作品タイトル不明
文化祭15 保護者
中央広場に行くと、すでに大勢の人が集まっていた。もうすぐ発表があるということで、殆どの人が広場の中央に目を向けている。
「ちょっとヘネシー先生の様子を見てきますね」
「あ、分かりました」
「じゃ、ディーン君も探しておきます!」
「そうですね。お願いします」
アイル達とそんなやり取りをして、私は広場の脇で深呼吸しているヘネシーの下へ向かった。ヘネシーはいつもなら赤い髪を適当に下ろしているのだが、今日はしっかりと結ってセットしていた。しかし、表情は緊張で固まってしまっている。
「ヘネシーさん」
名を呼んで近づくと、ヘネシーは泣きそうな顔になってこちらを振り返った。
「アオイ先生……! き、緊張します……っ!」
もう泣きそうな声だ。エライザはともかく、ヘネシーは大人しいだけでそんなに不安に陥る性格とは思わなかった。
「失敗しても死ぬことはありませんよ?」
「は、励ましてくれてるんですよね? 言葉の選択がおかしい気がしますが、励ましてくれているんですよね?」
私の言葉をどう受け取ったのか、ヘネシーが涙目でそんなことを聞いてきた。私は頷いてヘネシーの肩に手を添える。
「もちろんです。何かあっても、骨は拾ってあげますから」
「ほ、骨を!? 私の身に何が起こるんですか!?」
と、また励ましに失敗してしまったらしい。少々古風過ぎただろうか。
首を捻っていると、ヘネシーは溜め息を吐いて私を見た。
「……アオイ先生は凄いですね。本当に緊張していなさそうです。私だったら、グレン学長の代わりに発表しろなんて言われたら、一週間は寝込みますから」
「緊張ですか? そうですね……やはり、多少はします。でも、観客ではなく目の前のことに集中したら、不思議と緊張も薄れてきますよ」
「目の前のことに……」
私の言葉を反芻して、ヘネシーは考え込む。そして、数秒後顔を上げた時、ヘネシーの目には力強い光があった。
「……頑張ってみます」
そう答えた瞬間、鐘の鳴る音が響き渡った。
「頑張ってください。応援しています」
私がそう告げると、ヘネシーは苦笑しつつ、広場の中央へと向かったのだった。
「ご来賓の皆さま。フィディック学院の一般教員、ヘネシー・ナジェーナと申します。今回は、火の魔術と風の魔術の複合魔術を発表いたします。よろしくお願いします」
ヘネシーが一礼して挨拶をすると、会場から拍手が返ってくる。そして、発表は始まった。
ヘネシーは冷静に火の魔術を詠唱し、成人男性ほどの大きさの炎の竜巻を作り出す。その状況で、更に風の魔術を発動させる。別々の魔術を順番に発動して混ぜるという方法は、ヘネシーのアイディアである。私が助言したやり方を難しく感じたのか、このやり方は出来ないかと言われて考案した方法だ。
ヘネシーは炎の竜巻の上に酸素の塊を置くというイメージが出来なかった為、竜巻を作った後に風を巻き上げて酸素を送り込むという手法をとった。これも応用の一つであり、自身が苦手な分野を別のやり方で解決へと導いた好例だといえるだろう。
結果として、目の前には高さ数十メートルに達する炎の竜巻が巻き起こり、観客たちは度肝を抜かれることとなった。
「……以上で発表は終わりです。ありがとうございました」
発表が終わり、最後にヘネシーが丁寧に挨拶をして一礼する。直後、割れんばかりの大歓声がヘネシーに集まった。
「すごかったですね!」
アイル達も大喜びである。それに微笑んでいると、リズがこちらを振り向いて口を開いた。
「あ、そういえば、ディーン君を見つけました」
「本当ですか。どちらにいました?」
聞き返すと、三人が揃って同じ方向を向く。そちらに目を向けると、暗い緑色の髪が目に入った。ちょっと引き攣った表情のディーンだ。その隣に立っている緑色の髪の女性が母親だろうか。背が高く、凛とした表情が特徴的だ。いつも自信が無くて気弱なディーンとは対照的な見た目をしている。
と、ディーンが私に気が付いて隣を見た。何か一言二言会話をしている様子を見ながら、こちらから近づいていく。
「こんにちは。フィディック学院の教員であるアオイ・コーノミナトです。ディーン君のお母さまですか?」
そう言って女性を見ると、きちんとこちらに向き直って女性が一礼した。
「初めまして。ディーンの母のティス・ストーンと申します。この度はカーヴァン王国のストーン男爵家を代表して参りました。アオイ先生にはいつもお世話になっているそうですね。今後も、何卒よろしくお願い申し上げます」
と、軽く挨拶をすると、ティスがとても固い挨拶を返してきた。私は慌ててもう一度礼をする。
「ご丁寧にありがとうございます。ディーン君はとても優秀な生徒で、将来を楽しみにしております。最終日に発表も控えておりますので、お楽しみにしていてください」
そう返事をすると、ティスが顔を上げた。
「発表? ディーンが、ですか?」
「ご存じではありませんでしたか? あ……もしかして、お母さまに内緒にして驚かせようとしていたのでは……」
ハッとなってディーンを見ると、額から汗を流しながら視線を逸らされてしまった。これは非常にまずい。大変な失敗をしてしまったかもしれない。
思わず、息を呑んで二人の様子を窺う。
すると、ティスが目を鋭く細めてディーンの横顔を見下ろした。
「……ディーン? 貴方、わざと隠していましたね?」
「ひっ」
ティスの一言に、ディーンが息を呑む。何故かは分からないがディーンはとても怯えているようだ。隠し事を極端に嫌う性格なのだろうか。
そう思っていると、後方から合流してきたアイル達がティスに挨拶をした。
「こんにちはー! アイル・ヘッジ・バトラーです!」
「リズ・スチュアートです!」
「初めまして、ベル・バークレイです。ディーン君とはよく一緒にアオイ先生の講義を受けています」
三人が挨拶をすると、ティスはディーンへの追及を一時中断し、そちらへと向き直った。
「初めまして、ティス・ストーンです。皆さん、三人ともディーンのご学友ですか?」
ティスが尋ねると、三人は同意を示す。
「そうですか。ディーンがご迷惑をお掛けしていませんか?」
「ディーン君は大人しいから大丈夫ですよ」
「どっちかというと私たちの方が迷惑掛けているかも?」
「笑えないわよ。アイルだけじゃなくて私たちも親が来てるんだから」
三人がそんな会話をしていると、ティスは軽く頷いてディーンを見た。
「ディーン。ただ講義を受けるだけじゃなく、先輩の魔術からもしっかり学びなさい。分かりましたね?」
「は、はい……っ」
ティスの言葉に、ディーンは脊椎反射で返事をする。真面目で良い母に見えるが、ディーンはやはり怯えているようだ。
二人の様子を注視していると、ティスがこちらを振り返った。
「アオイ先生。各家庭に配られる一年間の成績表の内容は把握していますが、日々の生活態度や、先生から見た現在の魔術師としての技量についてお聞かせ願いたく思います。お手数をお掛けしますが、出来るだけ詳細に教えてもらえませんでしょうか」
そう言って、深々と頭を下げる。
「い、いや、アオイ先生は忙しいから……」
ティスの要望に対してディーンの方が遠慮をしてしまった。確かに、初対面の教員に頼むことではないかもしれない。しかし、私としては子供の学校生活や勉強の状況に興味を持つ親は好ましく思う。
なので、きちんと対応することにした。
「いえ、大丈夫ですよ。しかし、三十分ほどすると他の同僚の発表があるので、あまり時間は取ることができません。もし良かったら、昼食をご一緒しますか? それでしたら、ゆっくり話をすることもできるかと思います」
そう尋ねると、ティスは深く頷く。
「それは大変ありがたいです。貴重なお時間をいただき、感謝いたします」
ティスは丁寧にそんな返事をしたのだった。