作品タイトル不明
第64話 誰かさんみたいに陰気なところねぇ
翌日の早朝、僕たちはエギルの街を出発した。
魔境『無明の竪穴』は、街から歩いて五キロほどのところにあるらしい。
辺り一帯はのどかな草原が広がっていて、とても魔境があるとは思えない場所だったけれど、やがて唐突にそれが姿を現した。
「な、なんて大きさなのだ!?」
「これが『無明の竪穴』……」
直径三キロ以上もあるというその穴は、想像していたより遥かに壮大なものだった。
周辺の草原地帯とは一変する目の前の光景に、僕は思わず言葉を失ってしまう。
穴の周辺には冒険者たちのキャンプ地が設けられているようで、少なくない人たちの姿があった。
「すでに何度か三人で事前調査をしましたが、この穴の最大の特徴は『光を吸収する』ということですの」
「光を吸収する……?」
ローザさんの言葉に僕は首を傾げた。
「ええ。もちろん通常、穴というものは深くなればなるほど太陽の光が届きづらくなり、暗くなっていくものですわ。ただ、この魔境はその特徴がさらに顕著になりますの。というのも穴を構成している鉱物そのものが、光を吸収する性質を持っているからですわ」
地上から五十メートルも入れば、たとえ天気のいい日中であったとしても穴の対岸がまったく見えなくなるという。
さらに二百メートルとなると、周囲にいる仲間の居場所も分からなくなるそうだ。
実際、穴の縁から中を覗き込んでみても、数十メートル先からは漆黒の闇となっていた。
「ゆえに穴の奥に進むほど光源は必須になりますの。ですが同時に、それゆえの問題が発生しますわ。魔境に棲息する魔物の多くが、光に集まってくる性質を持っているのですの」
つまり光源は必要だけれど、最低限の光にしなければならない。
なかなか難しいさじ加減が求められるみたいだ。
ちなみにこの穴の深さは、だいたい一万メートルくらいあるらしい。
そうして僕たちはついに魔境の大穴へと足を踏み入れる。
上部は緩やかな下り坂が続いていて、確かにこれなら歩いて進むことができるだろう。
足元は硬い岩でできている。
表面が割とざらざらしていて摩擦が強いため、滑り止めになってくれそうだ。
坂を下っていくと、一気に周囲が暗くなっていく。
「地上からちょっと入っただけなのに、もうこんなに暗いのだ……」
「それに寒くなりましたね?」
同時にがくっと気温も下がったのを感じた。
「この穴は奥へと進むほど温度が下がるのも特徴ですわ。深部は水が一瞬で凍ってしまうような寒さだと言われていますの」
どんどん暗く、そして寒くなっていく巨大な穴。
この魔境を探索するには、そうした過酷な環境とも戦わなければならないのだ。
「まったく、誰かさんみたいに陰気なところねぇ」
「ひひひ……忌まわしい太陽の光が失われて……とてもせいせいする……」
不快そうに顔を顰めるタティさんに対し、カーミラさんは活き活きしている。
死霊術師の彼女にとっては好ましい環境のようだ。
「そろそろ明かりが必要ですわね。タティ、お願いできますの?」
「もちろん。任せといて」
「あ、ちょっと待ってください」
白魔法で光源を確保しようとしたタティさんを僕は止めた。
「実は試してみたい生活魔法があるんです。やってみていいですか?」
「なるほど、生活魔法でも明かりを確保できそうですわね。タティの魔力を温存できますし、ここはライルくんにお願いしてみますわ」
「いえ、〈明かり〉じゃなくて、つい最近新しく使えるようになった別の魔法なんですけど……とにかく、やってみますね。〈視力向上〉!」
僕が使ったのは〈視力向上〉という生活魔法。
その名の通り一時的に視力をよくする魔法なのだけれど、
「っ……遠くまで見通せるようになりましたわ」
「上手くいったみたいですね」
〈視力向上〉は、暗い環境下でも視界を確保する力、すなわち暗視能力も高めることもできるのだ。
「何の明かりもないはずなのに、足元もしっかり見えるのだ」
「はい。なので、魔物を引き寄せてしまう心配もないと思います」
「なるほど、この魔境を探索する上で、かなり有効な魔法かもしれませんわね。……っと、言った傍から前方に魔物の気配ですわ」
先頭を進んでいたローザさんが示した先にいたのは、数体の人型の魔物。
「ゴブリン?」
「いえ、恐らくはその上位亜種、ダークゴブリンですわ。この魔境の上部に多く生息していますの。無論、ただのゴブリンと侮ってはいけませんわ。通常のゴブリンとは敏捷性が段違いな上に、気配を消すのが上手くて暗闇から急に襲いかかってきますの。……もっとも、ライルくんの魔法のお陰でこちらが先に見つけてしまったようですわ」
ダークゴブリンは暗視能力が高く、本来ならいち早く冒険者の接近に気づき、身を潜めて襲撃するらしい。
「あたくしに任せてくださいまし」
ローザさんが鞭を振るった。
すると僅か一振りで四体いたダークゴブリンを同時に打ち、そのうち二体は首を抉ってあっさり絶命させてしまった。
「「グギギッ!?」」
残る二体は致命傷だけは避けたものの、それぞれ右腕と左脚を失っていた。
奇襲を得意とする彼らは、逆に奇襲を受けたことでパニックに陥ったのか、右往左往しているところへアルテアさんが突っ込んでいって、
「せいっ!」
その巨大な剣で輪切りにしてしまった。