軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(閑話)白狼の咆哮(中編)

その夜の公演も大盛況に終わった。

アルマークは二本の剣を自在に操り、アイカの投げる果物を次々に斬り落としたあとで、アイカが頭に載せた果物を全く傷つけることなく刀身で掬ってみせた。

マーゴットもレネイの激しい踊りに合わせて光や火花を次々に飛ばし、大喝采を浴びた。

寂れた街だったが、夜の広場にはどこからこんなに集まったのかというほどの数の観衆が集まり、白狼一座の人気ぶりをアルマークも改めて実感した。

一座は街の酒場で遅い食事を終えて、馬車へと戻る。

広場への道すがら、マーゴットがアルマークの隣に並んだ。

「アルマーク、今日の私どうだった?」

マーゴットに尋ねられ、アルマークは頷く。

「すごく良かったよ。普段の、一人で魔術を使う君ももちろんいいんだけど」

アルマークは、ランプの灯りに輝くマーゴットの大きな瞳を見た。

「レネイさんの豪快なダンスが加わると、すごく新鮮だった。お客さんも今日の公演で一番沸いてたじゃないか」

「うん」

マーゴットは満足そうに頷く。

その手に、いつもの石が二つ握られていた。

「アルマークも、どんどんうまくなるね」

そう言いながら、石を手の中で弄ぶ。

「剣を二本使ったり、切るだけじゃなくて突いたり。デリがいた頃じゃ考えられない」

マーゴットはアルマークの前にこの一座にいた剣士の名前を出す。

「あの酔っ払いにはそんなことはとてもできなかったわ、あなたよりも遥かに大人なのに」

「僕は、北の人間だから」

アルマークは答えた。

「物心ついたときから、剣を握っているようなものだからね」

「生まれつきの環境のおかげ、か」

マーゴットは呟く。

「でも、それも才能の一種ね」

マーゴットの吐息。その手の中で、石がかちゃりと音を立てる。

「羨ましいわ」

「マーゴット、君だって」

アルマークはマーゴットの顔を見た。

「素晴らしい魔術師じゃないか」

しかしマーゴットは笑って首を振る。

「あなたは魔法のことを何にも知らないから、そんなことが言えるのよ」

そして、手の中の石をアルマークに見せる。

「私は、この子達の使い方を少し知っている、ただそれだけのことよ。魔術師なんかじゃない」

「でも僕にはその石から火花は出せないよ」

アルマークはマーゴットから石を一つ受け取り、手で握って力を込めてみせる。

石は、何の反応も示さない。

「ほら」

「本当の魔術師は、こんなものに頼らないのよ」

マーゴットはそう言って手を伸ばして石を奪い返すと、また笑った。

「私が弟子入りした魔女は、私のことを単なる使用人扱いしてたし、性格も捻じ曲がってたし、まあろくな女じゃなかったけど、それでもその手からランプの炎を出せた。こんな石に頼らずにね」

「それはそうかもしれないけど」

「だから、あなたを見ると、すごくいい刺激になるわ」

マーゴットはそう言って夜空を見上げる。

「あなたの剣の練習を見ていると、弟子入りしたての頃を思い出す」

マーゴットは、アルマークを見た。

「アルマーク、あなた、このままうちに」

「アルマーク!」

後ろからアイカに抱きつかれて、アルマークはマーゴットの言葉を聞き逃した。

「今日は良かったよ、アルマーク。あんたの剣さばき、惚れ惚れしちゃったわ」

「酔ってるね、アイカさん」

「酔ってるに決まってるでしょ、飲んでんだから」

アイカにきつく抱きしめられてアルマークが閉口しているうちに、マーゴットは先へ歩いて行ってしまう。

マーゴットはさっき何を言おうとしていたんだろう。

「おう、天才剣士。気をつけろよ、そいつ酔うと何するか分からねえからな」

追いついてきたレネイが、これも赤い顔で笑いながら言う。

「レネイさん、それなら助けてよ」

「断る。それも大人への一歩だ。自分で何とかしろよ」

レネイがそう言って横を通り過ぎようとするのを、アルマークが手を伸ばして捕まえる。

「待ってってば」

「おお?」

アルマークに引っ張られて、こちらもすっかり酔っていたレネイが足をふらつかせて倒れ込んできた。

既にアイカに体重を預けられていたアルマークは、とっさに大人二人は支えられず、三人で道に転がる。

「いったぁい」

アイカが地面に尻もちをついたままで声を上げ、レネイが顔をしかめて服を払う。

「いってえ。アルマーク、ちゃんと支えろよ」

「いや、それは無理だよ。こっちはアイカさんにものしかかられてたんだ」

「アルマーク、それどういう意味よ。私が重いってこと?」

三人でそんなことを言い合っていると、最後尾を歩いていたダニーが呆れた顔でその横を通り過ぎていく。

「お前ら、仲がいいのは分かるが、怪我はしないでくれよ。程々にな」

「仲がいいとか、そういうの関係ないですよ」

「座長こそ助けてよ。冷たいな」

アルマークとアイカが声を上げるが、ダニーは笑うだけで振り向きもしない。

「ったく。酔いが覚めちまうぜ」

レネイが毒づいた時だった。

道の先から、悲鳴が聞こえてきた。

長い悲鳴。それが、最後に不自然に途切れる。

「マーゴットの声だ」

レネイが顔色を変えた。

「馬車の方よ」

アイカが言ったときには、アルマークは駆け出していた。

「おい、アルマーク!」

その姿がたちまち闇の中に消える。

「……速えな、あいつ」

呆然と呟くレネイの背中を、アイカが思い切り叩いた。

「私達も行くよ!」

馬車の周りには、既に一座の裏方の男たちが集まっていた。

皆、険しい顔で馬車を遠巻きにしている。

アルマークはそのうちの一人に声をかけた。

「何があったの」

「デリの野郎だ」

裏方の男は、アルマークの前任の剣士の名前を出した。

「デリ?」

「ああ」

男は頷いて、ランプで馬車を照らす。

「あの野郎、うちの馬車に盗みに入ろうとしやがったんだ。それで、真っ先に帰ってきたマーゴットに見付かって」

馬車の陰から、大柄な赤ら顔の男が歩み出てきた。

その手に握られた剣がぶるぶると震えている。

そして左腕に抱え込むようにして捕まえているのは。

「マーゴット!」

アルマークの声に、マーゴットはデリの腕の中でもがくようにして首を向ける。

「アルマーク!」

「うるせえぞ、マーゴット!」

デリが叫んだ。

「このガキが。お前はずっと気に食わなかった」

「デリ!」

息を切らして走ってきたダニーが叫んだ。

「お前、この街にいたのか。一体何をしてるんだ」

その後ろから、レネイとアイカも追いついてきて、息を呑む。

「デリ、あの野郎」

「なんてことを」

「ダニー、お前にくびにされてから、こっちはずっと貧乏旅だ。酒を飲む金にも事欠くようになっちまった」

デリはそう言ってダニーを憎々しげに睨む。

「そうしたら、この街にお前ら白狼一座が来てるって言うじゃねえか。神の助けだと思ったぜ」

「また飲んでやがるな」

ダニーが叫ぶ。

「そういうところだ。何度言っても酒をやめられなかったお前のせいだろうが、デリ」

「うるせえ」

デリは喚く。

「俺に座長面するんじゃねえ。俺はもうお前の座員じゃねえ」

「とにかくマーゴットを離せ。バカな真似はよせ」

「バカはどっちだ」

デリは地面に唾を吐いた。

「お前らの中に俺の相手ができる奴がいるのか。とっとと道を開けろ」

「目当てはマーゴットの魔法具か」

レネイがダニーの後ろから冷たい声を出した。

「それを売って酒代にでもするつもりだったのか」

「このガキが自分の大事な宝物を馬車のどこにしまってたのか、俺には分かってたからよ」

デリはマーゴットの首筋に剣を突きつけながら、笑った。

「そうしたら、このガキ、もう帰ってきやがった。お前ら、今日はやけに早えじゃねえか。俺がいないと客が集まらねえから早仕舞か、え?」

「もうとっくに深夜だ」

ダニーが苦々しげに言う。

「時間の感覚もなくなったのか」

「飲みだしたら止まらねえからな、このおっさんは」

レネイが言う。

「大方、飲んでるうちに今が昼か夜かも分からなくなっちまったんだろうよ」

「さっきからうるせえぞ、レネイ!」

デリが叫ぶ。

「生意気な若造が。なめやがって、お前に剣を教えてやったのは誰だ」

「とりあえず、マーゴットを離しなよ」

アイカの厳しい声が、夜の空気を切り裂くように響いた。

「あんたの話は、それからじっくり聞いてやるよ」

「相変わらずいい女だな、お前は」

デリはアイカを見て、下卑た笑いを浮かべた。

「だが聞かねえよ、お前の話は。アイカ、お前は俺を騙すのが得意だからな」

ちっ、とアイカが舌打ちして苛立った表情を見せる。

アルマークはそのやり取りを冷静な目で見つめていた。

マーゴットを人質にとったデリという男。

もともとの剣の腕はそう悪くないのかもしれないが、今はかなり酔って剣先が震えている。

こうして大勢で取り囲んで説得などするまでもない。

今アルマークの手元にある公演用の装飾剣で、問題なく取り押さえられるだろう。

いったん、デリの意識をマーゴットから引き離して、その瞬間に一気に片付ける。

デリの腕の一本くらいは折れるかも知れないが、まあそれは勘弁してもらおう。

アルマークがそう決めて、腰の剣を抜こうとしたその時だった。

デリの腕の中でマーゴットが、顔を歪めて右腕を振り上げた。

「てめえ酒臭えんだよ、私に触るな!」

そう叫んだマーゴットの手にある物を見た時、アルマークの背を冷たいものが走った。

石の指輪。

「マーゴット、てめえ、ふざけた真似すると本当に」

デリが叫びかけたその瞬間。

指輪が奇怪な重低音を発した。