作品タイトル不明
【別視点】ラムゼイ侯爵
ブッシュミルズ皇国は獣人や亜人が多く、自然が多い土地にある。資源も多く、深い山々に左右を囲まれたような環境は戦争でも攻め込まれにくい、天然の要塞のような領土である。過去に獣人狩りと呼ばれる大量の亜人奴隷が生まれた事件があったが、その際は亜人を保護する立場にあったブッシュミルズ皇国に多く亜人が逃げ込み、幾つかの傭兵団や小国がブッシュミルズに攻め込んだ。
だが、その全てがブッシュミルズ皇国の領土深くまで入り込むことも出来なかった。
ブッシュミルズ皇国の正門ともいえる、山間に領地を持つケアン侯爵領があったからだ。主となる財源を大型の魔獣討伐で賄っていたケアン侯爵領は、屈強な騎士団や迎撃性能の高い要塞、砦を多く所持しており、各国と比較しても十分な戦闘力を持っていた。
しかし、一番の理由は侯爵領を治めるケアン侯爵家であるとされている。過去百年で当主が三代変わったが、その誰もが一流の魔術師であり、武闘派な性格だった。
百年以上ブッシュミルズ皇国の番人として領地を守ってきたケアン侯爵家の現当主、ラムゼイ・ケアンも武闘派の筆頭であり、特徴的な金色のたてがみのような髪からブッシュミルズの獅子などの異名も持っている。
そのラムゼイが、妻と部下を引き連れてウィンターバレーに到着した。
【ラムゼイ】
美しい街並みと賑やかで活気のある住民達。また、色とりどりで多種多様な国の日用品や衣装、食べ物などが軒を連ねている。
その街の雰囲気はブッシュミルズとは大きく違った。
「久しぶりに来たが、やはり活気のある街だな。兵士の姿が殆ど見えないが、それでも街の中が平和なのは凄いことだ」
街並みを見渡してそう呟くと、妻のフィオールが振り向く。細身のラインが白いドレスによく似合っていた。フィオールは短めの茶色の髪を揺らし、顔を上げる。
「あなた。去年も同じことを仰ってましたよ?」
「む、そうだったか」
答えると、フィオールは口元に指をあてて苦笑した。
「ええ、そうですよ。さて、そろそろフェルターを探しましょう……あら? 噂をすれば、あそこにいるのは……」
フィオールが何かに気づいて大通りの奥を見た。視線の方向に目を向けると、金色の髪が目立つ大きな男の姿があった。フェルターだ。去年よりまた大きくなっている気がする。
「……ちゃんと鍛えていたようだな」
その姿に思わず笑みを浮かべて呟く。すると、フィオールが困ったように笑った。
「あなた、またそんな顔をして……フェルターにまで嫌われてしまいますよ?」
「ふん。我が子が軟弱に育つより余程よいわ」
フィオールの言葉に条件反射で強がってしまう。フェルターの弟である次男は学院に通うまでに鍛え上げておこうと訓練を重ねた結果、最近では俺の顔を見るだけで逃げるようになってしまった。
とても悲しい。
対して、フェルターは真っ向からの殴り合いが出来る。将来が楽しみだ。
「そろそろ、俺が魔術を使わなくてはならなくなっているかもしれんな」
「あなた……大人でも近衛兵になれるような精鋭じゃないと無理でしょう? あの子にはまだ早いと思いますよ」
「何を言う。男は気付いたら急に成長していたりするものだ。わっはっはっは! 今から楽しみだな!」
大笑いしながら、大通りの奥で待つフェルターのもとへ向かう。近衛兵を十名連れているせいか、住民の視線がこちらに集まってくる。他の兵士たちと一緒に街の宿に待機させておいた方が良かったか。
そんなことを思いながらフェルターの近くまで行くと、どうやら同行者がいるらしいことに気が付いた。
「あらあら……! もしかして、フェルターの良い人ではありませんか?」
「む。もうそんな年齢か。いや、私の時は十五で結婚していたな」
「とても綺麗な方ですよ。しかし、少々幼いように見えますが、十四歳以上であればどの国でも結婚出来たような……」
気の早いフィオールの言葉に苦笑しつつ、俺はフェルターを見上げた。む。昨年は俺と同じ程度の身長だった筈だが、今は完全に抜かれてしまっている。百八十以上はありそうだな。だが、体の太さでは負けていないだろう。まだまだ筋肉が足りていないようだ。
フェルターの体の発達具合を確認し、口の端を上げる。
「まだまだ鍛え方が足りないようだが、今年は俺に勝てるか? フェルター」
「最初の挨拶がそれか……安心してもらおう。今日で当主の座を譲りたくさせてやる」
「……ふっ! はっはっは! 面白い!」
フェルターの言葉に腹から笑った。やはり、フェルターは将来有望だ。この度胸と太々しさは領主にふさわしい。
フェルターの成長に満足していると、フィオールが隣に立った。
「あなた、お友達の前ですよ。皆さん、ごめんなさいね。私はフェルターの母のフィオールと申します。こちらがフェルターの父で、ブッシュミルズ皇国の侯爵でもあるラムゼイ・ケアンです。貴方はヴァーテッド王国のロックス王子ですね。お久しぶりです。お元気にされていましたか?」
フィオールがそう尋ねると、まず赤い髪の男の方が頷いて答えた。おお、そういえば、この顔は見覚えがあるな。キルベガンの息子か。
「お久しぶりです。ラムゼイ閣下、奥方様。お陰様で元気に過ごしております。今日は丁度もうすぐ我が父も街に到着する予定なので、フェルターに同行して待っておりました。良かったら是非父とも会ってください」
と、ロックスが中々立派な挨拶をしてくる。フィオールも素直に感心しているようだ。
「まぁ、とてもご立派になられましたね。フェルターもそのような挨拶が出来るようになると良いのだけれど……それで、そちらのご婦人は……」
ロックスとの挨拶もそこそこに、フィオールがわくわくした様子でフェルターの隣に立つ少女へ目を向けた。先ほどからずっとフェルターとの関係を聞きたそうだったな。
黒い髪の少女はフィオールに話を振られて、姿勢を正して向き直る。
「ご挨拶が遅れました。私はフィディック学院の教員で、アオイ・コーノミナトと申します。フェルター君には身体強化の魔術や各属性の魔術の応用について教えております」
丁寧に、少女はそう口にして頭を下げた。それにはフィオールも目を瞬かせて驚く。
「教員の方、ですか? とてもお若そうに見えますが……優秀な方なのですね」
困惑しながら返事をして、フィオールはハッとした顔になる。
「あら? アオイさんといえば、確か噂にきく上級教員の……?」
その言葉に、俺も改めてアオイに視線を向けた。フェルターよりも年下に見えるような小柄な女だが、まさか例の学院の魔女と呼ばれる凄腕の魔術師か。
「はい。噂の内容は知りませんが、ありがたいことに上級教員として迎えてもらえましたが」
アオイはなんでもないことのように謙遜の言葉を口にする。とてもじゃないが、そんな魔術師には見えない。
それに苦笑して、ロックスが口を開いた。
「自分の知る中でも最上級の魔術師ですよ。常識では考えられないような魔術を使います。なにせ、身体強化でもフェルターに完全勝利しましたからね」
「……何? フェルターが? まさか、素手の戦いで負けたんじゃないだろうな」
思わず固い声が出る。女に負けるような軟弱者だったとしたら、休学させてでも一度鍛え直す必要がある。そんなことを思っていると、フェルターが浅く息を吐いた。
「悪いが、父上でも勝てないだろうな。今まで会った中で間違いなく最強だ」
フェルターがそう言うと、フィオールが目を丸くする。
「……聞き捨てならんな」
そして、俺は腕を組んでアオイを見下ろしたのだった。