作品タイトル不明
第68話 エビフライみたいで美味いんだがな
夢追い亭・別邸の店主もかつては冒険者として、『無明の竪穴』の探索をしていたという。
「知りたいことがあれば何でも聞いてくれて構わねぇぞ! 魔境のことなら息子よりも詳しい自信があるぜ! もちろん深部にだって何度も挑戦してる! がっはっはっは!」
親子二代にわたって魔境の深部に挑んできたみたいだ。
「ではお言葉に甘えて……。深部まで行くとほぼ崖だと聞きましたわ。どうやって進んでいけばいいんですの?」
ローザさんの問いに、店主は「そいつはいい質問だぜ!」とサムズアップしてから、
「端的に言うと横穴を使う!」
「横穴ですの?」
「ああ! ここに来るまでも無数の横穴があっただろ? 横穴同士が繋がってることも多くてよ、大抵は穴から穴へと移動しながら下へ降りていくことができるんだぜ! もっとも、迷路みてぇに複雑に入り組んでいる上に立体的だからよ、地図を作るのは不可能と言っても過言じゃねぇ! だが安心してくれ! 先人たちが各所に正しいルートを示す目印を付けてるからよ! そいつを辿っていけばいい!」
一部には横穴が繋がっておらず、崖沿いを進むしかない場所もあるようだけど、基本的には横穴を伝っていけば崖下りを回避できるそうだ。
「ただし時間はめちゃくちゃかかるぜ! 地上からこの街まで早くても半日以上かかっただろうが、この先はそんなもんじゃねぇ! 同じ距離を降りるのに十倍はかかると思った方がいいな!」
深部探索は日帰りでは難しく、必ずどこかで野宿する必要があるらしい。
だけどダンジョンのような安全地帯は存在しないため、安全を確保するだけでも大変なようだ。
「アダマンタイトが採掘できる六千メートルあたりまで行こうと思うなら、少なくとも往復で十日はかかると考えておくべきだな! 食糧はもちろん、防寒装備を絶対に忘れるなよ!」
食糧は亜空間の中に十分入っている。
防寒装備は〈暖房〉があるため最低限で大丈夫だろう。
僕は訊いた。
「この穴の底って何があるんですか……?」
大穴の底――それは地上からおよそ一万メートルも潜った、まさしく地の底だ。
それがどんな場所なのか、魔境を探索する冒険者たちであれば、当然ながら誰もが気になることだろう。
店主は珍しく一瞬黙り込んでから、
「……実を言うとよ、俺の親父もこの魔境を探索する冒険者だったんだが」
どうやら親子二代じゃなくて三代だったようだ。
「一度、予期せぬ事故で、パーティもろとも穴の底まで落ちてしまったことがあるらしい」
「それ、大丈夫だったのだ!?」
驚くアルテアさんに、店主は頷いて、
「ああ、幸いパーティ内に緑魔法を使えるメンバーがいたらしく、辛うじて穴底に叩きつけられることだけは回避できたようだ」
店主のお父さんが現役の頃となると、もう何十年も前のことだろうけれど、生きたまま穴底に辿り着けた冒険者たちがいたことになる。
彼らが持ち帰ったであろう貴重な情報を、僕たちは固唾を飲んで待っていると、店主は苦虫を噛み潰したような顔で告げたのだった。
「……それがよ、何も分からなかったらしい」
「え? 何も?」
僕は思わず聞き返す。
「ああ。松明を燃やしても、魔法で明かりをつけてみても、まったく何にも見えなかったみてぇなんだ。どうやら穴の底ではあらゆる光が一瞬で吸収されちまうらしくてよ」
完全な闇。
『無明の竪穴』と呼ばれる穴の底には、ただただ漆黒の世界が広がっていたという。
「ただ……遠くから何か巨大な生き物の寝息のようなものが聞こえてきたらしい。寝息と言っても野獣の咆哮のようなものだったようだが……親父たちの気配を察したのか、そいつが目を覚ましちまったみてぇでよ。姿も何も見えねぇというのに、全員その凄まじい威圧感と恐怖で完全に動けなくなっちまったそうだ」
我に返ったときには、再び眠ってしまったのか、その生き物の重低音の寝息が轟いていたようだ。
「そこからは無我夢中で、ほとんど記憶に残ってないみてぇだが、どうにか穴底から逃げ出してこのギアの街まで戻ってきた。だがあまりに恐ろしい体験だったのか、パーティは解散し、親父も冒険者を引退。それ以来、一度もこの大穴に潜ることがないまま、数年前に亡くなっちまった」
穴底を知る貴重な生き証人だったそうだけれど、穴底のことは頑なに話そうとしなかったという。
「息子の俺が聞けたのもたった一度だけだ。だからどこまで本当のことなのか分からんが……何にしても穴底に行くのはやめたといた方がいいと思うぜ!」
「ふふふ、もちろん行く予定はありませんわ。あたくしたちの目的はあくまでアマダンタイトの入手ですもの」
店主の忠告に、ローザさんが苦笑を返す。
「おうよ! アダマンタイトは逃げたりしねぇからよ、しっかり準備してから出発しな! 深部探索に必要な大抵のものはこの街で手に入るはずだぜ!」
「ぜひそうさせてもらいますわ」
「おっと、そうだ! よかったら景気づけに俺が考案した魔境の名物料理、アーミィアントのアリフライを食べさせてやろうか!?」
「そ、それは遠慮いたしますわ……」
「そいつは残念だ! エビフライみたいで美味いんだがな!」
というわけでこの宿に泊まりつつ、深部探索に向けて備えることにしたのだった。
「ところで店主さん。この街、どこかに誰も使ってない空き家ってありませんか?」
「……?」