……っ!? い、いかんぞい! 何故か右側に回転するような軌道に……」
「あ、すぐに姿勢を戻そうとしないでください。徐々に戻していくつもりで少しずつ修正しないと……」
「ぬ、ぬぉおおおっ!? は、反対に回転が……!?」
アドバイスを送ろうとしたのだが、既に遅かったらしい。グレンは今度は左回転をしながら飛んで行ってしまった。
「な、なんだ。なんの騒ぎだ」
「もう着いたんですか?」
グレンの叫び声にストラスとエライザも馬車の窓から顔を出す。
「学長が先に行ってしまいました」
そう告げると、二人は真面目な顔で納得したように頷く。
「……流石はグレン学長。もう飛翔魔術を習得したのか?」
「早いですね」
勘違いした二人の様子を眺めてから、地上へ視線を移す。
「……あ、もうすぐそこですね。確か、あの辺りだったかと……」
「あ、アオイ先生? グレン学長はそのままで良いのでしょうか……?」
事情を知っているシェンリーだけが不安そうにそう呟いたのだった。