作品タイトル不明
ジェムの誤解
「 水膜盾(クリアシールド) 」
一言、魔術名を口にした。その瞬間、半透明の薄い壁が出現して、室内を二つに分ける。水の膜の壁にガラスが当たり、壁の上を滑るようにして床に落ちた。
「な、何をするのだ!?」
アラバータが怒鳴る。見れば、腕を前にして飛来するガラス瓶の破片を防ごうとしていたようだった。
水の膜の壁の向こうでは、ジェムが肩を揺すっている。
「ほら、見ただろう。これが、その女の正体だ。全て、国宝級の魔術具の力なんだ」
ジェムがそう告げると、オルドとカティの目がこちらに向くのを感じた。アラバータは眉根を寄せてジェムを睨む。
「それは分からないではないか。たしかに、一つや二つの魔術ならば古代の魔術具を持てば可能だろう。だが、私が知る限りアオイ殿は十に近い上級以上の魔術を使っている。その中には癒しの魔術もあるのだ。それを可能にするには、十以上の魔術具が……」
アラバータが根拠のない言葉に怒りを示すと、ジェムがくつくつと笑った。
「おめでたいな、アラバータ……その女が言った言葉を思い出せ。各国を周り、魔術の水準を上げるだのと荒唐無稽なことを口にしていたではないか。それはつまり理由など真っ赤な嘘で、本当は各国の王家に潜り込み、魔術具を盗み出すつもりだったに違いない!」
まるで名探偵が犯人に辿り着いたかのような勢いで、ジェムは私を盗人呼ばわりした。失礼極まりないが、意外にも筋が通った推理な気もする。
しかし、私は各国の王家の宝を奪ったりしていないので、正直に否定しておく。
「いえ、私は……」
否定しようと口を開いた瞬間、それまで黙っていたシェンリーが前に出て叫んだ。
「違います! アオイ先生は泥棒なんかじゃありません!」
シェンリーが大きな声でジェム侯爵に異を唱えた。その事実に、オルドやカティが目を丸くする。そして、ジェムが初めてシェンリーの顔を見た。
「……なんだ、小娘。この私が誰か知っているのか? 宮廷魔術師団の副団長であり、聖都の魔術師協会の理事でもあるジェム・ウェストミーズ侯爵に、何を言った?」
殺気すら感じさせるドスの効いた声だ。これにはアラバータですら口を噤んで剣に手をかけそうになる。
しかし、シェンリーは一歩も引かずに睨み返した。
「アオイ先生は泥棒なんかじゃないです! アオイ先生の授業を受けて、私は雷の魔術だって……!」
必死に私の疑惑を払拭しようとするシェンリー。それを馬鹿にしたような顔で眺めて、ジェムが舌打ちをした。
「そうか、貴様はローゼンスティールの娘か……その女への嫌がらせに奪ってやろうと思ったが、想像以上に頭の悪い女だったようだ。大体、貴様のような子供が言うに事欠いて雷の魔術だと? 馬鹿にするのも大概にせよ! たんなるオリジナル魔術ではなく、雷の魔術などという幻の魔術の名を騙りおって……!」
と、ジェムが今度はシェンリーまで嘘吐き呼ばわりし始めた。これにはカチンときてしまい、怒鳴ってやろうかと水の膜の壁を解除する。
すると、私が口を開くより先に、シェンリーが両手を前に出して口を開いた。
何かの詠唱を始めた。そう思って反射的にその場にいた全員が動き出そうとしたが、詠唱の内容に気がついた私は片手を上げて皆の動きを止める。
そして、ジェムも詠唱の内容に気が付いたのか、目を剥いて固まった。
「まさか、そんな……」
一気に酔いが覚めた。そんな表情を見て、私は密かにジェムの魔術師としてのレベルに驚いていた。詠唱の内容を聞くだけで、どういった魔術が行使されるか直感的に悟ったようだ。宮廷魔術師の肩書きは伊達ではないということか。
その間に、シェンリーの魔術は完成する。
「 雷玉(ライトニングボール) ……!」
魔術名を口にして、魔力を形にしていく。水球が現れ、風が加えられていった。まるで水球の中を高速の水流が渦巻くように動き、徐々に静電気が音を立てて外へと放電を開始していく。
三十秒程度だろうか。気がつけば、シェンリーの前に突き出された手の先に眩しいほどに電気を蓄えた雷の球が出来上がっていた。
「見事です」
私は満足感とともにそう言って頷き、指を立てる。
「 避雷針(ヒライシン) 」
魔術を行使したと同時に、シェンリーとジェムの中間地点ほどに金属の棒が出現し、シェンリーの作り出した雷の球を引き寄せた。
轟音を立てて弾けると、雷の球は金属の棒に吸収される。
「ば、馬鹿な……こんな魔術を、子供が……」
シンと静まり返った室内で、ジェムの驚愕する声が響いた。それを無視して、私はシェンリーの肩に手を置く。
「素晴らしい魔術でした。今回はせっかくですから、雷の魔術の最終形である 雷神撃(トール) を見せましょう」
私は上機嫌でそう口にすると、壁際に移動して部屋の窓を開けた。外を見渡して被害を受けそうな背の高い建物や山はないか確認する。
問題ないと判断した私は、室内を振り返った。皆が真剣な顔でこちらを見ている。
「では、まずは 雷玉(ライトニングボール) を……」
そう言って、私は両手を前に出し、 二(・) つ(・) の(・) 雷(・) の(・) 球(・) を(・) 作(・) り(・) 出(・) す(・) 。
そして、片方を先に窓の外へ飛ばした。
「いきますよ…… 雷神撃(トール) 」
口にした瞬間、残った手元の雷の球が極大の光線となり、先に飛ばした雷の球を飲み込み、放たれる。耳をつん裂くような轟音と共に窓と壁が消失し、直径二メートルほどの光の奔流が空を切り裂いた。
遥か遠くの雲に巨大な穴を開けた魔術を見て、ジェムは椅子から転げ落ちる。
「これが、私の中では最大級の魔術の一つです。この魔術の利点は大型のドラゴンも大半は一撃で倒せることですね。ただし、地面を潜ったりする魔獣や、小型で素早い動きの魔獣を相手にするには不向きです」
と、軽く解説するが、誰もが感想どころか、身動き一つしなかった。