作品タイトル不明
18章 帝都 ~武闘大会~ 45
一撃で勝負を決することができる攻撃を、互いにどれくらい出し続けただろうか。勝負は体力の比べ合いの様相を呈してきた。これは俺にとっては朗報だ。『アイテムボックス』が空になっている今、俺の体力は事実上無限と言っていい。
しかしそれを分かっているはずのマリシエール殿下は、口元の笑みを一層濃くして剣を振るい続けている。
「楽しい……ですわね! 力をすべて使える、これ程の愉悦はありませんわ! 伯爵に感謝を!」
「恐縮です」
さらに『運命を囁くもの』の回転があがる。
マリシエール殿下の剣技は、単にそれだけでも間違いなく武闘大会参加者のトップにあった。身体能力上昇系のスキルも『ソールの導き』のメンバーと同等以上のものを持っているだろう。
俺は苛烈を極める銀光の奔流を、あるいは盾で受け、あるいはメイスで払う。もちろんそのたびごとに、俺の身体は思わぬ方向に流されそうになる。それすら力で立て直し、強引に自分の攻撃につなげていく。
マリシエール殿下の剣が、さらにその速度を速めた。端正なその顔からはすでに笑みは消え、ただ己の剣をふるうことに心を定めた帝国一の剣士がいるだけだ。
「オクノ伯爵に、わたくしのすべての剣を!」
「私もすべての力を出しましょう」
剣を盾で受け、流れる身体を強引におさえつけ、俺は初めて100%の力でメイスを横殴りに振るった。上に弾かれる。しかし殿下の身体が大きく揺らぐ。殿下の顔に走る一瞬の驚愕。やはり殿下のスキルをもってしても、俺の力は弾ききれないようだ。
決めるならここか。俺は上に逸らされたメイスを、強引に下へ振り下ろす。高レベルの『翻身』スキルが可能にする、慣性を無視した、物理法則をねじ伏せる軌道の攻撃。
その槌頭が殿下の肩口に当たる、その一瞬前。
俺は殿下がわずかに微笑んだのを見た。
そして俺のメイスは、石の床を砕いた。まるで最初からそうするはずだったように。いや、あたかも今、そうすべきだと告げられたかのように。
『運命を囁くもの』が、銀の光を残して俺の肩口に振り下ろされる。
なるほど、そうか、運命か。俺が負けるのが運命。それを告げるのが殿下のスキル、『告運』。俺のスキルと同じ、運命を捻じ曲げるスキル。
――だがそれは 俺(・) と(・) 相(・) 性(・) が(・) い(・) い(・) 。
メイスと盾を手放した。両腕をクロスさせ、殿下の一撃を篭手と鎧で受け止める。
凄まじい衝撃、そして食い込む刃。俺のもつ防御スキルと殿下の持つ攻撃スキルが真正面からぶつかり合う。
だが俺の持つスキル群は、いくつもの運命を振り払って得たものだ。『天運』という意地の悪いスキルが、俺に与えた運命の先にある力。
「運命には 慣(・) ら(・) さ(・) れ(・) て(・) い(・) る(・) のです、殿下」
俺の身体に刀身の半分ほどがめり込んだろうか。逆に言えば、そこで致命の一撃は止まっていた。
俺は長剣の刀身をつかむ。一瞬手が滑るような感覚があるが、その『運命』を俺の握力は強引に握り潰す。
「これが伯爵の力っ!」
剣を手放したのはさすがマリシエール殿下と言えた。しかしその判断は一瞬だけ遅かったようだ。なぜなら俺の右手は、彼女の手首をすでにつかんでいたからだ。
「しいッ!」
それでも闘志を失わず、殿下は逆の腕で突きを放つ。当然ながら体術も恐ろしく高レベルだ。
だがどんな技も圧倒的な力の前では屈するしかない。
俺が腕を振ると、それだけでマリシエール殿下の身体は宙を舞った。そのまま床に叩きつけ、そして背後から首に腕を回す。
プロレスでいうところのスリーパーホールド。やはり微妙に滑るような感覚があるが、その抵抗はもう無視できるレベルだった。
「殿下、降参を」
「仕方……ありませんわね」
殿下が両手を上げ、「参りましたわ」と宣言する。
『勝負あり! 勝者「ソールの導き」のソウシ!』のコールと共に、闘技場は爆発音にも似た大音声に包まれた。
渦巻く歓声は、一向に衰える気配を見せなかった。
先に立ち上がった俺は、殿下に手を貸して立ち上がらせる。
歓声がさらに一段階ボルテージを上げた。
帝国最強にして、帝国臣民の英雄であるマリシエール殿下と戦っていたのだという実感が今更ながらに思い出される。
思えば最後は地味な決着となってしまった。が、それがいかにも自分らしくて俺は苦笑を抑えきれない。
そんな俺の顔をマリシエール殿下がのぞきこんでくる。間近で見るとやはり美しい女性だ。俺が勝ってしまってよかったのだろうかという罪悪感のようなものまで生まれてくる。
「物足りないというお顔をされていますわね。わたくしでは不足だったでしょうか」
「いえそうではなく、なんというか、最後がつかみ合いだったのが、どうもしっくりこない感じがしまして」
「戦いなんてそのようなものですわ。むしろだからこそ、本気の戦いだったとわたくしは思いますけれど」
「殿下のおっしゃる通りですね。私としても本気の戦いでしたから」
「ならば胸をお張りになって、観客に応えてさしあげてくださいませ」
殿下に促され、俺はメイスをつかんで振り上げた。
もはや歓声は闘技場を揺るがすほどの大きさになっている。貴賓席ではフレイニルやラーニ達が抱き合って喜んだり、こっちに手を振ったりしているのが見えた。
その上にあるバルコニーでは、皇帝陛下が席から立ち上がって拍手をしている。その表情は大層に嬉しそうで、しかも俺の方を非常に意味深な目で見ているような気がする。
そういえば、結局のところ皇帝陛下の言葉通り、俺がマリシエール殿下を激闘の末に下すという状況になってしまった。ここからさらに陛下の思惑通りに事が進むのか、それは少し先の話である。
横を見ると、マリシエール殿下もまた手を振って観客に応えていた。俺の視線に気づいたのか、彼女もこちらを向いてかすかに微笑んだ。特に含むところもなさそうな屈託のない表情に、俺は多少の安心感を覚える。
さて、……と俺は『万物を均すもの』と『不動不倒の城壁』を持ち直す。
なにかあるならこのタイミングだろう。このあと表彰式に移行すると、この場は多少なりとも落ち着きを取り戻してしまう。仕掛けるには今が最も適しているはずだ。
果たして、控室へ続く出口あたりがにわかに慌ただしくなった。止まらぬ歓声の中、鋭敏な俺の聴覚は、自分にとって意味のある言葉を拾ってくる。
「……お待ちください侯爵様、今は大会の途中でございます!」
「おだまりなさい! 我が息子を殺した人間が優勝者など、見過ごせるとお思いですか!」
「しかし、武闘大会は神聖なもの。そこでの事故については罪に問わぬのが法でございます!」
「別に罪に問おうというのではありません! 息子の想い人まで奪うような蛮行はやめよと伝えるだけです!」
どうやら予想通り、『彼女』がこの場に現れたようだ。