作品タイトル不明
ソラレとの会話
部屋に入ると、そこは思っていた以上に綺麗で片付いていた。
壁には小さな窓があり、ベッドと机、椅子、ソファー。あとはクローゼットや本棚があるくらいだ。本棚には魔術の本が並んでおり、それ以外は見当たらない。
そんな部屋の中で、ソラレは所在なさげにベッドの前に立っている。白っぽいローブのような服装だが、ソラレが着て立っていると子供の寝間着に見えなくもない。
「……座っても良いかの?」
遠慮がちにグレンがそう尋ねると、ソラレは椅子とソファを両手の手のひらで指示した。どうぞ、ということだろう。
ソファーにグレンが座り、私は椅子に腰を下ろす。ソラレはベッドに腰かけた。一瞬、室内が静寂に包まれて、ソラレが不安そうな顔になる。怯えた様子で私とグレンを交互に見るソラレに、思わずグレンが口を開いた。
「ソラレ……今日はアオイ先生が、話を聞かせてほしいと言ってな。とても良い先生なんじゃ。少しだけ、話をしてみてくれんか」
グレンが頼み込むと、ソラレはこちらを横目で見た。そして、ゆっくりと口を開く。
「そ、その……ぼ、僕も、アオイ先生とは話をしてみたかったんだ。だ、だから、会っても良いかなって……」
「私ですか?」
首を傾げつつ聞き返すと、ソラレは軽く顎を引いた。
「あの、文化祭の発表、アオイ先生なんでしょ……?」
俯きがちながら、ソラレは目を輝かせてそう口にする。どうやら、どこかで文化祭の発表を見ていたらしい。
「発表を見ていたのですね。よく、私の発表だと分かりましたね。そもそも、私はソラレ君と会ったこともないと思っていましたが……」
不思議な子だ。そう思って尋ねたのだが、ソラレはそっと微笑みを浮かべた。小さく詠唱をして、魔術を発動する。
「…… 神の片目(プロヴィデンス) 」
ソラレがそう呟いて目を瞑ると、魔力の流れが変わった。背後に魔力が集まる感覚を受けて振り向く。そこには、殆ど透明の薄い水の膜があった。どういう原理なのか理解できないが、半球のその薄い水の膜がソラレの目と魔力でつながり、遠くの視界をまるでそこにあるかのように届けているようだ。
「……カメラ、とは違いますね。魔力を電気信号のように……つまり、疑似的に空中に自身の目を再現している、ということですか」
ソラレの魔術を分析して推測を口にする。それに、ソラレは目を瞬かせた。
「す、すごい……! やっぱり、アオイ先生はすごいです……! 目がどうやって物事を映し出しているか、分かっているんですね! 僕は何年も研究し続けて、ようやくその仕組みを理解したのに……」
ソラレは興奮した様子で感嘆の声を上げた。だが、驚くのはこちらの方だ。これまで、ただの一人もそんな魔術を作り上げた人はいなかった。科学の発展した日本で学んだ知識がある私は別として、唯一オーウェンだけが独創的なアイディアを元に魔術を開発していた。それでも、これほどのものではない。
これまでも理解が困難な魔術は多数あった。メイプルリーフの癒しの魔術も同様だ。しかし、あれらは長い長い年月をかけて作り上げられた魔術の積み重ねであり、詠唱という分野の研究の賜物である。
暗い闇を手探りで探索し続けて、偶然発見できた魔術であるといっても良い。
対して、ソラレの魔術の開発は違う。私と同じような着眼点から、科学的に魔術を研究している。それも、地球の知識などない状態で。
異質の天才だ。
私には、ソラレの才能をそう表現するしかなかった。
「ぼ、僕も色んな魔術を見てきたし、自分なりに勉強してきたんだけど、アオイ先生の魔術は全然違ったんだ。その、良い意味で普通じゃないというか……窓の外からで、音も聞こえないからまだ覚えることは出来てないんだけど、アオイ先生の魔術は考え方も組み立て方も違っていて……」
興奮気味に魔術について語るソラレをぼんやりと眺めて、頷く。
「それが分かるだけでとても凄いことです。魔術の才能もそうですが、何より発想力が素晴らしいです。私こそ、色々と魔術について話をしたいと思いました。しかし、それよりも先に今の魔術について聞きたいことが……」
「え? な、なんでしょう?」
ソラレは私の言葉を聞いて目を瞬かせて小首を傾げた。それに頷き、真剣な表情でソラレの顔を見返す。
「……その魔術、いやらしい使い方はしていませんよね?」
そう確認すると、ソラレは魔術を解除して仰け反った。
「そ!? そ、そんな使い方……っ! してません……!」
顔を真っ赤にして首を左右に大きく振るソラレ。どうだろうか。異性が気になる年齢だとは思うが、顔どころか耳まで真っ赤にしている様子を見る限り、覗きなどには使用していないのか。
「……ひとまず、疑惑までにしておきましょう」
「ほ、ほほ、本当に使ってません……!」
「慌てると怪しく見えてしまいますが……」
「なんでですか!?」
真っ赤になったまま騒ぐソラレに、グレンは椅子に座ったまま唖然として固まっていた。