作品タイトル不明
発表への悩み
お祭り騒ぎとなっている街中を楽しく散策していると、今度は街の端側にある少し落ち着いた雰囲気のカフェに見知った顔を見つけた。
煉瓦造りのカフェにはテラス席があり、サンシェードのような屋根で出来た日陰の席に座っている青い髪の青年は、物憂げな表情でカップを片手に持って口元に運んでいる。その様子にカフェの客の一部が目を奪われているが、本人に気づいた様子はない。
「スペイサイドさん」
名を呼ぶと、スペイサイドはカップをテーブルに置き、こちらを見た。
「……アオイ先生。珍しいところで会いましたね」
私を見て、スペイサイドはいつもより若干力なく返事をした。やはり、元気がないようだ。
「何かありましたか? とても気落ちしているように見えますよ」
そう告げると、スペイサイドは一瞬考えるように顎を引き、すぐに顔を上げた。
「一杯いかがですか? おごりますよ」
「相談があるということですか? とりあえず、喉は渇いていたので自分で払いますよ」
そう言って、私はスペイサイドに対面するように座る。店員に珈琲を一杯注文し、スペイサイドに向き直った。
「さて、どのようなお悩みが?」
尋ねると、スペイサイドは軽く苦笑して首を傾げる。
「文化祭間近ですからね。フィディック学院の教員の殆どが悩んでいるはずですよ。特に、今回は準備期間が短すぎました」
「なるほど。発表の内容で悩んでいるのですね。スペイサイドさんは水の魔術がお得意でしたね」
頷いて確認する。
「ああ。しかし、火や風は良いが、水の魔術は他者の関心を得るような発表には不向きなのです。出来ることは津波を起こすとか、氷の彫像を作ってみせたりといった程度でして……どちらも過去に発表しているので何とも」
「そうなのですか。しかし、水なら色々と観客を楽しませることが出来るものだと思いますよ。例えば、操作は難しいですが複雑な噴水などもありますし、様々な色の光でライトアップすればとても綺麗です。夕方、日が暮れてから発表する場所を提供してもらい、美しい噴水ショーをしてみませんか?」
そう提案してみると、スペイサイドは前のめりになって頷く。
「美しい噴水ショー! なるほど、それは面白いですね。しかし、様々な光でのライトアップというのはかなり複雑な設備が必要でしょう」
「いえ、大丈夫です。そちらは私が準備しましょう」
「なんと……助かりますが、大丈夫ですか?」
と、スペイサイドは私のスケジュールや手間を気遣うようなことを聞いてきた。会った当初のことを思い出すと信じられない違いである。どうやら、私の講義を受けるにあたって師と仰ぐと決めたらしいのだが、こうまで態度が変わると逆に恐ろしい。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……それでは、準備をしておきますね」
ちょうど一杯飲み終えたので、代金を置いて立ち上がる。
「アオイ先生、良かったら食事だけでもご馳走させてください。もちろん、ご助力いただく分の費用や手数料はお支払いを……」
「いえいえ、そんなに気になさらず」
気を遣うスペイサイドに片手を振って遠慮を伝え、店を後にした。予想外の展開でしなくてはならない事が出来た為、早めに行動しておこう。
確か、裏路地に古い雑貨屋があった筈である。近くには日用品を扱う商会もあったと思う。
必要な道具を仕入れないといけない。
そう思って、活気のある街の中心部から更に外れて街の裏側へと足を踏み入れて行く。
人の数が疎になっていき、通りを歩く人々の雰囲気も衣装も変わっていった。
「……あれ? アオイさんじゃないですか! 何か探し物ですか?」
そこへ、野太い男の声が聞こえてくる。目を向けると、そこには大柄な男の姿があった。
「確か、ネヴィス一家の……アーリーさん?」
そう呟くと、男は深く頷く。
「覚えてもらえて光栄ですぜ」
アーリーはご機嫌な様子でそう言った。当初アーリーはこの街に来てすぐにネヴィス一家を訪ね、私の噂を聞いて勝負を挑んできた。しかし、その後は何故か私のことをボスと呼んで話しかけてくるようになった。せめてボスではなく名前で呼ぶように頼んだが、結局厳つい大男が親しげに寄ってくると目立つことに変わりなかった。
「それで、こんな場所になんの用だったんですかい? 俺で良かったら手伝いますぜ」
まるで懐いた犬のように寄ってきて目を輝かせるアーリー。簡単には引かないだろうし、別に困ることではないので手伝ってもらおうか。
そう思い、頷く。
「ちょっと火と水の魔石を買いにいこうと思って……あとは銅鉱石、ミスリル鉱も欲しいですね。陽菜実の花と蒼狼草、黄蓮石と……」
「ちょ、ちょっと待ってください! 今、聞いたやつを書いとくんで!」
探しているものを口にすると、アーリーは慌てて私の言葉を遮り、メモを取り始めた。意外とマメな性格のようである。
「……全部で十五個ですね。分かりました。急ぎで仕入れてきますんで、アオイさんはそこの店ででも待っていてください。ちょうどボスも来てますんで」
「カリラさんが?」
答えると、アーリーは歯を見せて笑い、口を開く。
「ええ、そうです。そんじゃ、俺は急いで行ってきますぜ!」
それだけ言い残して、凄い勢いで走り出すと、アーリーはすぐに路地から姿を消した。