作品タイトル不明
第65話 そんなところに集落が
魔境の上部に出現する魔物はどれもローザさんたちの敵ではなかった。
ゴブリンの上位亜種であるダークゴブリンを皮切りに、岩に擬態して猛毒の針で攻撃してくるサソリの魔物ロックスコーピオンや、斜面を素早く駆け回りながら突進してくる山ヤギの魔物クリフクライマーなど、この魔境特有の魔物と幾度となく遭遇したけれど、どれも危なげなく討伐してしまったのだ。
リーダーのローザさんが振るう鞭の速度は、誇張なく音を置き去りにするほど。
しかも縦横無尽な動きで、中距離から魔物をほとんど一方的に仕留めていく。
「ふふふ、遅すぎますわ」
加えて威力も凄まじく、ロックスコーピオンの硬い外骨格ですら粉砕してしまう。
ただ、単純な攻撃力で言えば、アルテアさんが上回っているかもしれない。
小さな身体に似合わない大きな剣で、どんな魔物でも一刀両断だ。
「ふふん! 吾輩に斬れぬものなどないのだ!」
それでいて俊敏で、斜面をものともせずに軽々と駆け回っている。
ほとんど二人だけで全滅させてしまうため、今のところカーミラさんとタティさんは出番がない。
特にカーミラさんとか、どんな死霊魔法を使うのか興味があるんだけど……。
さらに深く潜っていくと、次第に横穴が出現するようになった。
人一人なら余裕で通れるほど広く、しかも無数に分岐しているなど、まるでアリの巣のように複雑に入り組んでいる。
実はこの魔境はメインの巨大な竪穴に対し、こうした横穴が無数に存在しているらしい。
「希少な鉱物の大部分はこの横穴の奥で採掘されるようですわ。ただ、横穴には魔物も多く、採掘には危険が伴いますの」
ローザさんは言う。
「そしてあたくしたちの今回の魔境探索における最大の目的は、アダマンタイトを入手することですの」
アダマンタイト。
それは世界で最も硬いとされている鉱物の一つだ。
「さらに高みを目指すためには、アダマンタイトの武具が必須ですわ。なにせAランク冒険者はほぼ全員がアダマンタイト製の武具を使用していると言われるほどですの」
そんなアダマンタイトで作られた武具は当然ながら超一級品で、冒険者の中でもトップ中のトップしか所有していないらしい。
「アダマンタイトって、買うことはできないんですか?」
「オークションでごく稀に出品されますけれど、毎回とんでもない値がつきますわ。恐らくあたくしたちがこれまでに冒険者として稼いだ金額をすべて足しても、ぜんぜん足りないはずですの」
「それは確かに、自力で入手しようってなりますね……」
だけどアダマンタイトは、この魔境の深部に行かなければ採掘できないという。
なお深部というのは、だいたい五千メートル以降のことを指すらしい。
「環境の過酷さも魔物の凶悪さも、上部とは比べ物にならないはずですわ」
「少年は本当に大丈夫なのだ? まだ駆け出しだというのに、いきなりこんな高難度のミッションに参加させられるなんて。サポート要員とはいえ、せめてもう少し場数を踏んでからの方がいい気がするのだ」
アルテアさんが心配してくれる。
僕もちょっと心配になってきた……。
「もちろん、いきなり深部に行くつもりはありませんわ。リーゼから話は聞いていますけれど、実際にこの目で確かめておきたいですし。まずは中継地点ですわね」
「中継地点、ですか?」
「ええ、実は深さ三千メートルの辺りに冒険者が築いた集落があるそうですわ」
「えっ、そんなところに集落が?」
深部に挑戦する冒険者たちはそこを拠点にしているらしい。
このパーティもまずはそこを目指すという。
「そろそろ一千メートルといったところですわね」
「随分と暗くなってきたのだ」
「でもまだ普通に見えるわね……新人ちゃんの魔法、一体どうなってるのよ? 白魔法にも身体の特定の部位を強化する魔法はあるけど、こんな性能は出せないはずだわ」
「……そんなことより……寒すぎて死ぬ……ガクブル……」
カーミラさんが震えながら訴えている通り、温度も大幅に下がってきた。
「みんなこれを着るといいですわ。あらかじめコートを用意しておきましたの」
そう言って腰に下げていた小さな袋から、暖かそうな毛皮のコートを取り出すローザさん。
どうやら彼女は希少なアイテムボックスを持っているらしい。
「あ、その前に一つ試してみていいですか? ちょうどいい生活魔法があるので。〈暖房〉」
その名の通り周囲の空気を暖める生活魔法だ。
コートを着るのもいいけど、どうしても動きが阻害されてしまうからね。
「……一気に暖かくなりましたわ」
「これならコートは要らなさそうなのだ」
「だけど新人ちゃん、そんなに魔法を連発して大丈夫なの?」
「はい。生活魔法なので、魔力の消費量なんてたかが知れてるんですよ」
そうしてさらに斜面を下っていくこと、およそ二時間。
前方に微かな明かりが見えてきた。
「あれってもしかして」
「ええ、どうやら無事に中継地点の集落に辿り着けそうですわね」
「案外、余裕だったのだ!」
と、そのときだった。
念のため発動しておいた〈注意報〉に強めの反応があったのは。
「気を付けてください。近くに魔物がいます。しかも強敵かもしれないです」
「……先ほどから何度か魔物の接近をいち早く察知してけるけど、どうやってるのだ?」
「〈注意報〉っていう生活魔法の効果ですよ。それより魔物はすぐ目の前です」
暗がりから姿を現したのは、全長一メートルくらいの蟻の魔物だった。
「何だ、ぜんぜん強そうではないのだ! こんな魔物、あたしの剣で一撃なのだ!」
「っ、アルテア! 待つのですわ! それは恐らくアーミィアント! 大穴の中部で最も恐れられている魔物ですの!」
「へ?」
ローザさんが慌てて制するも、そのときにはすでにアルテアさんが大剣を振り下ろしていた。
ザンッ!
蟻の魔物をあっさり両断してしまう。
「何を言ってるのだ? ぜんぜん大した魔物ではなかったのだ」
「違いますわ、アルテア! アーミィアントが恐ろしいのは、一匹を攻撃してしまうと大量の援軍が来てしまうことですの!」
ローザさんが叫んだ直後、近くにあった横穴から無数の蟻が這い出してきた。