軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

192.エピローグ 空を見上げて

――ずっと憧れていた。

大野啓太(オオノケイタ) はどこにでもいる普通の高校生だ。

漫画やアニメが趣味で、少し気弱なところがあるが、それを含めてもいわゆる『普通の高校生』という 肩書(カテゴリー) がとても良く似合う少年である。

そんな彼にとって、西野は憧れの存在だった。

かっこよく、コミュ力も高く、女の子にもモテて、いつもグループの中心に居て、誰からも頼りにされるヒーロー。

あんな風になれたらな、と大野はいつも思っていた。

でも、現実は上手くいかなかった。

クラスの仕事を率先して引き受ければ、ただの使い勝手のいいパシリと認定された。

真面目に授業を受けて、良い点を取っても、何マジになってんの?とからかわれた。

同じ行動、同じ結果を出そうとしても、大野は西野のようには成れなかった。

なんで上手くいかないんだろう?

どうして僕じゃ駄目なんだろう?

そんな風に考え、それでも西野の傍を離れられず、悶々とする日々が続いた。

そんなある日、世界は変わった。

レベルやスキル、職業が存在し、モンスターがあふれるゲームのような世界になった。

混乱と恐怖が蔓延する中、それでも大野はどこか高揚した気分になった。

――この世界なら、自分もヒーローになれる。

だってこの世界なら、今まで読んできた漫画や小説、ゲームの知識が存分に生かせるではないか。いや、もしかしたらチートスキルなんかも手に入れて、憧れの主人公みたいな存在にだってなれるかもしれないと思ったのだ。

だがそんな甘い幻想は、現実によって粉々に砕かれる。

モンスターとの戦闘は予想以上に恐ろしく、ケンカどころか、碌に包丁も握ったことが無い少年には余りに荷が重かった。

ゲーム知識は多少役に立ったが、それ以外は荷物持ち程度。

対して、西野はすぐに状況を把握し、瞬く間に仲間をまとめ上げてしまった。

結局、世界が変わっても、何も変わらなかった。

少年の立ち位置は前と同じ。

いや、それどころか悪化してしまった。

彼は仲間だった少年らを殺し、魔石を摂取し、モンスターとなってしまった。

――どうして僕ばっかり……。

ゾンビとなったことで眠る事も出来ず、ただ町を彷徨う日々。

せっかく仲間と再会できても、素直に喜ぶことも出来なかった。

だって自分は化物で人殺しなのだ。

こんな自分が、どうしてみんなと一緒に居られるというのか。

――こんな苦しい思いをするなら、いっそあの時死んでおけばよかった。

『影』の中に拘束され、死ぬことも出来ず、ただ負の感情だけが募ってゆく。

長時間、『影』の中に拘束されている内に、『影』の中から外の状況を把握するスキルや、他人の影に移動できるスキルを覚えたが、どうでもよかった。

どうせ自分が外に出ても大して役に立たないに決まってる。

いっそこのままずっと『影』の中に居た方が良いのかもしれない。

だって外には西野が居るのだ。

彼が居れば、自分は必要ない。

すべて上手くいくに決まってる。

そう、思っていた――あの時までは。

『――自分とクドウ君を比べて、卑下するのは止めなさい』

あの夜、彼は影を通じて、西野の弱さを知った。

西野も大野と同じ一人の人間だったのだ。

(僕は今まで何を見ていたんだ……)

ずっと憧れていた。だから、見えていなかった。

自分だけが辛い思いをしていた訳じゃない。

誰もがもがき苦しみ、葛藤し、必死だったのだ。

ああ、なんてバカだったんだろう。

醜い嫉妬に駆られて、どうしようもない劣等感にさいなまれて。

そんな言い訳で自分を正当化していただけだったと気付いてしまった。

ただ自分という存在を受け入れるだけで良かったのに。

(みんな……ごめん)

だから大野は立ち上がった。

自分は化物だ。人殺しだ。

でも、それでも――守りたいのだ。

死んで欲しくないのだ。

諦めて欲しくないのだ。

だって、今でも西野は自分にとってのヒーローだから。

だから――

「諦めちゃ駄目だよ……西野君」

ようやく振り絞った勇気と共に、大野は戦場に降り立った。

少しだけ、足を前に突き出して。

巨大なハンマーを打ちつけたように、大野を中心に地面に亀裂が走る。

ボキッと骨の折れるような音が響いた。

腕に亀裂が走り、鮮血が噴き出す。

絶え間ない激痛が、大野の全身に襲い掛かった。

「う……ぐぅぅ……」

「大野……お前、なんで……?」

後ろから声が聞こえた。

大野は振り返らずに、

「大丈夫……」

今にも泣きだしそうな顔で、大野は笑う。

「僕はもう……大丈夫だから」

大野はもう躊躇わない。

この姿で、そして『力』で、絶対にみんなを守って見せる。

モンスターでも、人殺しでも、その罪を背負って、それでも前に進むのだ。

「――『嫉妬』!」

「ゴァァ……?」

その瞬間、彼と相対していたガーディアンゴーレム――タイランは奇妙な感覚に襲われた。

押し潰そうと、力を込めている筈なのに、力が全く入らないのだ。

それどころか体も錆びついたかのように動かない。

これは一体どういう事だ?

「ぬ――ぁぁあああああああああああッ!」

「ゴアアアア!?」

タイランの腕が振り上げられる。

信じられないと、タイランは声を上げる。

馬鹿な――自分が力負けしたというのか?

こんな小さな人間に?

「もう……君には今までの力は出せないよ……」

肩で息をしながら、大野はタイランを睨み付ける。

スキル『嫉妬』。

その効果は、対象となった相手の種族、職業、そしてスキルへの『マイナス補正』。

対象への大野の嫉妬が強ければ強い程、その効果は増大する。

現在、タイランに掛けられた補正値は『マイナス4』。

数字としては大したことはないが、生まれてまだ数日のタイランにとっては、とてつもない足枷となった。

ほぼ全てのスキルがLV1となり、ステータスも初期状態へと戻ってしまったのだ。

「西野君! 今、僕のスキルでコイツを弱らせた……げほっ……はやく……指示を!」

「ッ――!」

西野はハッとなって、周囲を見回す。

全員の位置を把握し、即座に指示を出した。

「六花、五所川原さんを中心に攻撃! 他のメンバーはサポートに回れ!」

行動は迅速だった。

全員が西野の指示を受けて、ゴーレムへの攻撃を開始する。

とはいえ、相手はゴーレム。

岩と大地で作られた巨体は、たとえ弱体化していようとも、強靭であった。

「ゴァァアアアアアアアアアアッッ!」

舐めるなよ、人間どもが! と言わんばかりにゴーレムは叫ぶ。

我武者羅に振り回した腕は、六花と五所川原を吹き飛ばし、その余波で周りのメンバーをも負傷させた。

ゴーレムの巨躯を生かした力技。シンプルではあるが、それこそがゴーレムにとって最も強力な攻撃手段でもあるのだ。

「きゃっ!」

「ぐぅ……ッ!」

奇しくも、それは先程の『豊穣喰ライ』の時と同じ状況だった。

――決め手に欠ける。

このゴーレムを仕留めるには、西野達では決定的に火力が足りないのだ。

(せめて六花のステータスがもう少し高ければ……)

西野は歯噛みする。

このままではじり貧だ。

せっかく大野が自分たちの下へ駆けつけ、ゴーレムを弱体化させてくれたというのに。

だが、運は彼らを見捨てなかった。

次の瞬間、西野の頭の中に声が響いたのである。

≪経験値を獲得しました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪ニシノ キョウヤのLVが15から16に上がりました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪ニシノ キョウヤのLVが16から17に上がりました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪ニシノ キョウヤのLVが17から18に上がりました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪ニシノ キョウヤのLVが18から19に上がりました≫

≪経験値が一定に達しました≫

≪ニシノ キョウヤのLVが19から20に上がりました≫

大量のレベルアップを告げるアナウンス。

その意味を西野たちは即座に理解した。

「これって……」

「ああ、間違いない! クドウさんだ!」

これだけ大量の経験値を得られるとすれば、それはペオニーを置いて他にない。

つまり、カズトは勝ったのだ。

あのペオニーを相手に勝利した。

その事実は、彼らの士気を一気に上げた。

だが西野達の『幸運』はこれで終わらなかった。

「ニッシー! 私、今のでレベル30になった!」

なんと六花のレベルが上限に達したのだ。

その意味を、西野は即座に理解する。

「進化先は!?」

「 上人(ハイ・ヒューマン) 、 鬼人(オニビト) 、 蛮女(アマゾネス) 、 猫人(キャット・ピ-プル) 、 新人(アラビト) !」

一瞬だけ、西野は考える。

カズトから聞いた進化先の情報、そしてこの状況を逆転するには、

「六花! 鬼人(オニビト) を選べ!」

「了解!」

足りないのは火力だ。

即座に六花はステータス画面から 鬼人(オニビト) を選択する。

その瞬間、六花の体を赤い霧が包み込んだ。

「ゴァァ!」

それを見て即座にタイランが動く。

本能でアレはマズいと悟ったのだろう。

だが弱体化したステータスでは遅かった。

僅か数秒、赤い霧が晴れ、そこから進化した六花が姿を現す。

その肌は赤銅色に染まり、頬や腕、太ももにはヒルのような黒い呪印が刻まれている。

そして、その額には光の角が顕現していた。

「凄い……力が溢れてくる……!」

西野の選択は正しかった。

『進化』にかかる時間は、選択した種族によって異なる。

カズトや一之瀬の選んだ 新人(アラビト) は『進化』に一時間もかかる種族だが、六花の選んだ 鬼人(オニビト) は、アカやモモと同じように僅か数秒で進化を終わらせられる種族だったのだ。

「おりゃっ!」

六花は地面を蹴って、前に出た。

その加速は、以前の比ではない。

瞬時にタイランへと肉薄する。

「ゴァ……!?」

そのスピードは、弱体化したタイランでは反応しきれなかった。

六花の手に持った鉈が赤く光り輝く。

鬼人の持つオリジナルスキル『血装術』。

『鬼化』している状態でのみ、身体能力と持った武器の性能を爆発的に上昇させるスキル。更に、その効果は六花の元々持っていた『狂化』と相乗されるのだ。

六花は自身のスキルやステータスを確認したわけじゃない。

ただ『使える』と、本能が理解したのだ。

「ぬおりゃああああああああああっ!」

ズガンッ! と六花は手に持った鉈を振るう。

その一撃は、あっさりと強靭な岩を砕き、タイランの体を真っ二つに分断した。

「ゴァ……ァァ……」

遅れて、タイランの体が崩れ始める。

今の一撃で、核が破壊されたのだ。

タイランはティタンのように分身体を作り出すスキルを持っていなかった。

本体のまま、この戦場に現れたのだ。

それでも十分だとタイランは判断した。

もし仮に同じ状況であれば、親であるティタンならば、それでは不十分と判断しただろう。

遠距離からの投擲に徹し、決して彼らの前に姿を現さなかった筈だ。

生まれたばかりであったがゆえに、タイランには知識と経験が足りなかった。

それが彼の明暗を分けた。

「……ァ……」

完全に崩れ去った岩山には、拳大の魔石が残された。

経験値獲得を告げるアナウンス。

「うっしゃー! 勝ったー!」

「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」

六花が岩山の上で拳を突き上げると、それに釣られてみんなも勝利の雄叫びを上げる。

そして、時計の針が零時を刻む。

その瞬間、見えない何かが自衛隊基地を中心に広がった。

新たなる『安全地帯』の設定が完了したのだ。

「勝った……俺たちの勝利だ!」

作戦は成功した。

死者――ゼロ。

奇跡の完全勝利であった。

一方、その頃、

俺は目の前に現れたソイツに瞠目していた。

「お前……なんでここに?」

ヤバい、これはヤバい。

この最悪のタイミングで、まさかコイツまで現れるとは思わなかった。

――ダーク・ウルフ。

かつて俺たちを死の淵まで追い込んだ最悪のモンスター。

「……ゥォン」

ダーク・ウルフはつまらなさそうに俺を見つめると、くるりと身を翻し、目の前の知性ゾンビを見た。

それはまるで俺たちとは戦う気が無いとでも言っているようだ。

目の前の知性ゾンビは忌々しそうにダーク・ウルフを見つめている。

ふぅっと息を吐き、

「やれやれだ。私は君と戦うつもりはないんだけどね」

「――ゥォン」

ダーク・ウルフは小さく吠える。

その瞬間、ダーク・ウルフの足元から闇が溢れ出した。

それは濁流のように目の前を覆い尽くし、あっという間に呑み込んでゆく。

その威力は以前より更に増していた。

瓦礫も、大地も、何もかも飲み込んで、黒一色に染まる街並み。

「チッ……話も聞いてくれないか……これだから『六王』の所有者は……!」

知性ゾンビは憎らしげに舌打ちする。

いかなる手段を使ったのか、奴はダーク・ウルフの闇から逃れ、少し離れたビルの屋上に居た。

「分かっているのかい、『狼王』! もう私達にはあまり『時間』が残されていないんだぞ! 『大罪』も『六王』も! 私の手元に置いておかなければ、いずれ――」

奴の言葉は最後まで続かなかった。

その前に、ダーク・ウルフの闇が、ビルごとヤツを飲み込んだからだ。

余りにも圧倒的な力の奔流。

瞬きすら忘れて、俺はその光景に見入ってしまった。

「……くそ、やはり分が悪いか……」

今度は、俺たちの背後――かなり離れた位置に、知性ゾンビは居た。

攻撃を避けきれなかったのか、片腕が消滅し、体もボロボロになっていた。

「……分かったよ、降参だ。今後は君にも、そこにいる彼にも干渉はしない……それでいいだろう?」

そこで彼は、ふと、どこか明後日の方角を見た。

「……タイランもやられたのか。せっかく自我を持てたのに哀れな奴だな……」

知性ゾンビは一瞬だけ目を伏せ、そして俺の方を見る。

「……一つだけ忠告しておく」

「あ……?」

「君はペオニーを……あの神樹を倒した。間違いなく奴らに目を付けられたはずだ……、せいぜい気を付けることだね」

「……?」

奴ら……?

なんだ? こいつは何を言っている?

「おい、どういうことだ。ちょっとその話を詳しく――

「ウォォォオオオオオオオオオオオオオオンッ!」

――訊ねようとする前に、ダーク・ウルフの闇が、ヤツを飲み込んだ。

おい、ちょっと待って! まだソイツには聞きたいことがあるんだって!

だがもう遅かった。

闇の濁流は全てを飲み込み、そこには何も残されていなかった。

知性ゾンビの気配はどこにもない。

おそらく死んではいないはず。先ほどまでと同じように、何らかのスキルを使って、この場から逃げたのだろう。

くるりとダーク・ウルフがこちらを向く。

「お前……」

ダーク・ウルフはゆっくりと俺たちに近づいてくる。

殺気は感じられない。

戦うつもりはない……と思いたいが――、

「わんっ!」

モモがダーク・ウルフの前に立ちはだかった。

するとダーク・ウルフはその姿をじっと見つめ、すんすんと鼻を近づけ、モモの匂いを嗅いだ。

「がるる……」

モモは不機嫌そうに喉を鳴らす。

何故か負けじと、ダーク・ウルフの匂いを嗅ぐ。

なんだこれ? 俺は何を見せられているんだ?

「……ウォン」

そしてどこか満足げな声を上げると、身を翻し、『闇』の中へと消えてしまった。

「……何だったんだ?」

静寂が訪れる。

周囲を警戒するが、もう新たなモンスターが現れる気配はない。

終わったのだ。今度こそ、本当に。

「はぁ~~~~~~~……」

大きなため息をついて、俺はその場に座り込んだ。

疲れた。

本当に疲れた。

腕も痛い。早く治療しないといけない。

でも、その前に確認しておかないといけない事がある。

「――『影檻』」

影を広げる。

中に強制的に閉じ込めていたソラが姿を現す。

「グルルルルルルルルル……」

物凄く不満そうな顔で、俺を睨み付けてきた。

『貴様、ヨクモ我ヲ影ニ閉ジ込メテクレタナ……』

「悪いとは思ってるよ。でも、ほら」

影から現れたソラの傍には、青い鱗を持つ小さな竜が居た。

すぅすぅと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っている。

「……良かったな。無事に産むことが出来て」

『……フンッ』

ソラは顔を背けて、ペしぺしと尻尾で俺を叩いた。

それは全然痛くなく、ソラなりの感謝の現れなのだろうと理解出来た。

「何とかなったな……」

ボロボロだ。

でも、頑張った甲斐はあった。

疲労が一気に押し寄せ、俺は大の字になって地面に倒れた。

「あー……、一之瀬さんからメールが来てるな……」

大量の未読メール。とりあえず最後の一つだけ確認する。

どうやら向こうも上手くいったようだ。

時計は既に昼の十二時。安全地帯の再設定も完了した。

早く向こうに行かなきゃいけない。

「でも、少しだけ……」

もう少しだけ、こうしていてもいいよな?

ひゅうっと心地よい風が頬を撫でる。

なんとなく、何もない虚空に向けて手を伸ばしてみた。

何かが掴めるわけでもない。

でも、

「……良い空だな」

「わんっ」

『フンッ……』

モモやソラたちと共に見上げた空は、どこまでも青く澄んでいた。