作品タイトル不明
第116話 並び立つ覚悟
夜の王城は静かだった。
昼間の喧騒が嘘のように消え、
長い廊下には足音だけが響く。
私は呼び出されていた。
差出人は明確。
皇子。
◇
扉の前で一度立ち止まる。
理由は分かっている。
これはただの呼び出しではない。
「……決着ね」
小さく呟き、扉を叩く。
◇
「入れ」
短い声。
中に入る。
◇
執務室。
広く、整然としている。
そしてその中央に――
皇子が立っていた。
窓際。
月明かりを背に。
◇
「来たか」
振り返る。
その目は、いつもと変わらない。
だが。
どこか決定的に違う。
◇
「用件は分かっています」
私は先に言う。
無駄な前置きは不要。
◇
皇子は一瞬だけ沈黙する。
そして。
「なら話は早い」
一歩、こちらへ歩み寄る。
◇
「レスティーナ」
名を呼ばれる。
それだけで、空気が変わる。
◇
「お前を、皇妃に迎えたい」
――直球だった。
◇
予想通り。
だが。
それでも。
重い。
◇
沈黙が落ちる。
私はすぐには答えない。
◇
「理由は三つある」
皇子が続ける。
◇
「一つ」
「能力」
◇
「お前はこの国を安定させた」
「統治において、これ以上の人材はいない」
◇
「二つ」
「立場」
◇
「グランテ公爵家」
「王家に並ぶに足る家格」
◇
「そして三つ」
一瞬、言葉が止まる。
◇
「……個人的な感情だ」
◇
私は目を細める。
◇
皇子は真っ直ぐこちらを見る。
逃げない。
逸らさない。
◇
「お前を、隣に置きたい」
◇
静寂。
それは政治でも、義務でもない。
純粋な意思。
◇
私はゆっくりと息を吐く。
「……断る理由も、あります」
◇
皇子の眉がわずかに動く。
「聞こう」
◇
「皇妃は“支える者”です」
私は言う。
「ですが私は、支えるだけでは終わりません」
◇
視線を合わせる。
◇
「統治に関与します」
「決定にも関わります」
「必要なら、あなたと対立します」
◇
それは。
従順な妃ではない。
◇
「それでも?」
問い。
◇
皇子は一瞬も迷わない。
「望むところだ」
即答。
◇
「むしろその方がいい」
口元がわずかに緩む。
◇
「一人で背負うつもりはない」
「並べるなら、並びたい」
◇
その言葉。
◇
私は目を閉じる。
考える。
ほんの数秒。
だが。
それで十分。
◇
目を開ける。
答えは決まっている。
◇
「条件があります」
◇
皇子が頷く。
「言え」
◇
「私は、私のやり方を貫きます」
「商会も、領地も、手放しません」
「国家に必要なら、容赦なく動きます」
◇
そして。
◇
「“飾り”にはなりません」
◇
完全な宣言。
◇
皇子はしばらく沈黙する。
そして。
「それでいい」
◇
「いや」
一歩近づく。
◇
「それがいい」
◇
その瞬間。
すべてが決まる。
◇
私は軽く息を吐く。
そして。
「……分かりました」
◇
静かに頭を下げる。
◇
「その申し出、受けます」
◇
沈黙。
次の瞬間。
空気が変わる。
◇
これは求婚ではない。
契約でもない。
◇
「決定」
◇
皇子が手を差し出す。
◇
私はそれを見る。
一瞬だけ。
そして。
その手を取る。
◇
「これで」
皇子が言う。
「俺たちは同じ側だ」
◇
私は小さく頷く。
◇
「最初からです」
◇
その言葉に、皇子は笑った。
◇
数日後。
帝都に発表がなされる。
◇
皇太子と、グランテ公爵令嬢レスティーナの婚約。
◇
衝撃は一瞬で広がる。
だが。
否定はない。
◇
誰もが理解しているから。
この国を支える二人だと。
◇
王城。
バルコニー。
人々が集まる。
歓声。
期待。
◇
私は隣に立つ。
皇子と並んで。
◇
下を見下ろす。
広がる帝都。
人。
生活。
未来。
◇
「……重いですね」
小さく呟く。
◇
皇子が答える。
「当然だ」
◇
そして。
◇
「だが、一人じゃない」
◇
私はわずかに笑う。
◇
「ええ」
◇
その通りだ。
◇
もう、一人ではない。
◇
私は前を向く。
◇
グランテ公爵令嬢として。
そして。
未来の皇妃として。
◇
この国を。
支え、動かし、守る。
◇
それが。
私の選んだ道。
◇
歓声が響く。
空に広がる。
◇
物語は終わる。
だが。
未来は続く。
◇
並び立つ二人と共に。