作品タイトル不明
第115話 母が戴く冠、娘が背負う未来
帝都は、ようやく静けさを取り戻していた。
あの一連の粛清から数日。
人々の表情には安堵が戻り、
貴族社会もまた、表面上は落ち着きを見せている。
だが――
「……届いたわね」
静かな声が、執務室に落ちた。
私は顔を上げる。
そこにいるのは、グランテ家当主。
セレスティア・フォン・グランテ。
私の母であり――
この家の、絶対の中心。
◇
母の手には、王城からの正式書状。
すでに封は切られている。
つまり。
「内容は確認済み、ということですね」
「ええ」
母は短く頷く。
その表情は、いつもと変わらない。
穏やかで、静かで。
だが。
ほんの僅かにだけ。
“重さ”があった。
◇
「読みなさい」
差し出される書状。
私はそれを受け取り、目を通す。
◇
――グランテ伯爵家を、公爵家へと陞爵する。
◇
文字は簡潔。
だが。
その意味は、あまりにも重い。
「……公爵」
思わず、声が漏れる。
◇
伯爵ですら高位。
だが公爵は別格。
王家に最も近く、
国家の中枢に座す者。
それは。
「権力」ではなく。
「責任」の象徴。
◇
「断る余地はないわ」
母が静かに言う。
「ええ」
これは選択ではない。
国家の意思。
そして。
義務。
◇
母は椅子に腰掛ける。
指先を軽く組み、私を見る。
「理由は分かる?」
試すような問い。
◇
「国家安定への貢献」
「それだけ?」
「……統治能力の評価」
◇
母はわずかに微笑む。
「半分正解ね」
◇
「残りは?」
問い返す。
母は一瞬だけ視線を窓の外へ向ける。
そして。
「“任せるしかない”からよ」
◇
沈黙。
その言葉の意味は重い。
信頼ではない。
依存でもない。
「必要性」
◇
「この国は、あの混乱を経て弱っている」
母は続ける。
「だからこそ、確実に支えられる柱が必要」
◇
その柱の一つとして。
グランテ家が選ばれた。
◇
「……重いですね」
正直な感想。
◇
母は静かに頷く。
「ええ。とても」
だが。
そこで終わらない。
◇
「だからこそ、価値があるの」
その一言。
◇
数日後。
帝都に発表がなされる。
グランテ伯爵家、公爵へ陞爵。
◇
反応は瞬時に広がった。
「当然だ」
「いや、急すぎる」
「だが他に誰がいる?」
評価は分かれる。
だが共通しているのは。
「無視できない」
それだけ。
◇
叙爵式。
王城・大広間。
再びこの場に立つ。
だが今回は。
裁きではない。
授与。
◇
「グランテ伯爵家当主、セレスティア・フォン・グランテ」
名が呼ばれる。
母が前へ進む。
背筋は伸び、歩みは揺るがない。
◇
その姿を見て、私は理解する。
この人は。
最初から“公爵に相応しい”のだと。
◇
皇子が前に立つ。
視線が交わる。
一瞬。
だが確かな意志の交換。
◇
「国家への多大なる貢献を認め」
声が広間に響く。
「ここに、公爵位を授ける」
◇
証。
象徴。
それが母の手に渡る。
その瞬間。
グランテ家は変わる。
完全に。
◇
拍手が広がる。
だがそれは祝福だけではない。
測定。
警戒。
牽制。
すべてが混ざった音。
◇
式が終わる。
人の流れが動き出す。
だが。
その中で。
明確に“中心”ができていた。
◇
グランテ公爵家。
◇
母が戻ってくる。
「……終わったわね」
その声は変わらない。
だが。
背負うものは、確実に増えている。
◇
「おめでとうございます」
私は頭を下げる。
◇
母は小さく首を振る。
「まだよ」
◇
「これは始まり」
静かな断言。
◇
「公爵は“完成”じゃない」
「“責務の入口”よ」
◇
私は頷く。
同意しかない。
◇
そのとき。
皇子が近づく。
周囲が自然と距離を取る。
◇
「グランテ公爵」
母に向けての呼びかけ。
すでに“伯爵”ではない。
◇
「今後とも、国家を支えてもらう」
◇
母は一歩前に出る。
優雅に、だが一切の隙なく。
「当然の務めにございます」
完璧な返答。
◇
皇子の視線が、次に私へ向く。
ほんの一瞬。
だが。
意味は十分。
◇
私は軽く頭を下げる。
言葉は不要。
◇
広間を出る。
空気が変わる。
もう戻れない。
◇
「……どう感じた?」
母が問う。
◇
私は少し考える。
そして。
「重いです」
正直に答える。
◇
母は静かに笑う。
「ええ」
◇
「だからこそ、支えなさい」
◇
その言葉。
命令ではない。
信頼。
◇
私は頷く。
「はい」
◇
空を見上げる。
変わらない空。
だが。
自分の立場は変わった。
◇
グランテ公爵家。
その娘として。
そして――
未来を担う者として。
私は歩き出す。