軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「あの、私⋯⋯アンナ・キャロルです!」

アンナ・キャロル男爵令嬢

忘れるはずがない。

前回、私が何度も害そうとしたことに対して慈愛の微笑みで許そうとしてくれた方。

今は何もしていないとはいえ、過去のことは私の中で無かったことには出来ない。

彼女を前にすると、過去の自分の醜さが露わになるようで恥ずかしさを感じる。

それでも私はその事実に目を背けてはいけないし、今度は前のような自分にはなりたくない。

決意を新たにし、後の聖女であるキャロル男爵令嬢を真っ直ぐと見つめる。そして心の中で敬意を持って微笑む。

「ラシェル・マルセルです」

私が名乗ると、その大きな瞳を僅かに見開いて驚いたような顔をする。

だがその表情は一瞬のことで、すぐに輝かせて嬉しそうに微笑む。

⋯⋯どうしたのかしら。

何かに驚いたように見えたけど⋯⋯。

もしかしたら、見間違いだったのかも。

「エルくん⋯⋯エルネストさんの従姉妹さんなんですよね!

私も仲良くしたいです。ぜひ、アンナと呼んでくださいね」

「⋯⋯では、私のこともラシェル、と」

キャロル男爵令嬢⋯⋯もといアンナさんは、「ラシェルさん、よろしくお願いしますね!」と元気良く言うと、私の手を取りギュッと両手で握った。

え?

女性同士とはいえ、さほど親しくない人の手を握るという行為は普通はしない。

目を丸くして驚く私に気づかぬように、アンナさんはニコニコと微笑んでいる。

すかさず殿下が器用にアンナさんの手には触れないまま、私の手を抜き取ると綺麗に微笑む。

「キャロル嬢、あまりそういった行動は褒められるものではないよ」

「あ! ごめんなさい⋯⋯」

「いえ、驚いてしまっただけですので。お気になさらないで」

シュンっと肩を落として申し訳無さそうにするアンナさんに、慌てて否定する。

「私、田舎の男爵家出身で入学するまでずっと領地にいたので、⋯⋯少し貴族のことに疎い所があるんです。

だから特別仲の良い女の子がいなくて⋯⋯」

「アンナは性格も良いし、成績だって優秀なんだ。でもまだ王都に来て一年だから慣れないことも多いそうなんだ」

「そう、なんですね」

「あぁ。だからラシェルもアンナと仲良くしてやってほしい」

エルネストがアンナさんを見つめる瞳はとても優しいもので、とても大事にしている様子が分かる。

隣にいるアンナさんは眉を下げて、潤んだ瞳で私をじっと見つめる。

う⋯⋯。

やっぱり小動物みたいで可愛らしい。

こんな顔で見つめられて頷かない訳にはいかないわ。

「私で良ければ」

「わぁ! ありがとう、ラシェルさん!」

まるでその場で飛び跳ねそうなほどに喜びの声を上げるアンナさんに、思わずふふっと笑みが溢れる。

やっぱり可愛らしい方ね。

確かに貴族の子女にはいないタイプかもしれない。でも、どこかマルセル領のミーナに似ている。

素直に顔に出る様子とか、そう思うとあまり厳しいことも言えないわ。

王都に来て一年と言っていたし、これから貴族社会のことも更に学んでいくはずよね。

⋯⋯前だったらそうは考えなかった。

男爵令嬢とはいえ、貴族であるならその家を代表とした振る舞いをしなければならない。学園という場でさえマナーがなっていない人とは会話もしようとはしなかった。

でもアンナさんのようにみんな様々な環境で育ってきているのだし、一人一人を見ていくことが大事よね。

それにマナーであったり学問であったりと、この場所は各自の必要な物を身につける場所だ。

そういったことを理解していないと、色んな人との出会いを無駄にしてしまうものね。

⋯⋯でも。

さっきから違和感が少しだけある。

記憶の中の聖女様と彼女が少しだけ一致しない。

友人も男女共に親しい人に囲まれていたように思うし。エルネストともこんなに親しかったかしら。

ただそれに関しては、前は勝手に嫉妬して絡んでいただけだから、彼女としっかりと会話をしたことがない。

だからこそ、感じる疑問なのかしら。

あっ。

⋯⋯駄目駄目。

聖女様を疑うような真似をしては。

⋯⋯気のせいよね。

せっかく彼女と親しくなれる機会を貰えたのだもの。

一方的に傷つけた過去を償って、新たな関係性を結べるように努力しないと。

そんな決意をしている隣で殿下が「そろそろ」と切り出す。

「ラシェルも初日だし、体も強い訳じゃないから。もう失礼するよ」

「ごめんなさい! 私⋯⋯」

「気になさらないで。ぜひまたお話しましょうね」

「はい!」

申し訳なさそうにするアンナさんを殿下は一瞥もせず、私の腰を支えると出口へと向きを変える。

殿下にしては珍しく冷え冷えとした微笑みのまま、振り向きもせず真っ直ぐに歩いていく姿に思わず首を傾げる。

「殿下、あの、私は大丈夫ですが⋯⋯」

「もういいだろう」

「でも折角⋯⋯」

小声で殿下に話しかけるが、殿下はピシャリと厳しい声で答えた。

出口のドアを殿下が開け、先に私を通すと沈黙の中でバタン、ドアが閉まるのが聞こえる。

すると殿下は私に向き合うように立つと、両肩に手を置き真剣な顔つきをした。

「あまり彼女とは関わらないでほしい」

「何故ですか?」

「⋯⋯あまり良い予感がしないんだ」

「え?」

ボソッと呟かれた小さな声は私の耳には届かなかった。その為聞き返すと、殿下は困ったように眉を下げて笑いながら「気にしないでくれ」と首を振った。

直ぐにいつもの優しい笑みに戻ると、

「いや。私とも仲良くしてくれると嬉しいなって思って」

「なっ、殿下!」

「はは、本当のことだよ。

さぁ、遅くなってしまったから馬車まで送っていくよ」

殿下の言葉に思わず赤くなる私を、殿下は楽しそうに目を細めて笑う。

そして殿下に促されて歩き出すが、ふと後ろが気になり、ドアをチラッと振り返る。

ガラス扉の向こうでエルネストとアンナさんが会話をしている姿が小さく見えた。

だが閉まったドアからは声が漏れることはなかった。

「ねぇ、エルくん。ラシェルさんって体弱いの?」

「あー、病み上がりって感じかな。今は大丈夫だけど、殿下は過保護になったようだね」

「ふぅーん。⋯⋯そんな設定あったかな?

⋯⋯とりあえず、悪役令嬢に近づいて調べた方がいいよね」

「何か言った?」

「ううん! 何でもなーい!」