作品タイトル不明
【別視点】アオイという人間
【シーバス警護隊長】
エルフの王国、アクア・ヴィーテ。高い山々と深い森林地帯の奥深くという立地の為、険しい道のりと強大な魔獣に阻まれて、まず訪問者が現れることはない。
これまでにエルフの国を訪ねてきた者の半数は冒険者であり、半数は国を奪おうとする者たちであった。
学院の関係者が訪ねてきたことなど、一度たりとて無い。
「……まったく、判断に困る相手だ」
頭を悩ませながら、前を歩くグレンとアオイを見た。先頭は道案内の為の若いエルフの戦士である。その後ろにグレンとアオイが並び、更に斜め後ろに二人ずつ剣を使える魔術師を配置している。そして、十歩ほどの距離を置いて警護隊の面々十名だ。
他の国ではどうか分からないが、この国の警護隊は強大な魔獣と日々戦ってきている為、誰も彼もが実戦経験豊富な猛者ばかりである。それこそ、大型の竜種と戦っても楽に撃退出来るほどだ。
噂では、グレン・モルトは世界最高の魔術師の一人に数えられているというが、それでも問題は無い布陣である。
もう数十年は経ったか。グレンが大国の侯爵となったと聞き、アクア・ヴィーテ内でも話題となったことがある。所詮、人間の国の中での話だと嘲笑う者もいるし、エルフではなくハーフエルフだから受け入れられて侯爵になれたのかと噂する者もいた。
そうして、噂はやがてグレンの出生の話にすり替わっていく。
曰く、グレンは貴族の出身だったのだが、父親が人間だったらしく、幼少時にそれが発覚。結果として血を重んじる貴族の常識に則り、グレンは国を出ることになったらしい。
ハーフエルフとして王国内で生きていくのは大変だっただろうから、本人にとっては良かったのかもしれない。
しかし、グレンの母親は軟禁状態となり、家に残った。徐々に話題は薄れて皆の記憶から消えてしまっただろうが、グレンの家は噂を相当嫌ったことだろう。グレンが活躍して噂になればなるほど、何故このアクア・ヴィーテではなく人間の国で成り上がったのかという話が出てくる。
グレンの母親は、辛く苦しい毎日を送ったに違いない。
同(・) じ(・) 、(・) ハ(・) ー(・) フ(・) エ(・) ル(・) フ(・) の(・) 家(・) 族(・) を(・) 持(・) つ(・) 自(・) 分(・) に(・) は(・) 分(・) か(・) る(・) 。
だからこそ、グレンがエルフの国に対して明確な敵意を持っていてもおかしくはない。
そう考えた私は、グレンの一挙手一投足を警戒心を持って注視していた。もう一人はただの人間であるというし、見た目的にも二十歳前後といったところだ。恐らく、中級の魔術が使える程度だろう。
警戒すべきはグレン一人である。
そう思って様子を見ていたのだが、どうも主導権はアオイが握っているようだった。
「こちらが、三位貴族であり元老院議員を務めていらっしゃるステイル議員の御屋敷である」
案内人が振り返ってそう告げると、グレンではなくアオイが頷いて前に出た。
「ありがとうございます。それでは」
「も、もう行くんじゃな。そうじゃな。折角ここまで来たんじゃものな」
戸惑う素振りを見せるグレンに、アオイは軽く頷いて先を歩く。
「もちろんです。その為に来たのですから」
それだけ言うと、アオイは臆した様子もなく貴族の家の門を叩いた。すると、少しして門が内側から開かれた。現れたのは家令の男である。ステイル家は代々元老院の議員を輩出してきた名家の為、十人も使用人を雇っている。普通の貴族ならば二人か三人程度なのだから、その凄さが分かるだろう。
その家令ともなると、五位程度の貴族ならば相応の態度で接するほどの重要な地位にあたる。
人間がそんなエルフの文化や常識を理解しているとは思えないが、アオイは丁寧に頭を下げて家令に挨拶をした。
「初めまして。フィディック魔術学院のアオイ・コーノミナトと申します。ステイル家のご子息の方とお話をしたいと思い、参りました」
それに対して、家令は胸に片手を当てて一礼を返す。
「ご丁寧に……私はステイル家の家令を務めております、ポットと申します。ご用件について、当主に報告をさせていただきますので、暫くお待ちください」
ポットはそう言うと、再度一礼して屋敷の中へと戻っていった。
「家令というと執事長のことですよね?」
アオイが小さな声でそう確認すると、グレンが頷く。
「場所によるとは思うが、大体そういった役職じゃの」
「家令の方、自ら来客者の対応をしてくれるのは、グレン学長の存在故でしょうか」
「いや、単純にエルフの国は人手が足りないのじゃ。人口が少ないからの。ドワーフの国や獣人の国も同様じゃぞ」
「なるほど」
二人がそんな会話をしていると、再び門が開かれる。顔を出したのはポットと女のエルフだ。家令が一歩後を付き従っている様子を見るに、ステイル家の奥方だろう。
「……ブレストに話があると聞きましたが、なんの用でしょうか?」
「はい。私はフィディック学院のアオイ・コーノミナトと申します。少々込み入った話となりますので、中でお話をさせてもらえたらと思うのですが……」
アオイがそう告げると、奥方は目を鋭く尖らせた。
「それに従う必要も義務もありません。お引き取りくださるかしら?」
「いいえ、息子さんには聞く義務があります。息子さんの将来を思うならば、聞く必要もあるでしょう。もし、家に入るのが嫌なのでしたら、外でお話をするということでも構いません」
奥方が威圧するように冷たい声音で帰れと告げるが、アオイは全く意に介していない。その態度を見て、明らかに奥方が苛立ちを見せた。
「……無礼ではありませんか? 突然、家を訪ねてきて、話をさせろなどというのは」
「申し訳ありません。しかし、ブレスト君の将来に関わる大切な用件です。その話をする為に、フィディック学院から参りました。どうか、お願いいたします」
そう言って、アオイはもう一度頭を下げた。その態度を見て、奥方はこちらをちらりと盗み見る。そして、姿勢を正して口を開いた。
「……わざわざ、遠い人間の国から息子の為に来てくれたというのなら、無下には出来ません。あまり長い時間は難しいですが、お話を聞くだけなら……」
奥方がそう答えると、アオイは微笑みを浮かべて頷いた。
「十分です。ありがとうございます」
と、思いのほか簡単に話はまとまった。やはり、警護隊の我々が同行していることが影響したようだ。他国から子息の為に来たと言っているのに、それを門前払いしてしまっては流石に狭量過ぎると判断したに違いない。
「……少々気になる点があります。我々も同行してよろしいでしょうか」
ポットにそう確認すると、ポットは奥方を見た。
「警護隊の方々が同行したいと……」
「家の中にですか? そこまでする必要が?」
「……グレン殿は大変実力のある魔術師とのことです。万全を期すならば、警護隊の方々が同席してくださるのは有難いことだと思います」
「……分かりました」
小さな声でそんなやり取りをして、ポットはこちらにふり向いた。
「お待たせいたしました。皆さまのご同行を歓迎いたします。どうぞ、こちらへ」
ポットはそう言ってグレン達と一緒に我々も屋敷の中へと案内をした。