作品タイトル不明
課外授業
学院に戻り、休みの日に郊外に出て課外授業を行う準備をする。広場をつくり、周囲に迷惑をかけないように壁で囲った。野球場のような形だ。
学院内を自由に歩き回ることも嫌がっていたソラレも、街の外に作ったこの広場なら問題はないだろう。誰かの視線を気にすることも無く、魔術に集中できるはずだ。
そう思って準備をしたのだが、課外授業当日にソラレは姿を現さなかった。
日時はきちんと伝えているので、日にちを勘違いしているということはないだろう。単純に課外授業のことを忘れているのなら良いが、学院を出て街中を歩いてここまで来ることが出来ないというのなら問題である。
学院内は目立つだろうし、街中では魔術の練習など出来ない。馬車か何かで連れてくるべきだろうか。
そんなことを思っていると、課外授業に参加するフェルターが腕を組んで唸った。
「……ソラレは?」
フェルターが不機嫌そうに呟くと、同じく課外授業に来ていたシェンリーとディーンが顔を見合わせる。
「もしかしたら、課外授業をやるということを忘れてしまっているのかもしれませんね」
私がそう告げると、フェルターは鼻から大きく息を吐き、組んでいた腕を解いた。
「……連れて来る」
それだけ言って、フェルターはこちらに背を向けた。
「あ、無理に引き摺り出すような真似はしてはいけませんよ」
フェルターの背中にそんな声を掛けたが、返事は無かった。残されたシェンリーとディーンが不安そうにこちらを見る。
「……大丈夫でしょうか?」
「フェルター先輩、強引だから……」
二人はそんなことを言って口を噤んだ。
今回は、非公式だがソラレにとって久しぶりの講義ということもあり、あまり人数は集めずに課外授業を行うことにした。なので、この広い会場にいるのは私とシェンリー、そしてディーンだけだ。後でソラレを連れてくることに成功したら、フェルターとソラレが加わって五人となる。
フェルターを呼んだのはソラレにとって唯一の顔見知りだからなのだが、もしかしたら失敗だったのだろうか。
少し不安になりながら待つこと約三十分。
フェルターが戻って来た。一人に見えるが、やはり失敗したのだろうか。そう思って近づいてくるフェルターを見ていたのだが、どうやら後ろにもう一人いるようだった。少女と見まがうような小柄な人影だ。
「ソラレを連れてきた」
フェルターがそう言うと、その背後から恐る恐るといった様子でソラレが顔を覗かせる。怯えの色を目に浮かべて、泣きそうな表情で皆の顔を順番に見る。
「こんにちは、ソラレ先輩」
「あ、ぼ、僕は、ディーン・ストーンともうします」
若干緊張した面持ちで二人が挨拶をすると、ソラレはフェルターの後ろに隠れたまま浅く顎を引いた。返事をする様子もないソラレに、フェルターが苛々した様子で手を伸ばし、背中を叩くようにしてソラレを前に押し出す。
「わ、わわわ……」
顔面蒼白で悲鳴を上げながらソラレが前に出てきた。転びそうな態勢になりながらも、皆から視線を受けて慌てて背筋を伸ばして立つ。
「そ、ソラレ、と、申します……よ、よろしく……」
ソラレは消え入りそうな声で自己紹介をした。気が弱い三人が似たような雰囲気で挨拶を交わし、顔を見合わせる。シェンリーはともかく、ディーンとソラレは揃ってもじもじしている。
すると、腕を組んだフェルターがしかめっ面で口を開いた。
「……フェルターだ」
フェルターが名乗ると、皆が一瞬目を丸くして振り返った。全員に目を向けられているのに、フェルターは気にした様子を見せない。
それに、ソラレがふっと肩の力を抜いて笑った。
「……た、たぶん、皆知ってるよ」
ソラレがそう呟くと、シェンリーとディーンも息を漏らすように笑う。
「フェルター先輩は有名人ですからね」
「い、いや、そういう意味じゃないと思うけど……」
二人がそんなことを言って笑っていると、フェルターの眉間の皺が深くなった。
意外とバランスの良い組み合わせだったのかもしれない。ソラレを中心に生徒を集めたつもりだったが、四人の相性は中々良さそうだ。
私は仏頂面のまま黙っているフェルターに歩み寄り、そっと小声で尋ねる。
「どうやってソラレ君を?」
そう聞くと、フェルターは得意げに口の端を上げた。
「扉を開けなかったから、叩き壊した。そうしたら諦めて出てきた」
「なるほど」
フェルターの回答に、大きく頷く。やはり、扉があるからいけないのだ。引き籠る部屋が無ければ引き籠ることはできない。
そんなことを思っていると、先ほどより少しだけ緊張が緩んだ様子のシェンリーが口を開いた。
「あの、今日はどんな講義なんですか?」
シェンリーが質問をして、皆の目が私へと向けられる。
「そうですね。それでは、今日は魔術を用いた遊びをしましょうか」
「遊び?」
答えると、皆揃って目を瞬かせた。そして、首を傾げる。その様子に微笑みながら、手のひらを上に向けて魔力を込める。
ふわりと、手のひらの上に青い光を放つ球体が浮かび上がった。それを皆に見えるように掲げる。
「さて、これは何でしょうか」
誰にともなく尋ねると、ディーンが口を開いた。
「……あ、氷の結晶、かな」
その答えに軽く首を左右に振って違うと伝える。すると、次はソラレが答えた。
「前に見た、雷の魔術ですか?」
ソラレが答えると、皆がハッとした顔で振り向く。それに、私は笑顔で頷いた。
「正解です」
「おお」
正解であると伝えると、シェンリー達が感嘆の声を上げる。それにソラレが照れて俯いていると、フェルターが眉根を寄せた。
「こんな小さな雷があるのか」
フェルターがそう告げると、皆の目が再びこちらに向く。その視線を受け止めつつ、発光体を操作してみせる。青い光の球が手の上でふわふわと動き、手元を離れてフェルターの下へ向かった。皆が空中に浮かぶ光の球を不思議そうに眺めている。
「これは電離気体……プラズマ、と呼ばれるものです。このプラズマに触れずに大きくすることが出来たら、今回の講義は終了です」
そう告げると、皆が首を傾げた。
「ぷらずま?」
「大きくって、どうやってするんですか? 火なら更に熱を加えるとか……」
シェンリーとディーンがそう呟き悩む。皆があれやこれやと考える中、ソラレが片手を挙げて口を開いた。
「雷はどういった原理なのでしょうか」
その質問に、私はふっと微笑みを浮かべる。知らない物に触れるのだから、仕組みを理解しなくてはならない。当たり前のことと思うかもしれないが自然とそう考えられるのは素晴らしいことだ。何事にも仕組みがあり、それを理解してこそ正しく学ぶことができ、応用をすることができる。
「……雷は、静電気の一種です。上昇気流と下降気流……いえ、言い方を変えましょう。上空で冷やされた氷の粒や埃などが激しく擦れ合い、電気という力をため込んでいき、最後には雷となります。なので、雷雲などではなく、火山の噴火などでも同じように噴煙の中で物質が擦れ合って雷が発生します」
そう告げると、ソラレは目を細めて顎を引いた。
「……なるほど。それなら、風の魔術を使えば……」
「そうですね。考え方としては正しいです。ただ、熱なども大きな影響を与えます。そういう意味では、炎も正解の一つと言えるでしょう」
そう告げると、ソラレは考え込むようにして押し黙った。
その間に、ヒントを貰ったディーンが動き出す。発光体の方に近づき、両手を伸ばして左右から挟み込むような恰好をとった。
そして、目を細めて集中する。
「……風、火……速く、熱く……」
ブツブツ呟きながら、ディーンは魔力を操作し始めた。
すでに、プラズマという現象は発生している。そこに魔力を練り込んで操作、変化させていくと、自然とその事象に干渉をすることが出来た。
雷の魔術を一番理解し、扱うことが出来るディーンだからこその感覚だろう。
あっという間に、プラズマを成長させていくディーンに、皆が目を丸くした。特に仕組みを理解していないフェルターはどうしてそんなことが出来るのかと表情に書いてある。
そして、ディーンが魔力操作を終えて息を吐いた時、ソラレが辛抱できずに声を掛けた。
「あ、その……どんな風にやったのかな?」
ソラレが尋ねるとディーンが慌てて手を振る。
「あ、えっと、そ、そうですね……小さな球がいっぱいあって、それがぶつかり合うように想像しながら魔力の流れを作るというか……」
「球……? む、難しいね。でも、言いたいことは分かる、かな? その、球が激しくぶつかり合えば、あの光は強くなるってことだよね」
「そ、そうです! あ、ま、間違えているかもしれませんが、ぼ、僕はそんな感じで想像して魔力を……」
お互い戸惑いがちではあるが、確かに生徒同士で交流が出来ている。ディーンが年下で引っ込み思案だからなのかもしれないが、それでもソラレからすれば数年ぶりの出来事に違いない。
ようやく、部屋を出て外で誰かと会話をすることが出来た。これは、間違いなく前へ進む大きな一歩だ。今後、少しずつ少しずつ課外授業の人数を増やしていけば、気が付けば私の講義に出ることも出来るようになるだろう。
確かな手ごたえを感じて、私は自然と微笑みを浮かべていたのだった。