軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)白狼の咆哮(前編)

アルマークが旅芸人白狼一座と旅をともにするようになってから、しばらくが過ぎた。

公演を重ねるごとにアルマークの演武は冴えを増していった。

初演でやらかした、剣がすっぽ抜けて上空に飛んだハプニングは次からそのまま演武に組み込まれ、観客を沸かせる定番の演出になっていた。

アルマーク自身も、戦いではない新たな剣の使い方の研究を重ねていた。

投げられた果物をただ切るだけではなく、突いたり、刀身に載せたり。

剣を二本両手に持ってさらに派手な演武に挑戦したり。

自分が何も言わずとも勝手に増えていく演目の数々に、座長のダニーは目を細めて、ことあるごとにアルマークに、もうこのままうちにいないか、と誘いをかけた。

しかし、給料を二倍出す、という話をされても、アルマークは困ったように笑うだけで決して頷きはしなかった。

アルマークが一座に加わる時に約束した同道期限の街が近づき、白狼一座との旅も終わりが見えてきたある街でのことだった。

その日も街の広場の隅に馬車を止め、夜の公演のために座員たちはそれぞれの練習に余念がなかった。

「アルマーク」

馬車の裏から、マーゴットが顔を少しだけ覗かせて手招きをした。

「ちょっと来て」

「ああ、いいよ」

アルマークは返事をして演武用の剣を鞘に収めると、自分の袖で額の汗を拭きながら馬車の裏へ回る。

地面に座り込んでいるマーゴットを見て、アルマークは思わず微笑んだ。

「どうしたんだい、マーゴット。お店でも開くのかい」

アルマークの言葉通り、地面に広げられた布の上に、マーゴットの商売道具とも言える魔法具の数々が並べられていた。

「違うわよ。売るわけないでしょ」

マーゴットはそう言ってアルマークにも座るよう促す。

「最近、雨が続いたでしょ。たまにはこの子達に太陽の光を当ててあげないと魔法の力が切れちゃうのよ」

「へえ。そういうものなのかい」

アルマークはそう言って、珍しそうに石を一つ手に取る。

「これはマーゴットがいつも公演で火花を出す時に使う石だね」

「そうよ」

マーゴットは笑ってその石をアルマークの手からもぎ取ると、アルマークの鼻先で火花を散らす。

アルマークが顔を背けて嫌な顔をするのを見て笑うと、マーゴットは立ち上がった。

「アルマーク。あなたにちょっとこの子達を見ていてほしいのよ」

「どこかに行くのかい」

「レネイのところ」

マーゴットは軽業師の青年の名を出す。

「今日はレネイと一緒にやる演目があるから。面倒だけど、打ち合わせ」

そう言って、布の上から石を二つ無造作に掴む。

「すぐ戻るわ」

「分かった」

アルマークは手を振ってマーゴットを見送ると、改めて布の上の魔法具たちに目を落とした。

何度も一緒に公演をしただけあって、アルマークにもほとんどの石や指輪がどんな効果を持つかは分かった。

これは火花を散らす石。

これは強い光を出す石。

この指輪は、ランプの灯りのような炎を出せる。

この指輪は、鳥の鳴き声が出せるんだ。

そんな風に一つ一つをマーゴットの動きとともに思い出しながら眺めていると、確かにマーゴットの言うとおり、くすんだようだった指輪や石の表面が、太陽の光で少し滑らかさを取り戻した気がしてきた。

太陽の光は、あらゆる生命の源だ。

特にその光が貴重で重要な北では、そう言われてきた。

自らの命と引き換えに世界を遍く照らした英雄神ハーディカに感謝を。

魔法具が魔力を取り戻すのにも太陽の光が必要なのだという話は、北生まれのアルマークだからこそ、すとんと腑に落ちた。

太陽は、偉大だ。

北の冬の寒さを思い出し、アルマークは今こうして自分を照らしてくれている暖かい光に感謝する。

「……あれ?」

布の端っこの方に、一つ、見た覚えのない指輪が置かれていた。

他の指輪のように金属製ではない。

ごつごつとした、まるで石の中からそのまま切り出したかのような、灰色の石製の指輪だ。

「石でできた指輪なんて」

アルマークはそっとそれを手に取る。

さすがに指をはめる内側は磨かれて滑らかになっていたが、外側は何の装飾も細工もない、ただの剥き出しの石そのものだった。

「こんなもの、マーゴットが使ってるの見たことないな」

そう独り言を言って、太陽に透かすようにかざすと、石の指輪がぶるり、と震えた。

「うわ」

思わず指輪を取り落とす。

幸い布の上に落ちたので欠けはしなかったが、別の硬い石の上にでも落ちていたらどうなったか分からなかった。

危ない危ない。

アルマークは指輪をそっと元の場所に戻した。

灰色の石の指輪。

あまりいい感じのするものではなかった。

軽業師のアイカが以前、マーゴットの魔法具は全て、彼女が弟子入りしていた魔女のところを逃げ出す時に盗んできたものだと言っていた。

魔女の弟子。

マーゴットは魔女の弟子だったのだ。

普通、魔術師にならんとするものは皆、魔術師や魔女に弟子入りして師からその魔術を学ばなければならない。

それ以外に魔法を学ぶ方法となると、南の大国ガライ王国のノルク島にある世界で唯一の魔法教育機関、ノルク魔法学院で学ぶしかない。

しかし、そこに入学を許可される子供は、毎年わずか40数人。ほとんどの人間にとってその数は、ゼロと同義だった。

ノルク魔法学院でも、こんな道具を使うのだろうか。

アルマークは、もう一度改めてその魔法具たちを見た。

魔法具と呼ぶには、あまりに原始呪術的な匂いのする道具たち。

そして、何か良くない感じのする、石の指輪。

アルマークは、自分がこれから学ぶことになるのであろう魔術の世界の一端に触れ、軽く戸惑いを覚えた。

魔術の世界は、複雑そうだ。

どうも剣のようにはいかないみたいだ。

やはり自分には合わない気がして、難しい顔で魔法具たちを眺めているところへ、マーゴットが帰ってきた。

「なあに、難しい顔をして」

マーゴットはアルマークの顔を見て笑った。

「どうしたの」

「ああ、いや」

アルマークは顔を上げて首を振る。

「大丈夫。ちゃんと見ていたよ」

「ええ。何もなくなってないみたいね」

言いながらマーゴットは持っていった二つの石をまた布の上に戻す。

「ありがとう。助かったわ」

「うん」

アルマークは立ち上がり、それからやはりどうしても気になって、マーゴットに尋ねた。

「ねえ、マーゴット。この石の指輪、初めて見たよ。何に使うんだい」

その質問にマーゴットの表情がふと曇った。

「ああ、それ」

マーゴットは少し硬い声を出した。

「それは公演では使えないやつだから」

「ふうん。じゃあ」

アルマークがなおも尋ねようとしたとき、後ろから突然抱きしめられた。

「アルマーク。あんた、こんなところにいたの」

頭の上から声がする。

「あ、アイカさん」

そういえばアルマークも今日の公演の打ち合わせをアイカとしなければならなかったのだ。魔法具に気を取られてすっかり忘れていた。

「ごめん、アイカさん」

アルマークがそう言ってアイカの腕の中で身をよじると、アイカはますます腕の力を強めてアルマークを抱きしめる。

「今日は私との演目もあるんだから、あとで来なさいって言ったの、あんた忘れてたでしょ」

「ごめん、忘れてたわけじゃないんだ。これから行こうかと」

「言い訳が下手」

アイカはアルマークの鼻を指で弾いてから、マーゴットに声を掛ける。

「マーゴット。天才少年剣士、借りていくわよ」

「どうぞ。こっちの用は済んだから」

マーゴットは布に目を落とし、手をひらひらと振る。

「ごゆっくり」

「さ、行くわよ。アルマーク」

「うん」

アイカと並んで歩きながら、アルマークはもう一度マーゴットの方を振り返った。

マーゴットは石の一つを手に取っていた。

布の端に置かれた石の指輪がもう一度震えた気がして、アルマークはまた少し不安な気持ちになった。