作品タイトル不明
19章 『黄昏の眷族』を統べる者 04
その後再び会談の間に現れた皇帝陛下にいきさつをすべて話すと、「最も穏当かつ順当なお話だと思います。どうか妹をよろしくお願いします」と頭を下げられてしまった。
正直帝妹殿下の扱いがそれでいいのかという気もしたのだが、本人と家族がいいというなら俺がわざわざ蒸し返すことでもない。
帰りの馬車の中で、俺は自分の人生が固まっていく感覚を覚えていた。正直なところ、前世の常識からすればおかしいとしか言いようのない固まり方ではある。が、もう俺はこちらの世界の人間であるし、それに常識などというものが、実は人が考えるより曖昧なものであることも知っている。郷に入らば郷に従え、そんな言葉に従うのもいいだろう。
家に戻って皆を集め、殿下について事後報告をした。なにか言われるかと思ったがそんなことは一切なく、そのまますんなりと受け入れられてしまった。要するにそこまでがすでに『打ち合わせ済み』ということだったのだろう。間違っても諦められているとは思いたくないところだ。
ともかくも、これでマリシエール殿下の『ソールの導き』加入は決定事項となった。当然その先もある話だが、その時はその時だ。もう腹は 括(くく) った。括ったことにしよう。
「それでソウシ、これからどうするの?」
翌日リビングで、狼獣人娘のラーニがそんなことを言ってきた。その場には皆も揃っていて、興味深そうな目を俺に向けてくる。
「『冥府の燭台』について一段落したようだから、今最も気にしないといけないのは『黄昏の眷族』の動きだな。ただこれは向こうが攻めてきたら出番があるくらいのものだから、俺たちとしてはやはり鍛錬を積みつつ待機するしかないだろう」
「でもこのあたりのダンジョンは飽きちゃったよね。スキルも得られないしさ。ギルドでも大きな依頼もなさそうだし、ここにじっとしてても仕方なくない?」
「他の領地に出向くのはどうでしょうか? 例えば『黄昏の眷族』が来るであろう北に行くのであれば問題はないように思いますが」
スフェーニアの提案に、ラーニは「それ賛成っ!」と手を挙げた。シズナやカルマも前向きな様子を見せてたが、サクラヒメが、
「北というと、ファルクラム侯爵領になるでござるな」
と静かに言うと、少しだけ雰囲気が変わってしまった。
「そういえば北はファルクラム侯爵領だったな。問題はないとは思うが、一度皇帝陛下やグランドマスターに相談をしてみるか」
「ソウシさま、私のスキルがあれば『冥府の燭台』についてなにかわかるかもしれません」
フレイニルも真剣な目になっている。やはり『冥府の燭台』にはこだわっていることが感じられる。
「そうだな。そのことも合わせて相談はしてみよう。マリアネ、グランドマスターはまだ忙しそうか?」
「いえ、武闘大会も終わり、『冥府の燭台』の件もひとまず解決しましたので、今はそれほどではないと思います。恐らく呼べば夜にでもこちらに来ると思いますが」
「さすがに呼ぶのは気が引けるな……」
と言っていると、家宰のミルグレットさんが来客を告げた。
姿を現したのは、グランドマスターのドロツィッテ女史だった。はかったかのようなタイミングだが、このあたりも『天運』のなせる 業(わざ) か。
「やあ、今日は全員お揃いだね。ソウシさんも午前中は大切な話があったと聞いているけど結局どうなったのかな?」
ドロツィッテ女史は我が家のように自然とソファに座ると、口の端に訳知りな笑みを浮かべた。
「先ほど皆に伝えたところですが、マリシエール殿下が『ソールの導き』に入ることになりました」
「おや、それだけなのかな?」
「ええ、 今(・) の(・) と(・) こ(・) ろ(・) はそれだけです」
「なるほど、殿下としては他のメンバーと同じ扱いで、ということか。この大陸もまだまだなにか起こりそうだし、ソウシさんもしばらくは落ち着けないだろうから、落としどころとしては妥当なところだね」
たっぷりと含みのあるドロツィッテ女史の言葉に、俺は曖昧にうなずくしかない。
「まあそれはともかく、『ソールの導き』は今後どうするのかな。闘技場の一件で帝国でもすでに英雄として認識されはじめているし、私としても『ソールの導き』の動きは事前に知っておきたいところなのだけれど」
「それも今話し合ったところなのですが、北のファルクラム領に行ってみようかと思っています。ただ『冥府の燭台』の件もあって、今我々が訪れてもいいものかどうか、ちょうどグランドマスターに相談しようという話になっていたところです」
「なるほどなるほど、そこで導かれるようにここに来てしまったということは、私もソウシさんの『天運』からは逃れられないか。それは悪くない話だね、くくくっ」
と、さも楽しそうに笑うドロツィッテ女史。
それを横目に見て、マリアネがぼそっと注意をする。
「グランドマスターは自分から望んで近づいていました。自然とそうなったという言い方は事実に反すると思いますが」
「今思うとそれも自然と近づくようにさせられた気がするけどね」
「それはありません」
断言されて肩をすくめつつ、ドロツィッテ女史は俺の方に向き直って咳ばらいをした。
「んん……っ、さて、話を戻して、ファルクラム領に行く件だけど、ギルドとしてはむしろそうしてもらいたいくらいだね。侯爵家が揺らいでいる今、『黄昏の眷族』の話とともにファルクラム領には不安が増しているだろう。そこに闘技大会優勝者で英雄であるソウシさんとそのパーティが行くとなればその影響ははかりしれない。もちろん現地の冒険者たちにとってもね」
「なるほど……」
「どちらにしろ陛下には事前に話はしておくべきだけど、もちろん止められたりすることはないと思うよ。ただ、今は帝都の守りも固めておきたいところだから、マリシエール殿下はすぐには動けないだろうけど」
「殿下はそうでしょうね。ともかく事前に陛下にはお話をしておきます」
「あと、できれば『ソールの導き』とは常に連絡が取れるようにしておきたいんだ。ギルドのある街にいれば『通話の魔道具』で本部の私とはつながれるけど、街道を移動中だったりするとちょっと困るんだ」
と言いながら、ドロツィッテ女史はゲシューラの方をちらりと見た。
その視線の意味はわからなくもない。
「ゲシューラ、前に造った『通話の魔道具』は使えるんだろう?」
「うむ、問題なく使えるはずだ。ソウシが使えそうだというので一応5台作ってある。ただし今のところその5台の間でしか通話はできぬ。通話距離はギルドのものと同等だ」
「さすがだな。助かる」
と短く礼を言うにとどめたが、ドロツィッテ女史の目が輝いているのを指摘するまでもなく、今の話はこの世界的にも重要な話である。正直なところ、ゲシューラの存在は俺などよりよほど重い意味を持つのではないかと思う。
「ではそのうち1台はグランドマスターに、もう1台は皇帝陛下にお渡ししましょう。それでいいでしょうか?」
「そうだね、そうしてくれると助かるよ。しかしゲシューラさんとしても『ソールの導き』の一員になってよかったね。本当に天の導きだよ、これは」
ドロツィッテ女史は何度もうなずくようにしてそんなことを言った。
確かにゲシューラは、権力者にとって凄まじいほどに利用価値の高い人材である。もし彼女がフリーな状態であったなら、誰もが彼女をなんとしてでも手に入れようとするだろう。
もしかしたら彼女としては権力者に囲われてものづくりに没頭していたほうが幸せなのかもしれないが……と一瞬思ったが、その時には彼女から言ってくるはずだ。今はまだ俺たちの動きにつきあってもらおう。
ともあれ今後の予定としては、北のファルクラム領に行くという形でまとまりそうだ。
目的は一応ダンジョンの新規攻略ではあるが、『黄昏の眷族』との大規模な衝突への備えという意味もある。戦自体はメカリナンで経験したが、今回は相手がまるで違う。この大陸でも前代未聞の戦になるのであれば、やれることはすべてやっておかなければならないだろう。