軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ソファ

深夜。

レイラはベッドから静かに起き上がると、同室の二年生の微かな寝息が聞こえてくることを確かめ、ドアをそっと開けた。

廊下の明かりが彼女の顔に当たらないよう、開けたぎりぎりの隙間に身体を滑り込ませ、外に出る。

だが、持っていた杖がドアに当たって、思ったよりも大きな音を立ててしまった。

やはり、小さい身体の感覚にまだ少し慣れていない。

幸い、二段ベッドの上段に動きはなかった。

レイラはそのまま静かにドアを閉めた。

毎晩、管理人のマイアが決まった時間に廊下を巡回することは分かっている。三年生のレイラは、その時間もはっきりと頭に入っていた。

巡回時間はレイラが入学してからの三年間、ずっと変わっていないはずだ。

子どもの時分に眠る時間を削ってまで得られるものなんて、失うものに比べたら微々たるもんだよ。

レイラにそう言ったときの、マイアの渋い顔を思い出す。

自室で勉強している分には、どんなに遅くなろうとマイアは何も言わない。

だが、レイラは毎晩遅くまで庭園の目立たないところで訓練を続けていた。

消灯の時間には寮の入口の大扉は施錠されてしまうが、裏口はいつでも開いていることをレイラは知っていた。

ある夜、他の生徒たちが寝静まった頃、いつものように裏口から寮内に戻ったレイラをマイアが待ち構えていた。

こっぴどく怒鳴られることを覚悟したレイラに、マイアは不憫なものを見るような目で問いかけた。

「こんなに遅くまで、やらなきゃならないことがあるのかい」

「はい」

頷いたレイラにマイアがため息混じりに言ったのが、その言葉だった。

その言葉が特段、レイラの心に響いたわけではない。だがレイラはその日から少し夜の訓練を控えめにした。

代わりに、自室での学習時間を増やした。

そんなレイラだからこそ、はっきりと知っている。

この時間には、マイアさんは来ない。

レイラは静かに廊下を歩いた。

向かっているのは、昼間ウェンディたちの話していた、三階の奥のソファ。

そこに、何かがある気がする。

それは直感だった。

まるでレイラを誘うかのような噂。だからこそ、そこにこの奇妙な世界を打破するための何かがあるのではないか。

突然、廊下に並ぶドアの一つが乱暴に開けられた。レイラは慌てて柱の陰に身を隠す。

寝ぼけた顔の少年が部屋から出てくると、頭を掻きながら廊下を横切ってトイレに入っていく。

ネルソンだ。

レイラは、ほっと息をついた。

ネルソンの姿が見えなくなってから、レイラはまた足早に廊下を歩いた。

角を曲がり、照明の明かりも届かなくなった暗がりに、古ぼけたソファが置かれていた。

闇の中に、さらにどす黒く浮かび上がったソファは、何か不穏なものの塊のように見えた。

そこに、レイラはそっと腰を下ろす。

一年生なら、二人は並んで腰かけられる大きさ。けれど、成長した本当の三年生のレイラの身体では、もう誰かと一緒には座れないだろう。

レイラは、しばらく何かが起きるのをじっと待った。

手には、いざという時のための杖。

闇の魔術師ライヌルが空中からばらばらと取り出してみせたうちの一本で、何の変哲もない杖だが、これだけは長さも形状も変わらずに今もレイラの手にあった。

暗闇の中、レイラはソファで待ち続けた。窓の外の闇からは、時折木々の葉擦れと蛙の鳴き声が聞こえてくる。

それ以外には、何の音もしない。動くものとてない。

静かにソファに身を沈めていると、レイラの脳裏にまた昼間の疑問が蘇ってきた。

私は、ここで誰かと話したことがある。

何か、とても印象的なことを。

具体的なことが出てこない。ただ漠然と、そのイメージだけがあった。

忘れるはずがないのだ。たかが三年前程度のことだ。訓練で磨かれたレイラの記憶力はそんなにやわではない。

しかし、それについて考えようとすると、なぜか頭に靄がかかったようになる。

おかしい。

レイラは背もたれから身を起こして背筋を伸ばすと、眉間にしわを寄せて目を閉じた。

おかしいということは、そこに作為があるということだわ。

レイラは考えた。

何か、ウーベが隠している。

ここに、このかくれんぼの鍵となるものを。

だから魔法で妨害をしている。

そこまで考えて、また新たな疑問に突き当たる。

でも、この噂はまるで私を呼び寄せていたかのようだった。なのに、この場所に関連する私の記憶を隠そうとしている。

ウーベは私に気付いてほしいのか、それとも気付いてほしくないのか。

その時だった。

レイラの耳元で、低い押し殺した声がした。

「許さんぞ、レイラ」

瞬間、全身が粟立った。

「ノルク魔法学院だと? そんなところへ行ってどうするつもりだ」

レイラの身体は、金縛りにあったようにぴくりとも動かなくなっていた。

「魔術師になる、だと? ばかな。ならばクーガン家はどうする」

吐き捨てるような、怒りに満ちた声。

……父上。

聞き間違えるはずもない。

それはレイラの父、ガルダ・クーガン卿の声に他ならなかった。

「行かせるものか、ガライへなど。お前は中原の女だ」

その声とともに、ぐい、と右腕が引っ張られた。

背筋が震えた。ウーベと最初に対峙した、あの時のように。

首がわずかに動いた。腕を引っ張られた方に顔に向けると、レイラの真横の空間にぽっかりと黒い穴が開いていた。

夜の闇よりもなお黒い闇。

そこから、腕がにょきりと伸びていた。

記憶にはっきりと残る、父の腕が。

「来い。もう一度、貴族の令嬢の在り方をいちから叩き込んでやる」

声とともに腕を強く引かれ、レイラは思わず上げかけた悲鳴を噛み殺した。

高圧的な声と、大人の男の強い力。

それが、レイラの中に沈んでいたあの日の怒りを、少しも色褪せることなく蘇らせた。

離せ。

レイラの目が怒りに燃えた。

自分の中の魔力を、大きく強くうねらせる。

動きなさい、レイラ。

そう自分に呼びかける。

今ここで動けないのなら、あなたが今までやって来た全ての努力には、何の価値もなかったことになる。

父の腕が強くレイラの腕を引く。

レイラの腕に指が食い込むほどの力。

その痛みに、レイラは歯を食いしばって耐えた。

誰が悲鳴など上げてやるものか。

それは、この男に対する敗北を意味する。

そんなことは絶対に許さない。

たとえ誰が許そうとも、私自身が許さない。

魔力が、強くうねった。

「離せ!」

レイラは激しく父の腕を振り払った。

まさか自力で金縛りを破るとは思っていなかったのか、闇の穴から突き出した腕は、一瞬狼狽したかのように手をこまねいた。

その間隙を生かさないレイラではなかった。手に持った杖を、思い切り振り上げる。

本来は何か魔法を使うべきだった。

そのために、もう身体の中で魔力が練られていたのだ。

だが、腕は止まらなかった。レイラは激情のまま、父の腕に向けて杖を振り下ろした。