作品タイトル不明
20章 『龍の揺り籠』、そして獣人の里へ 21
気になる情報が新たに入ったこともあり、翌日俺たちはカッシーナを出発した。
カッシーナから馬車で南に下ること2日と半日、街道の分岐点に着く。
ここから西に2日ほどで王都なのだが、今回はそちらへは向かわず、そのまま細くなった街道を南下する。
獣人の里へ続く街道は、やがて森の中を通る道になった。よくぞこんな道を通したと感心したが、元は獣人族が切り開いた道らしい。
「ということは、獣人の里というのは森の中にあったりするのか?」
俺が聞くと、馬車に同乗しているカルマは虎の耳をピクリと動かした。
「そうさね。獣人族はもともと森に住んでる連中だったから、森から出るのを嫌うんだよ。森は恵みをもたらす狩場であり、外敵から守ってくれる盾でもある、なんていう考え方なのさ」
「街道が整備されているんだから、それなりに周囲の町とのやりとりはあるんだろう? 町中でも獣人族は結構見かけるが」
「まあねぇ。別にアタシらも狩りだけして食ってくわけにもいかないし、冒険者になる奴もいて外との交流は必要だからねぇ。それにほら、やっぱり都会に憧れる奴も多いのさ」
「そこは人族と同じか。ところでカルマやラーニの親御さんは族長と聞いているが、族長というのはどんな扱いなんだ?」
「あ~、そうだね……。人族で言う貴族とかとは違うかねぇ。やってることは普通の村長とかと同じで、基本的には腕っぷしが強くて、人望がある奴が担ぎ上げられてなる感じだね。だから族長の子どもとか言っても、アタシらは別に偉いわけでもなんでもないよ」
「だが子どもが後を継ぐことも多いんだろう?」
「そうさね。引き継ぐときに文句が出なければ、そのまま子どもや兄弟が継ぐことが多いかもねぇ。ま、アタシんところはもうオヤジが継いでるだろうから安心していいよ」
と白い牙を見せてニヤッと笑うカルマ。
それは虎獣人族の族長と お(・) 話(・) をしなければならないということで、まったく安心できる話ではない気がする。
「ただラーニのところはねぇ。ラーニの親父が亡くなって、母ちゃんが族長をずっとやってるはずなんだけど、その母ちゃんはラーニに後を継いでもらいたいって思ってたはずなんだよ。ラーニはAランクになったし、腕っぷしから言えば狼獣人族で敵う者はもういないからね。後を継がないって話になるとひと 悶着(もんちゃく) あるだろうねぇ」
「そうか……」
と俺は溜息をつく。
実は獣人族の2人については、まだ自分としてもどうしたらいいのかの決断ができていなかった。
もちろん2人が俺に対してパーティのメンバーである以上の感情を向けているのはわかっているし、俺としてもそれに応えないといけないだろうという気持ちはある。
ただまあ、元日本人の倫理観や、そもそも年齢の差はいかんともしがたい。シズナやサクラヒメは政治的な意味もある話なので俺の中で言い訳もできるのだが、獣人族が集団としてどのような立ち位置かもよく分からない現時点では、なんとも心の決めようがなかった。
そんな俺の心の中を察してか、カルマはぐっと顔を近づけて、俺を見上げるようにしてきた。
「まあそんな悩むようなものじゃないよ。強い男についていくのは獣人族の本能みたいなもんで、それは誰も止められないって皆わかってるからさ。だからソウシさんが力を見せつければ誰も文句は言わないさね」
「そんなものか……いや、それはそれで俺としてはなんというか、いいのかという気になるんだが……」
「いいんだって。その代わり、ちゃんと俺は一国一城の主になるんだってのははっきり言ってほしいけどねぇ。まあ頼むよリーダー、アタシたちの心は決まってるんだからさ」
そう笑いながら、カルマは俺の膝を叩いてくる。
どちらにしろ、彼女たちを連れまわしている以上、親御さんたちとは一度きちんと話をしないとならない。すでに『黄昏の眷族』との戦いに出してしまっているので事後承諾もいいところだが、これに関しては誠意をもって対応をするしかないだろう。
街道は森を出たり入ったりを繰り返しつつ、徐々に標高の高い土地へと向かっていた。
森の中で1泊し、その翌日の昼過ぎに森を出ると、街道の先に丸太を縦に並べて作った城壁が見えてきた。
物見台もあり、どことなく以前訪れたエルフの里マルロを思い出す。
そういえば獣人の里がどんな形態なのか聞いていなかったのだが、やはりモンスターという恐ろしい存在がいる以上、規模の大きな集落はこのような形にならざるをえないのだろう。
ただ門は開け放たれていて、特に番兵はいないようだ。物見台には獣人の姿が見えるので、それで十分ということか。
さすがに馬車でそのまま入れるほどの大きさの門ではないので、門の100メートルほど手前で馬車を降りる。馬車は俺が『アイテムボックス』にしまい、馬車を牽いてきた『精霊獣』をシズナが送還すると、それを見ていた物見台の獣人が騒ぎ出した。
すぐに門から5、6人の男の獣人が走ってくる。
「おいアンタらいったい何者だ? 今なにをしたんだ?」
「ああ驚かせて申し訳ありません、私はソウシと申しまして――」
俺が答えようとすると、カルマがそれを遮った。
「ソウシさん、大丈夫だって。おいビッグス、アタシの顔を忘れちゃいないだろうね?」
声をかけられて、先頭にいた若い男の虎獣人がビクッとなってカルマを見た。
「へ……? お? なんだカルマじゃねえか。3年、いや4年ぶりか? やっと帰ってきたんかよ」
「そうだよ。それとこっちはAランクの冒険者パーティ、しかもリーダーのソウシさんは帝国と王国両方の貴族様だ。失礼なことをしたらアンタらの首が飛ぶからね」
「へぇっ!? それはホントか?」
「おうよ。ちなみにソウシさん以外にもヤバい人が揃ってるから、さっさと虎の族長のところに行って部屋を綺麗にしとくように伝えな。あとラーニもいるから、狼の族長を呼ぶようにも言っておきなよ」
ビッグス青年は俺たちの方を一通り見て、ラーニの姿を確認し、「わかったよ」と答えて他の獣人たちを連れて去っていった。
彼らが見えなくなると、カルマがニッと笑いながら振り返った。
「じゃあ行くかい。ここは宿とかはないから、とりあえず虎の族長……アタシの親父のところに案内するよ。たぶんそこに狼の族長も来るからさ。ほらラーニ、今さらそんな顔しないんだよ」
「だってやっぱり面倒くさくってさあ」
ラーニは眉を八の字にして、半ば泣きそうなほどの顔をしていた。耳がしおれて尻尾も下がっているので、族長である母親に会うのが相当に嫌らしい。
「まったく。こんな時は思い切りが悪いんだねぇ」
カルマはそう言いながら、里の方に歩き出した。
獣人の里は、2階建ての木造の家が並ぶ、そこまで特別といった雰囲気はない、いたって普通の町であった。所々に家庭菜園のような畑もあり、野菜も栽培しているようだ。
通りを行く人間は当然全員獣人族で、カルマのような虎獣人、ラーニのような狼獣人以外にも、猫やウサギや熊や犬の獣人もいるらしい。そういえばエウロンで会ったガシ、ナリ夫妻は犬獣人だった。
着ている服などは普通の人族と変わりはなく、気になるところがあるとすれば狩人のような格好をしている人間が多いところくらいだろうか。もちろん冒険者と思しき人間も複数いる。
当然そんな中俺たちは非常に目立つので、道行く人たちはじろじろとこちらを見てくる。とはいえカルマとラーニがいる上に冒険者のパーティというのもわかるようで、特に声をかけてきたりする者はいない。
「そういえば里に冒険者ギルドはあるのか?」
俺が聞くと、マリアネが首を横に振った。
「いえ、獣人族は独立の気風が強いので、冒険者ギルドを受け入れなかった歴史があります。ただ獣人族で独自に運営している狩人協会があり、それが魔石や素材などを買い取ったりしていて、そちらの協会は冒険者ギルドともつながりがあります」
「ということは当然周囲にダンジョンもあるんだな」
「はい、Cランクまでのものが一つずつ計4つありますね。それに加えて、森に出現するモンスターを狩ることも多いと聞いています」
「そうそう。特に森のモンスターの素材が外部に高く売れるから、それが里の主な稼ぎになってるのよね」
ラーニが話に入ってくるが、その顔は少しだけ嫌そうだ。
「だからラーニも里で狩人になれって言われたってことか」
「族長の娘が『覚醒』したからにはそれが義務だって言われたんだよね。でもここだと最高でもCランクにしかなれないし、それに狩人やって旦那見つけて里長を継ぐとか先が見えてるのもつまらないな~って思ったの」
「その気持ちはよくわかるが、無理に飛び出して来るのは褒められないな。だから族長のところにも行きづらいんだろう?」
と言うと、ラーニは頬を膨らませつつ苦い顔をした。
「まあ今になるとそうも思うんだけどね。でもあの時は仕方なかったのよ。お母さん……族長はそういう話は最初から聞いてくれないし。アンタは頭良くないからすぐ騙されるとかいってさ」
「ああ……まあ親として子どもが心配というのはわかるから、それについてはなんとも言えないな。その時はラーニはまだ14歳か?」
「ん~、そうだったかな。でも結局ソウシたちに出会えてAランクにもなったし、活躍もしてるからね。あ、そう考えると少し気が楽になったかも。でも余計里に残って族長やれとか言われそうかな……?」
ラーニの尻尾が上がったり下がったりと忙しい。彼女の悩みは実際に族長に会うまで解決しそうもない。
まあ狼獣人族は獣人族の中でも最大派閥だとロートレック伯爵が言っていたし、それを率いる族長ともなれば、簡単に説得できる相手でもない人物ということか。
前世で気難しい社長とかを見て来た身としては、腹のあたりに く(・) る(・) 話ではある。
「ははっ。まあラーニの所に比べりゃアタシの方は話が早いと思うよ。ウチの親父は面倒な話は嫌いだからねぇ」
そう言いながら、カルマが腕を曲げて力こぶを作る。
そのジェスチャーの意味するところをなんとなく察した俺は、ラーニ同様苦い顔をするしかなかった。