作品タイトル不明
24章 異界回廊 44
アナトリアは足の骨が折れていたようだったが、フレイニルの命属性魔法によってすぐに回復した。
彼女は立ち上がると、妙にすっきりとしたような表情で俺のところへ歩いてきた。
「私の負けだ。音に聞く英雄侯爵の力、存分に感じ取らせてもらった。立ち合いに応じてくれたこと、心より感謝する」
「私の方もアナトリアさんと戦えて光栄でした」
「む……。済まないが言葉遣いはスフェーニア様にするのと同じにしてもらいたい」
「ああ……わかった。その代わり、アナトリアも俺のことはソウシと呼んでくれ。それと、俺が初めて見たAランク冒険者はアナトリアで、その力には衝撃を受けたものだ。だから今回、アナトリアと戦えてよかったと思っている」
その言葉にアナトリアはわずかに目元を緩めたようだ。半歩前に出てきて、俺の顔をじっと眺めてくる。
「改めてこう見ると、ソウシ殿はあのゴブリンキングの時に比べて見た目が若返っているようだな。『覚醒者』特有の変化か」
「かもしれない」
「面白いな。よし、これで私の中でも心残りはなくなった。今後、『大いなる災い』が終わった後に『ソールの導き』に合流させてもらう。よろしく頼む」
「こちらこそだ」
「それから――」
アナトリアはさらに距離を詰め、戦いのときのような鋭い目で見上げてきた。
「スフェーニア様とソウシ殿の間柄については詳しく聞いている。スフェーニア様はエルフ族のためにもソウシ殿とつながりを作ることが重要とおっしゃっていたが、ソウシ殿の力をこの身で感じ、その言葉が理解できたように思う。ゆえに、二人の間柄について私からなにか言うべきことはない」
「いや、それは……」
「そこで気になるのは、『ソールの導き』にはすでに獣人族が2人いることだ。むろんスフェーニア様は彼女らに比べても劣ることのない方だ。だが数の論理というものも存在する。私が『ソールの導き』に入るのは、その意味もあると理解して欲しい」
「……わかった、覚えておく」
俺がうなずくと、アナトリアは満足したように「ふっ」と笑って、そしてスフェーニアの方へと歩いていった。
しかし今の意味深な言葉だが、表面上だけ解釈すれば、『ソールの導き』内に獣人族2人がいてエルフが2人いないのはどうなのかという、パワーゲーム的な話である。もちろんそんなことが問題になったことは一度もないし、恐らくスフェーニアも気にはしていないだろう。
ただし、事がアナトリアの言う『間柄』に及んだ時、その意味が微妙に変わってくる。アナトリアが口にした『俺とスフェーニアの間柄』というのは、間違いなく『婚姻関係』を指しているはずだ。つまり俺が『ソールの導き』のメンバー全員と婚姻関係を結んだと仮定して、獣人族とエルフの間での数の差を埋めるために自分は『ソールの導き』に入るのだ――とアナトリアは宣言したのである。
「まだスフェーニアとはそんな話は正式にしてないんだがな……」
と俺は溜息をつきながら、『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を『アイテムボックス』にしまい、アナトリアの後を追って歩き出した。
「いやあ、ソウシさんはもうあんな強くなっちまったんだな。俺も一戦相手願おうかと思ってたが、あまりに差が大きくてさすがに言えなかったわ」
その夜子爵邸の一室で、俺は『フォーチュナー』のリーダー・ジールと、それからバリウスの3人で酒を飲んでいた。
「最初にジールと会った時から本当に色々あってな。気付いたらこうなっていたという感じで、自分でもまだ爵位持ちということすら実感がないくらいだ」
「だってあれからまだ2年も経ってないからなあ。それがEランク冒険者から3国で侯爵なんてなるとは誰も想像もできないだろうよ」
そう言ってジールは肩をすくめ、グラスを傾けて酒を呷った。
「だがジールもBランクになったんだろう? あの後エウロンを出たのか?」
「ソウシが教えてくれたトレーニングのお陰で上が見えたからな。子爵様に少しお暇をもらっていくつか町を回ったのさ」
「Aランクまで狙えたんじゃないのか」
「考えなくはなかったが、あの『悪魔』が増え始めたのと、『黄昏の眷族』騒ぎで上のランクの冒険者が帝国に行っちまって、急遽こっちに戻って来たんだ。そこで子爵様のオファーがあって今の形になったってわけさ」
「子爵家としても有能な冒険者を抱えておきたかったからな。もともと『フォーチュナー』はそのつもりで目をつけていた。一度外に出ると言われた時には多少焦ったがな」
チーズを一切れ口に運びながら、バリウスはそう言って苦笑を漏らした。
「貴族家としちゃ有能な冒険者はどこも抱えたいのさ。ただギルドとの関係もあって無理にはできねえからな。俺は幸い冒険者時代に組んでたアナトリアがいてくれて体面が保てたが、実際どの貴族家も結構困ってるんだ、冒険者のスカウトにはな」
「それはそうだろうな。金だけなら冒険者の方が稼げるし、自由にやりたいって奴も多いだろう」
俺の指摘に、ジールが「そうでもないぜ」と言ってくる。
「昔はソウシさんの言う通りだったんだが、最近は意外と地元に残りたい、貴族に雇われて落ち着いて暮らしたいって奴も多いんだ。それを目指してランク上げに必死な奴もいるくらいさ」
「そういえば俺みたいに旅をする冒険者が減ってるって話をしてたな」
「ある意味、冒険者って仕事が安定してきたってのもあると思うんだ。ギルドでダンジョンの情報なんかもわかるし、ある程度のスキルさえ揃えば同じダンジョン潜ってるだけでも稼げる。無理に旅する必要はない。そう短絡的に考える奴が増えたってことだな」
「多くスキルを身につけた方が自分のためになると思うんだが」
「その通りなんだが、そこまで考えねえ奴の方が多いわな。ただ最近、モンスターの数が明らかに増えてきて、その上昔あったモンスターの大発生が近いんじゃないかって噂もあって、近くの町に行ってスキルを増やそうって動きも出てきてる」
「なるほど……」
その話を聞いて、俺はドロツィッテの顔をすぐに思い浮かべた。ギルドのグランドマスターである彼女なら、裏で手を回してそんな風聞を流すことも可能だろう。
当然の話だが、俺の知らないところでも『大いなる災い』対策は着々と進んでいるようだ。
俺は内心で「さすがだな」と感嘆しつつ、ウイスキーを口に含んだ。そう、バリウスはすでにダンジョン産のウイスキーを手に入れていたらしい。
「そういえばこの酒は最近ダンジョンで出るようになったものだな」
「ああそうだ。最近ダンジョンで出るお宝や素材が変化しているみたいでギルドも値付けに大変らしい。この酒はまだ量が出ないんでかなり高いが、今日は奮発させてもらった」
と得意そうに言うバリウスだが、このウイスキーが俺のせいで出るようになったと言ったらどんな顔をするのだろうか。
ドロツィッテとの話し合いでその件は黙っておくことにしているのだが、そんな悪戯心も湧いて来る。ともあれ高い酒を出してくれたバリウスには感謝しておこう。
「ところでソウシはこの後は帝国まで行くんだな?」
「そうだな。帝都で皇帝陛下に会うことになってる」
「すげえ話だな。しかもその皇帝陛下の妹君で帝国の英雄、『玲瓏たるマリシエール』まで仲間にしてるってんだからよ」
バリウスの言葉に、ジールもわざとらしくうなずいてみせる。
「それそれ、なにが驚いたって『ソールの導き』のメンバー、なんだありゃ。あんな美女軍団見たこともないぜ。出身も見事にバラバラで、しかも『黄昏の眷族』までいるとかおかしいだろうよ。ウチのケーニヒとレイラもさすがに呆れてたわ」
「まあそれも……色々あったんだ。自然とそうなったというか、もちろん政治的な思惑も絡んでないとは言わないが……」
これに関しては間違いなく『天運』スキルが関係しているはずなのだが、さすがに俺でも彼女たちとの関係をスキルのせいにするのははばかられた。ゆえに微妙な言い方になってしまうわけだが、それによってジールとバリウスの顔には意地悪そうな笑みが浮かぶことになる。
「まあソウシさんとしちゃそう言うしかないだろうな。逆に全員自分から口説いたなんて話になったら、それこそ国際問題になりそうだしな」
「ジールの言う通りだな。ま、今回のアナトリアの一件を見て、どういう感じでメンバーが増えたのかはなんとなく察しはついたが」
「そう言われると俺も言葉を返しようもないな……」
メンバーそれぞれ俺についてくる理由は様々であるが、感情以外の、政治やらパワーゲームやらの散文的な理由が付随しているのは俺も理解している。
例えば今回のアナトリアなど、彼女の言い方からしても散文的な理由しかない。男女関係までがそれで成立することには依然として多少の抵抗はあるが、しかしそういうものだと割り切らないと誰も幸せにならないのも確かである。
俺がその考えを飲み込むように酒を呷ると、バリウスは笑みに多少の同情を浮かべた。
「ま、ソウシは庶民の出だから、貴族的な男女の考えは受け入れづらいところもあるだろうが、そういうものだと割り切っちまえばなんてことないぜ。愛情なんて後からついて来るってこともあるからな」
「ああ、まあ、俺も以前一度結婚はしてるからな。そこまで男女の仲に幻想は抱いてないさ。むしろだからこそ彼女らには申し訳なくてな」
「はあ、まったく真面目な男だな。だがその昔の結婚話はちょっと聞いておきたいぜ。後学のために話してくれよ」
「いいね、俺も興味あるな」
「構わんがお前たちの話も聞かせろよ」
結局、男同士の話は夜が更けるまで続いた。
しかしバリウスと最初に会った時は、まさかタメ口で話をする関係になるなど夢にも思わなかった。
アナトリアに関しても同じだが、まったくもって驚くばかりである。