作品タイトル不明
魔女と剣士
セラハは、アルマークの周りの地面を見て、薄く笑う。
「また可哀想な小鬼たちを苛めていたの」
それから、何も答えないアルマークの顔を覗き込むようにして囁く。
「それであなたの気が紛れるのなら、それに越したことはないのだけれど」
アルマークは感情のこもらない目で、自らもぐるりと周りを見回す。
「小鬼など」
低い声だった。
「いくつ斬っても何の慰みにもならぬ」
ふふ、とセラハは笑う。
「それならどうして斬るの」
「食えるものと食えぬものの区別もつかぬ連中よ」
アルマークは答えた。
「斬りたくて斬っているわけではない」
「あなたのせいよ」
セラハは笑ってアルマークに背を向けた。
霧と戯れるようにゆっくりと森を歩きながら、歌うように言う。
「あなたが本当のあなたでいれば、小鬼たちが寄ってくるわけがないのだから。小鬼が来るのは、死んだふりをしているあなたのせい」
その背中を暗い瞳でじっと見つめ、やがてアルマークは再びうなだれるように頭を垂れた。
「何の用だ」
アルマークは尋ねる。
「お前がここに来るときは、俺が誰かを殺さねばならぬときだ。そうだろう、魔女よ」
セラハは振り向いて小首をかしげる。
「そうだったかしら」
「言え」
アルマークは面倒そうに言った。
「お前が殺せと命じた者を、それが誰であれ俺は殺す。そういう契約だろう」
「物分りのいい人」
セラハは微笑むと、アルマークに歩み寄る。
「私を倒すと息巻いている、時代がかった男が一人、森に入ったの」
「剣士か」
アルマークは億劫そうに尋ねた。
「それとも魔術師か」
「騎士よ」
「騎士だと」
アルマークは顔を上げた。
「騎士だと」
もう一度繰り返し、口元を歪める。
その表情は笑っているようでもあり、泣いているようでもあり。
「お前を倒しに来るのは、お前に恨みを抱えた魔術師か、お前の美貌や財宝に目がくらんだ剣士ばかりだ。騎士だと。そんなものが来るわけがない」
「いいえ、来るわ」
セラハは言った。
「私はずっと、いつ来るのかと思っていた。むしろ遅いくらい」
アルマークはセラハを見た。
それから、緩慢な動作で剣を拾う。
それをゆっくりと大上段に振りかぶると、一気に振り下ろした。
観客が息を呑む。
講堂全体に、鋭い風切り音が響き渡った。
「その話に興味はない」
アルマークは言った。
「だがお前は話したいようだな」
セラハが目を細める。
「聞いてくれるのかしら」
「話せ」
アルマークは剣を見つめたままで言った。
「木に向かって話すのとさして変わらぬがな」
「優しいわね」
セラハはどこか甘えるような口調で言った。
「アルマーク。私の剣士」
「いい演技だな」
汗を拭き、コップの水を一息に飲み干すと、ネルソンは言った。
「今日のアルマークはすげえぞ」
出ずっぱりの演技の後の、ごく短い休憩時間。
すぐにまた出番の待っているネルソンとノリシュは、舞台袖で並んで腰を下ろして水を飲んでいた。
「アルマークもすごいけど、それに応じるセラハもすごいわ」
ノリシュがそう呟く。
「悪役二人、力入りすぎじゃない?」
その傍らでネルソン以上に汗びっしょりのモーゲンが頷いた。
「確かに演技ではあるけど」
舞台のアルマークの冷たい迫力に首を振る。
「あのアルマークは、実戦のときのアルマークだね」
そう言ってネルソンを憐れむように見た。
「頑張ってね、ネルソン。僕はあのアルマークと剣で切り結ぶなんて絶対にごめんだな」
「これは劇だぜ。殺されるわけでもねえだろ」
ネルソンは笑って答えたあとで、アルマークを見てふと真顔になる。
「でも、少し殺されそうな気もするな」
「大丈夫よ」
ノリシュがゆっくりと水を飲みながら言う。
「あなたが騎士であり続けるなら、アルマークには負けない」
「おう」
ネルソンはにこりと微笑む。
「ありがとよ、ノリシュ。やっとお前も分かってきたな」
「ばか」
ノリシュが顔をしかめる。
「私が言いたいのは、あんたがいつものネルソンだったら、今のアルマークにはあっという間に殺されちゃうってことよ。それこそ、劇だろうがなんだろうが関係なくね」
「否定はしねえ」
ネルソンは神妙に頷いた。
「今日のアルマークは、それくらいすげえ。だからノリシュ」
そう言って、普段は見せたこともないような真剣な目をノリシュに向ける。
「お前は俺を騎士だと信じろ。この劇の間中、ずっとだ」
「そんなこと」
ノリシュはネルソンから顔を背けるようにしてコップを呷った。
「あんたにいまさら言われるまでもない」
「奪っただと」
アルマークは眉をひそめた。
「王妃の笑顔を」
深い息を吐いて、首を振る。
「欲深いな」
「欲深い?」
セラハが聞き咎める。
「アルマーク。せっかく話したのだから、あなたの意見が聞きたいわね。私のどこが欲深いのかしら」
その言葉に、迫力がこもる。
いい加減な答えを許さない、冷酷な魔女の刺すような視線。
だが、アルマークの表情は変わらなかった。
「美貌を妬んだのだろう」
剣を見つめたまま、こともなげにアルマークは言った。
「お前はお前で十分美しいのに。それでは満足できなかった。女とは、欲深いものだな」
その言葉にセラハの表情が緩む。
「あなたのその媚びないところが本当に好き」
アルマークが不快そうに顔をしかめるが、セラハは楽しそうに続けた。
「でも、あなたもやっぱり男ね」
言葉がからかうような調子を帯びる。
「女の気持ちが分からない」
アルマークは興味なさげに、それでも義理で尋ね返す。
「違うのか」
「違うわ」
セラハは頷く。
「あの女は」
そう口にしたときだけ、その言葉に感情がこもった。
「あの方にはふさわしくない」
「あの方? 誰だ」
アルマークがまた興味もなさげに尋ねる。
「決まってるでしょう」
セラハはうっとりとした口調で答えた。
「アモル王よ」