作品タイトル不明
魔女の涙
アルマークは剣を見つめたまま、淡々とセラハの話し相手を務める。
「アモル王と面識があるとは思わなかったぞ。魔女のお前が」
「泉のほとりで」
セラハは夢見るような口調で言った。
「私はあの方と出会った。運命だと思ったわ」
「泉?」
アルマークが怪訝そうな声を出す。
「この森に、泉など。……ああ」
アルマークは薄く笑って頷いた。
「あの沼のことか。お前がこの森を支配してから、泉は沼と成り果てたのか」
「運命の証」
セラハはアルマークの言葉に構うことなく、首から下げた細い鎖を指でつまみ上げた。
胸元から現れた鎖の輪の先には、黒く尖った石。
「黒鋭石よ」
セラハは愛おしそうに微笑む。
「二人で石を半分に欠いて分け合ったの」
「何年前の話だ」
アルマークは突き放したように言う。
「もうそのような些事、王は覚えてはいまい」
「何年前だろうと、時間なんて関係ない」
セラハは言った。
「けれど私の気持ちは気付かれなかった。私に、愛は与えられなかった」
セラハはアルマークの肩に手を置く。
「だから、王妃の笑顔は返さない」
魔女の暗い微笑み。
その言葉に、アルマークは首を傾げた。
「与えられぬ愛、か」
「なあに」
セラハが目を細める。
「言いたいことがあるみたいね」
「いや」
アルマークは剣をゆっくりと掲げる。
それに合わせて、目線も上へと上がる。
「どちらが辛いのだろうと思ってな」
アルマークは言った。
「お前の言うように、最初から愛を与えられぬことか、それとも」
アルマークの声がわずかに湿る。
「一度は与えられた幸せが奪われ、もう手に入らぬことか」
「自分のことかしら」
セラハはからかうように笑った。
「考えたところで、もうあなたの恋人は戻ってこないわ」
アルマークが剣から目を離し、セラハを見る。
「あら怒ったの? 本当のことなのに」
セラハはそう言ってアルマークから身体を離した。
「騎士はやがてここまでたどり着くでしょう。そのときはアルマーク」
「分かっている」
アルマークは再び剣を見つめた。
「殺す」
「頼りにしているわ」
霧が渦を巻き、現れたときと同じようにセラハが姿を消す。
アルマークはゆっくりと目を閉じた。
「もう手に入らぬ、か」
その言葉とともに舞台が暗転する。
セラハとアルマークの場面が終わると、暗くなった講堂に明らかにほっとした空気が流れた。
それほどまでに、この二人の場面はそれまでの物語とは異質なものだった。
その証拠に、舞台が明るくなりネルソンとノリシュがバイヤーと連れ立って姿を現すと、客席の誰からともなく大きな拍手が沸き起こったほどだ。
ネルソンは誇らしげに三本の羽根を掲げてみせた。
「アルマーク」
出番を終えて舞台袖で息をついたアルマークの肩に、セラハの手が置かれた。
「ああ、セラハ」
アルマークは振り向いて微笑む。
「お疲れ様」
「怖かった」
セラハの手が震えていた。
「え?」
驚いてアルマークはセラハの顔を見る。
セラハは目いっぱいに涙をためていた。
「アルマーク、あなた怖かったわ。すごく」
舞台ではアルマークをあしらい、からかう余裕を見せていたはずのセラハが、今は全身を小刻みに震わせていた。
「舞台では魔女だから、我慢できたけど。終わったら、あなたの目を思い出して」
「ごめん」
アルマークは謝る。
「そんなつもりはなかった」
「ううん、いいの」
セラハは首を振った。
その拍子にこぼれた涙が頬を伝う。
「おかげでいい場面になったと思う。私が想像していたよりも、ずっと」
セラハがゆっくりと肩から下ろした震える手を、アルマークは両手で包み込んだ。
「君は素晴らしかったよ、セラハ」
そう言って手に優しく力を込める。
セラハは呼吸を整えるように深く息を吐いた。
「私、レイラに負けない演技ができるかな」
「できるさ」
アルマークは頷く。
「僕が保証する」
アルマークの手の中で、セラハの手の震えが少しずつ収まっていく。
「君が立派な魔女を務められるように」
アルマークはセラハの涙で濡れた目を見た。
「まずは僕がしっかりと悪役を務めてくるよ」
「うん」
セラハは頷いた。
「私はあなたをも従える魔女」
「そうさ」
アルマークは微笑む。
「君はこの森の支配者だ」
「うん」
もう一度頷くと、セラハの手の震えが止んだ。
「見事」
ウォリスがよく通る声でネルソンたちを称えた。
「その勇気と志は真であったか。バイヤー」
「はい」
バイヤーが頷く。
「精霊王様の加護を得るに相応しい人間たちかと」
「うむ」
ウォリスはネルソンに手を伸ばした。
「精霊の羽根をこれへ」
ウォリスはネルソンが差し出した羽根を頭上にふわりと放った。
羽根はそれぞれが空中でまばゆい光を放ったかと思うと、全てが絡み合うようにして一つの大きな光となる。
「騎士よ、そなたの魂を」
ウォリスが言うと、ネルソンは迷うことなく剣を抜き放った。
高く掲げた剣に、羽根の光が吸い込まれてゆく。
幻想的な光景に客席からも感嘆のため息が漏れる。
最後に一瞬弾けるような光を放ち、精霊の羽根は消えた。
代わりにネルソンの剣の刀身には、流線型の不思議な模様が浮かび上がっていた。
「そなたの剣は精霊の加護を得た」
ウォリスは厳かに告げた。
「その剣は魔女の魔法をも切り裂くであろう」
「おお」
顔いっぱいに喜色をたたえたネルソンに、ウォリスは、だが、と付け加える。
「忘れるな。そなたの最大の武器はその剣ではなく、己の勇気だということを」
「心得たり」
ネルソンは力強く頷いた。
「さあ行こう、ノリシュ殿。魔女セラハのもとへ!」
「はい!」
ノリシュが頷く。
「乗りかかった船だからね」
バイヤーが二人の前に立った。
「うまいものもたらふく食わせてもらったし、途中まではおいらが案内してやるよ」
反対の舞台袖にウェンディがそっと立ったのを見て、アルマークは目を伏せた。
始まる。
そう考えると、胸がうずくように痛む。
一度は与えられた幸せが奪われ、もう二度と。
先ほどセラハに言った台詞が蘇る。
呪われた剣士アルマークよ。
アルマークは自分の作り上げた役柄にそっと話しかけた。
僕に答えを教えてくれ。
君を演じきることで、きっと僕にも何かが見える気がする。