作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 46
俺が合図をすると、貴賓席にいたフレイニルたちが一斉に動き出した。それ以外にも観客席のあちこちで微妙に動きがあるのが見える。
皇帝陛下の周りにはドミナート将軍を始め、親衛騎士が集まって守りを固め始めていた。近くにはドロツィッテ女史の姿もある。
やがて舞台への入口に、貴族服に身を包んだ中年女性が現れた。恨みがましい目を俺に向けてくるその女性は、以前パーティで会ったファルクラム侯爵に間違いない。
彼女は係員を振り切ると、こちらへとつかつかと早足で歩み寄ってくる。マリシエール殿下もそれに気付いて密かに『運命を囁くもの』の柄を確かめている。
「オクノ伯爵、お話があります!」
ファルクラム侯爵はまなじりを怒らせて舞台の上に上がってきた。手には短い杖を持っているが、それは貴族が持つものとしては不適当な、禍々しい形状をしているものであった。
「これはファルクラム侯爵閣下、昨日はご子息を不本意ながら手にかける仕儀となったこと、お詫び申し上げます」
「そのような言葉だけの謝罪など必要ありません。私が欲しいのは誠意ある行動です」
「私になにを望まれるのでしょうか?」
「わかっているのでしょう? 私が欲するのは、私の息子の代わりになる、優れた能力をもつ 死(・) 体(・) です。死体……クヒャッ!」
妙な笑い声とともに侯爵の顔から怒りの表情は消え、代わりに狂気をにじませた、不気味な笑みがその顔を支配した。
表面は依然として侯爵の姿ではあるが、その内面が一瞬で入れ替わった、そう感じさせる変貌ぶりだ。もっともこの変化を見るのは初めてではない。昨日のモメンタル青年とまったく同じだ。つまり彼女もまた、青年と同じようにすでに 生(・) き(・) て(・) は(・) い(・) な(・) い(・) ということだろう。
ファルクラム侯爵だったものは、芝居がかった動作で両手を広げると言葉を続けた。
「前にも言ったであろう、お前の身体は丁寧に死体にして持ち帰らせてもらうとな。ま、 此度(こたび) はここにいる、10万の死体もついでに持ち帰るつもりだが」
「その言葉、覚えがあるな。メカリナンの時のイスナーニとかいう奴か?」
「よう覚えてたな。そうだ、私はイスナーニ、『冥府の燭台』、三 燭(しょく) が一人。前は『リッチレギオン』を仕掛けたが、此度はさらに面白い相手を呼んでやろう。クヒッ、今攻撃してももう遅い。すでに召喚は始まっておるゆえな」
俺がメイスを振りかぶろうとするのを遮って、ファルクラム侯爵だったもの――イスナーニはそう宣言した。
舞台の上の妙な雰囲気を察してか、客席からの歓声はおさまり、代わりにざわざわとした騒ぎが起こり始めた。見ると係の者が近くの観客を出口に誘導し始めている。あらかじめ準備されていた対応だろう。
「ふむぅ? どうも私に対する対応が妙だと思っていたが、どうやら用意がされていたようだな。まさか我らの正体が気取られていたか?」
「昨日の奴が勝ちを確信してべらべらとしゃべったからな。準備はさせてもらった」
「サラーサの阿呆めが、これでは死体が十分集まらぬではないか。まあよい、私が欲しいのはお前の死体だ。さあ出づるがよい、天に逆らい、地に堕とされ嘆く者の末路」
イスナーニが杖を振り上げると、舞台の上にいくつもの魔法陣が浮かび上がる。
複雑で禍々しい文様が妖しく光ると、魔法陣から湧きあがるようにして、大型のアンデッドモンスターが出現した。その数20体以上。
見た目は人間の骨格標本のような『スケルトン』だ。ただその身長は5メートル近く、さらに背中には翼の骨格が生えている。手には巨大な片手剣と丸盾を持ち、頭部には金の輪をはめている。
語弊を恐れずに言えば、それはいわゆる『天使』のスケルトンのように見えた。イスナーニの呪文に意味があるとするなら、天に逆らって地に落とされた、堕天使のアンデッドということになるのだろうか。そんなものが存在するのかどうかは知らないが。
「太古に栄華を誇った天使族の兵よ。天に上り神となろうとして、遂に果たせず地に落ちた愚か者ども。真の神は天になぞおらぬものを、なんと間抜けなことか、クヒャヒャッ!」
一人興が乗ったのか、イスナーニは自慢気に話を始めた。こっちにとっては耳障りなだけの解説だが……しかしこの雰囲気なら聞きだせそうか?
「お前達は何を目的としているんだ? やることが回りくどいと思うんだが」
「聞きたいか? 我らの目的は『迷い姫』様をこの世界にお呼びすること。回りくどいのは、その為の方法が限られているからよ」
「『迷い姫』とはなんだ? どうすれば現れる?」
「それを聞く暇はなさそうだぞ。クヒャッ!」
現れた天使スケルトンたちの虚ろな眼窩に、ほのかに赤い光が宿った。どうやら動き出す予兆らしい。
見ると観客席は軽くパニック状態になっていた。しかし闘技場の中、俺たちのいる舞台の周りに武闘大会本選出場者とそのパーティメンバーが集まってくると、そのパニックも徐々におさまっていった。皇帝陛下の采配だろう、なるほど混乱を治めるには効果的なやり方だ。
もちろん『ソールの導き』の全メンバーも出口から現れて俺の方に走ってくる。
「クヒョッ! 使えそうな死体の元がこれだけ集まってくるとは有難い。さて、私は少し観戦させてもらおうか。肝心の決勝戦が見られなかったゆえな」
イスナーニは滑るようにして、天使アンデッドの中に移動をした。そのイスナーニを中心にして、20体を超える天使アンデッドが観客席に向かって歩きはじめる。集まった100人近い冒険者たちは、それらを迎え撃つように広がっていく。
「ソウシさまっ、ご無事ですか!?」
フレイニルが心配そうな表情で俺のところに走り寄ってくる。
「俺は大丈夫だ。それよりフレイ、すぐに『神の後光』を使ってくれ。最大の力で頼む」
「わかりました、いきます!」
相手がアンデッドなので攻撃魔法の『神の戒め』でもいいのだが、ここは単体を攻撃するより全体を弱体化させる方がいいだろう。
一瞬の後、闘技場全体がまばゆい光に包まれた。
『多重魔法』『範囲拡大』『充填』『神気』によって強化された魔法を、『先制』によって放ったのだ。剣を振り上げて攻撃を始めようとしていた天使アンデッドが、ビクッと動きを止め、苦しそうに身体をゆすった。
「クヒョオオ……、この魔法は……忌々しい神属性か……! アーシュラムの聖女の存在を忘れていたわ……!」
苦しんでいるのはイスナーニも同じだった。
術者であるイスナーニの正体はいまだ不明だが、少なくともファルクラム侯爵の身体そのものはアンデッド扱いでもおかしくはない。ただ片膝をついたが、それ以上のダメージはないようだ。