作品タイトル不明
ジェムへ説教に
まだ不安そうだったオルドと、ついでにカティを連れて、私はジェムの下へ行くことにする。目の前できちんと話をつけてみせれば二人も安心してくれるだろうという判断だ。
だが、二人は空を飛ぶ馬車に緊張しているのか、ずっと無言で外を見ていた。
シェンリーも不安そうに私を見る。
「本当に、ジェム侯爵のとこに行きますか? 上級貴族からの縁談を直接断りに行くなんて聞いたこともないのですが……」
「大丈夫です。教え子に火の粉が降りかかるならば、それを除去するのも私の仕事です。ご安心ください」
教師としての使命感に燃えながらそう答えた。なにしろシェンリーの将来を決める一大事だ。一国を相手にしたとしても引くつもりはない。
王城に行ってアラバータに場所を聞き出すと、何故か同行を申し出てきた。仕方なく同行を許可して馬車に乗せる。
「あ、アラバータ卿。まさかこんなところでご一緒するとは」
「む……おお、ローゼンスティール子爵殿ではないか。こうして直接会話することは中々無いからな。ああ、そうか。そういえばシェンリーはローゼンスティール子爵のご令嬢であったな。いや、うっかりしていた」
アラバータが大きな声でそう言って苦笑すると、オルドは恐縮したように問題がないことを伝えていた。どうもメイプルリーフは貴族間の上下関係が強い気がする。いや、どの国もそうなのかもしれないが、私としてはまるで大企業の社長と下請けの小さな会社の社長との関係を見ているようで切ないものがある。それがシェンリーやカティからすると余計に感じられるのではないだろうか。
と、余計なことを考えている内に目的地へと到着した。どうやら先日の謁見の間での一件により謹慎処分に近い状態のようだ。
つまり、辿り着いたのはジェム・ウェストミーズ副魔術師長の自宅である。
「聖都内だというのに一際大きいですね」
私が感想を口にすると、アラバータが苦笑する。
「言っておくが、ウェストミーズ侯爵家は常に宮廷魔術師を輩出してきた名門であり、貴族としてだけでなく魔術師としての地位も確立されている。当然、財力という面でも」
「なるほど」
アラバータの言葉に頷き、改めてジェムの邸宅を見上げる。煉瓦作りの洋館っぽい見た目だが、その大きさがすごい。まるで大きな体育館のようなサイズ感だ。部屋数も五十はありそうである。ただ、その大きさに関してはローゼンスティール子爵家も同等故か、大して感想はなさそうだった。
見上げるような門の前には二人の門番らしき兵士が立っており、馬車が空中から降りてきて驚いている。
「ジェム卿はいるだろうか」
アラバータが兵士に声を掛けると、一瞬何者かという目になったが、流石に近衛騎士団の副団長という肩書は有名だったようだ。すぐにアラバータの顔と役職が思い出せたらしく、背筋を伸ばして口を開いた。
「は、はい! 当主は邸宅内で執務をされています! 何か、お約束があったのでしょうか?」
「いや、今日はこちらにいるフィディック学院上級教員、アオイ・コーノミナト殿がジェム卿に用があって来たのだ。急ぎ、取り次いでもらいたい」
アラバータがそう告げると、二人の兵士は顔を見合わせて、すぐに一人が中に入って行った。
程なくして、兵士は戻ってくる。
「当主がお会いになるそうです。お待たせして申し訳ありません。中にどうぞ」
と、日本風では決してないが、丁寧に対応する兵士。目はアラバータに向いている為、それほど緊張する相手ということか。
私としては生真面目だが気さくな中年男性という程度の感覚なので、少し違和感があった。
前をずんずんと大股で歩いていくアラバータの背中を見ながらそんなことを思っていると、やがて目的の部屋に辿り着く。
兵士がノックを二回して扉を開くと、そこそこの広さの部屋の奥に座るジェムの姿を見つけた。だが、様子が少しおかしい。
ジェムは背中を丸めて椅子に座り、両肘を机の上について頭を両手で支えるようにしていた。そして、その手元にはガラス製らしき瓶とコップがある。そのコップに入った薄い琥珀色の液体を見て、アラバータが目を鋭くする。
「ジェム卿。突然の訪問申し訳ない。面会をしていただき大変助かった……だが、随分と酔っているように見えるが」
アラバータが指摘すると、ジェムは鼻を鳴らしてこちらを見た。目は完全に据わっている。
「……酔いもする。陛下の前でとんだ失態だ。何故こんなことになったのか。私が間違えてしまったのか。色々と考えている内にこのざまだ」
低い声でそう言うと、目だけを動かして私を見た。
「しかし、そのお陰で私は答えに辿り着いたぞ。よくよく考えれば分かることだったのだ。なにしろ、あまりにも常識から外れている。いくら何でも不可能だ」
ぶつぶつと何か呟くジェム。その病的な様子にはシェンリーだけでなく、カティも息を呑んだ。オルドは静かにジェムの動向を窺っているが、かなり警戒しているようにみえる。
「何が、不可能なのだ?」
アラバータが尋ねると、ジェムはまた目だけでアラバータに視線を向け、すぐに私の方を指し示した。その際、腕が机の上の瓶に当たって倒れ、ガラスの割れる音が室内に響き渡る。
「何が!? こいつの魔術に決まっている! 見ていろ!」
叫び、ジェムは割れたガラス瓶の破片をこちらに投げつけてきた。