作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 05
翌日帝城に行くと最優先で対応されてしまい、ファルクラム領行きについては皇帝陛下の了承を得ることができた。
「もとよりソウシ殿の行動を縛る権利はこちらにはありませんよ」ということだったが、「しかし事前に相談をいただけるのは助かります」とも言われたので、今後も大きな動きについては事前に連絡をしたほうがよさそうだ。
なお『通話の魔道具』を渡すとさすがの皇帝陛下も相当に驚いた顔をして、「ソウシ殿なら理解されていると思いますが、このことは厳に内密にお願いします。国家のありようすら変える話ですので……」と言葉につまっていた。
陛下としては色々と探りたい案件のはずだが、そういったところをおくびにも出さないところがいかにも名君という感じであった。
もちろんその場でマリシエール殿下にもファルクラム領に行く話をしたが、予想通り今すぐには行動を共にできないとのことだった。
俺とマリシエール殿下は今帝国にいる冒険者のツートップであって、今その両方ともが帝都を離れるのは避けたいらしい。もちろん俺としても納得のいく話なので否ということもない。
「もしかしたら、次にお会いするのは『黄昏の眷族』との戦いの時かもしれませんわ。その時はソウシ様と肩を並べて戦いたいと思います」
と、殿下は触れんばかりに顔を近づけて言ってきた。その直後には、顔を真っ赤にして会談の間を去っていってしまったが。
ともあれこれで出発の準備は整った。たった数か月帝都にいただけだが、ずいぶんと久しぶりの旅に感じる。どちらかというと出不精だった自分としては、この感覚の変化も面白いものだ。
翌々日、俺たちは旅装を整えて玄関前に集まっていた。
ミルグレットさんたち使用人3人が見送ってくれる。もちろん彼女たちには、俺たちが不在の時も家を見てもらうことになっている。ちなみに給料は冒険者ギルドの口座経由で自動的に支払われるようになっているのだが、このあたりのシステムが整っているのも今更ながらに驚く。
「お館様、皆様、お気を付けていってらっしゃいませ」
「家のことはよろしくお願いします」
というあっさりした感じでの出発となった。
さて、いつもの旅ではあるが、貴族とはいえ心は冒険者、当然徒歩での移動となる。
実は馬車での移動も考えたのだが、人数的に最低でも3台は必要で、大げさすぎるのと準備が面倒なので諦めた。今ゲシューラが研究している自動車もどきの完成が待たれるところだ。
城門までは帝都の通りを歩くことになる。武闘大会での優勝などもあり、ただでさえ目立つ『ソールの導き』が歩いているとそれだけで小さな騒ぎになる。とはいえ俺自身が伯爵なので、絡んできたり声をかけてきたりする者はいない。
「さすがに全員で歩いてると皆見てくるわね。2~3人で出歩くぶんには普通なんだけど」
ラーニは久々の旅でどこか楽しそうだ。
「ソウシ殿があまりにも有名になりすぎたからのう。武闘大会での優勝だけでなく、怪しげな連中の企みを潰して、しかもあの巨大な悪魔を叩き潰したところも多くの者に見られているからの」
同じく浮かれた感じのシズナが答えると、その横でサクラヒメがうんうんとうなずいている。
「これでマリシエール殿下が加わっていたら、さらに大変なことになっていたであろうな。そうなるとさすがに徒歩で街中を練り歩くのは難しいかもしれぬ」
「ラーニの言う伝説の冒険者は結構じゃが、そういうのは少し面倒じゃな。ソウシ殿は平気……ではなさそうじゃのう」
シズナは俺の顔色を見て察してくれたようだ。
特別扱いなどというのは若い頃なら嬉しいものだろうが、歳がいってからだと心苦しさが先にたつ。こんなものは慣れるのも良くないとわかっているしな。
そんなことを考えてると、カルマが俺の肩をポンと叩いた。
「ま、こんなのは気にしても仕方ないからねぇ。そんなことより先のことでも考えた方がよっぽど意味があるってもんさ。そういえば、ファルクラム領ってのはなんか美味い食い物とかあるのかねぇ。マリアネは知ってるのかい?」
「北の領地なので食料事情はあまりよくないようです。ただ寒い土地なので、酒の流通が多いようですね」
「へえ。じゃあ美味い酒があるかもしれないね」
「しかしこの帝都にはほぼすべてが集まっていますからね。帝都よりいいということはないでしょう」
「あ~、そう言われるとそうだねぇ。ここが大陸一の都市だって忘れてたよ」
カルマの言葉に、俺は少しハッとしてしまった。
現代地球の記憶がある俺からすると、帝都といえども圧倒されるほどの規模ではないのだ。帝城のきらびやかさはさすがに前世でも見たことのないレベルだったが、建物の大きさなどはそこまで非常識というほどではない。
だから心のどこかで、この帝都よりさらに発展した都市があると勝手に思い込んでいた気がする。久々に自分が別の世界から来た人間だと思い知らされた感じだ。
俺がひとり苦笑していると、フレイニルが不思議そうに見上げてくる。
「ソウシさま、どうかされましたか?」
「いや、少し昔を思い出していた。ずいぶんと遠くに、本当に遠くに来たんだなと思って妙におかしくなってしまったんだ」
「昔のソウシさまのお話……お聞きしたいです。ソウシさまはほとんど冒険者になる前のお話をされないので」
「そうだったか? といっても話すほどのものもないんだ。本当にただ働いては家に帰るを繰り返していただけの人間だったしな」
「ソウシさまの勤勉なところは昔からお変わりないのですね」
「勤勉……勤勉か。仕方なくやっていただけなんだけどな。そんな人間が数多くいたんだ、俺の周りにはね」
「素晴らしいことだと思うのですが、違うのでしょうか?」
首をかしげるフレイニルの肩を、ラーニがポンと叩く。
「だってフレイ、そんな人ばっかりだったら息が詰まっちゃうわよ。『ソールの導き』みたいにいろんな人がいるから楽しいんだから」
「そうなの……でしょうか? いえ、『ソールの導き』は楽しいと思いますけれど」
「ソウシとかフレイみたいに真面目な人がいて、私とかカルマとかみたいな適当な人間もいる。そういうのがバランスがとれてて一番いいのよ」
「アタシは言うほど適当じゃないけどねぇ。これでも一応リーダーやってたし」
カルマが反応すると、その腰に下がっている酒ビンをラーニはつついた。
「リーダーじゃなくなったから適当になったんでしょ。一応サブリーダーなんだからしっかりしてよねっ」
「へいへい。ああでもマリシエール殿下が来たらサブリーダーは下ろしてもらおうかねぇ。そしたらもっと適当にできるってもんだろ」
「サブリーダー2人でも問題ないでしょう。人数を考えればその方がいいと思います。いざとなったら3チームに分けることもできますし」
と釘を刺すのはスフェーニアだ。シズナもそれに同意するそぶりを見せる。
「そうじゃのう。殿下を入れると総勢10人。5人ずつもよいが、わらわが精霊を3体使役できることを考えると3チームに分ける事態もあるかもしれんの」
「ええ。それにソウシさんが全力で動くとなると誰も近づけませんし、むしろソウシさんを自由に動けるようにするためにも、サブリーダー2人というのは理に適います」
「なるほど、ソウシ殿一人で1チームというわけじゃな。相手が多人数だとその方が動きやすいかもしれんのう。ソウシ殿はどう思うのじゃ?」
「スフェーニアとシズナの考えは俺としても非常にいいと思う。『黄昏の眷族』との大規模な戦いでも、俺が単騎で飛び出す可能性は高い。メカリナンの戦でもそうだったからな。戦場で俺がリーダーとして動けないのは申し訳なく思うが……」
と言うと、マリアネが首を横に振った。
「いえ、『ソールの導き』は全員が上位の冒険者ですが、それに比べてもソウシさんの力は隔絶しています。最大戦力を最大限に発揮できる戦術を取るのは当然でしょう」
「そうかもしれないが……。ただ俺が全力を出せるのは、皆が共にいてくれるからだ。それだけは言わせてくれ」
とクサいことを言ったのは、フレイニルが久しぶりに捨てられた子犬のような目で見上げてきたからだ。多分今の話の流れから、自分の力は必要ないのでは、などと感じてしまったのだろう。
ラーニやスフェーニアはそれに気付いて妙に温かい目を俺とフレイニルに向けてくる。
サクラヒメはそれとは別にうんうんとうなずいて、
「ソウシ殿のその謙虚さ、そして心遣い、もののふの 鑑(かがみ) にござる。それがしも見習わなくては」
などと言っていて、ちょっと尻のあたりがむずかゆくなってしまう。
そんな話をしていると、帝都の城門が近づいてきた。
城門にはジェイズ率いる『ポーラードレイク』の姿があった。旅装なので彼らもどこか旅に出るのだろう。
いや、普通に考えたら北に行くのかもしれない。なにしろ北は決戦の地、武闘大会出場者を始め、有力な冒険者が集うことになるはずだ。
できれば全員が無事で済ませたいものだが……戦争となるとそうもいかないのだろう。俺としてはメンバーだけは全力で守らねばならない。そう想いを新たにしながら、旅の空に想いを馳せるのだった。