作品タイトル不明
呪われた剣士
「おい、すげえな」
観客席で窮屈そうに長い足を折り曲げて、足を組んで座っていたコルエンがきちんと座り直して身を乗り出した。
「ウェンディってあんなにきれいだったのか。俺としたことが完全に見誤ってたぞ」
そう言って前の席に座るエストンの背中をつつく。
「お前がウェンディのことがいいとか言ってたときは、ふーん、ああいうのが好きなのか、どうせ大貴族だからだろ、とか思ってたけどよ。エストン、お前って実は女を見る目があるんだな。見直したぜ」
「おい、貴様ふざけるな」
エストンが顔を真っ赤にして振り返る。
「そういうことを、こんな大勢がいる中で貴様のばかでかい声で言ったらどうなるか分からないのか。どういう神経をしているんだ」
その反応に、コルエンが、くくく、と笑う。
「いいじゃねえか。減るもんでもねえだろう」
「貴族の名誉は磨り減るんだ。覚えておけ」
噛み付くようにそう言って、エストンは前に向き直る。
「あー、おもしれえ」
コルエンはもう一度肩を揺らしてから、隣のポロイスを肘でつつく。
「な、ポロイスもそう思うだろ」
「確かに独特の雰囲気はあったな」
ポロイスは答える。
「だがウェンディの顔が整っているのは前からだろう」
「そういうことじゃねえんだけどな」
コルエンは首を捻る。
「それにしても2組は可愛い女が多くていいよな。レイラにウェンディ、ノリシュか。魔女役の子も悪くなかったな。なんて言ったっけ」
「セラハ、と言っていたな」
ポロイスが答える。
「それはそうと、そろそろ黙れ、コルエン。劇が再開するぞ」
しかしコルエンはポロイスの注意もどこ吹く風だ。
「アルマークはレイラとだめになったって、アルマークが自分で言ってたっけか。俺、ウェンディにいってみようかな」
「君はつい先日、そのアルマークに、他の女子がいいとか言っていなかったか。リルティとかなんとかという子」
ポロイスが呆れたように囁くが、コルエンはにやりと笑って肩をすくめる。
「確かにリルティも今日はお姫様役でかわいいよな。別に俺が女子を何人好きになろうが、それこそ減るもんでもねえだろ」
ポロイスはそれに答える代わりに無言で首を振った。
コルエンは楽しそうに再び足を組む。
「ウェンディの次の出番が待ち遠しいぜ」
「分かった、分かったよ」
バイヤーが降参するように両手を挙げた。
「精霊の羽根の場所を教えるから、もう森の味覚は勘弁してくれ」
「まだ食べて欲しいものがあったのにな」
モーゲンが名残惜しそうな顔を見せるが、ネルソンはその肩を叩く。
「いや、モーゲン殿、かたじけない。これで羽根を探しに行ける」
「そうかい? 役に立ったならよかった」
モーゲンはそう言ってにこりと笑う。
「それじゃあ、俺はこれで」
モーゲンが一行と別れて舞台を去るとき、また客席の下級生の女子たちが声を揃えて、モーゲぇン、と声援を送った。
満面の笑顔でそちらに手を振ってから、モーゲンが退場する。
「さあ、それじゃあ行くよ。遅れないでついておいで」
バイヤーがそう言ってネルソンとノリシュを見る。
そこからは、演出のレイラの独壇場だった。
舞台に切り立った崖を出現させたり、深い沼を出現させたり。
クラスの大半の人数を結集した1組の背景に比べれば細部に粗さはあったが、ネルソンたちがそこで演技をするには十分すぎる背景だった。
ネルソンとノリシュはそれぞれの場面で、力を合わせて精霊の羽根を集めていく。
二人を翻弄する風や泥流も、レイラが手際よく再現した。
三本目の精霊の羽根を取るためにネルソンが高い木に上り、枝に引っ掛かっていた羽根にその指先が届いてノリシュが歓声をあげたところで、舞台は暗転する。
演出を終えたレイラが、さすがに少し疲れた様子で息を吐いた。
そこに舞台裏からアルマークがふらりと出てきた。
その気配に振り返ったレイラが、一瞬戸惑ったように目を見開く。
「演出お疲れ様、レイラ」
アルマークが言うと、レイラは小さく首を振った。
「もう別人ね」
アルマークが無言で首を傾げると、レイラは頷いた。
「やっぱり本番のあなたはすごいわね。知っていたけれど」
それに答えず、アルマークは微かに笑みを浮かべた。
「行ってくるよ」
アルマークは、暗い舞台に歩を進めた。
舞台の照明が灯ると、森の中だった。
さっきまでと違い、薄い霧に包まれていて、どこか薄暗い。
舞台の中央で、汚れたローブに身を包んだ男が一人、地面にあぐらをかいて座り込んでいた。
深くうなだれ、その顔はまるで見えない。
男の傍らには、抜き身の剣が一本。
うなだれたままじっと動かないその男の周りに、不意に影が湧いた。
ネルソンが戦ったのと同じ、小鬼の影が、全部で3体。
ちょこちょこと跳ねながら、男の方に少しずつ近付いていく。
だが、男は何の反応も示さない。
眠っているかのようなその様子に、客席が少しざわめく。
包囲の輪を狭めていた小鬼の一体が、突如男に飛びかかった。
その瞬間、男が傍らの剣を一閃した。
うなだれたままで、顔を上げることもなく。
目にも止まらぬ速度だった。
一瞬遅れて、斬られた影が消え去る。
残りの二体が同時に左右から飛びかかった。
剣が再び閃く。
その太刀筋の鋭さは、ネルソンの比ではない。
二体の影が消え去ると、さらにもう一体、突如湧き出した影が男を襲ったが、これもまるで知っていたかのような正確な一撃に斬り裂かれた。
練習ではいつも影は三体だけだった。最後の影は、演出担当のトルクの嫌がらせに近い悪戯だったが、顔も上げることなく斬り捨てられた。
トルクは顔を歪めて舌打ちする。
影の気配が完全に消えると、ようやく男がゆっくりと顔を上げた。
やつれた顔。
暗い瞳。
ゆっくりと吐く息が、まるで冷たい氷の粒のように見えた。
「おい、あれアルマークだぞ」
「アルマーク? いつもとまるで様子が」
生徒席でざわめきが広がる。
アルマークがその暗い目を客席に向けた。
それだけで、講堂の気温が下がったように感じられた。
とても演技には見えない、暗くすさんだ瞳。
モーゲンとバイヤーの掛け合いで作られた明るい雰囲気や、ネルソンとノリシュが力を合わせてお互いを認め合うことで生まれた暖かい雰囲気。
さっきまで講堂を包んでいたその空気が、アルマークの発するあまりにも冷え冷えとした気配でいっぺんに吹き飛んだ。
はるか北から吹き付ける情け容赦のない風のようだった。
客席で誰かがごくりと唾を飲み込む。
アインもコルエンも、魅入られたようにアルマークを見ていた。
「私の知ってるアルマークじゃないみたい」
フィタが両手で自分の肩を抱いてそう囁いた。
「なんだか怖い」
その隣に座っていたラドマールは、ふん、と鼻を鳴らした。
あの目を、僕は知っている。
自分の首筋に長剣を叩きつけてきたときのアルマークの目を思い出して、ラドマールは軽く身震いした。
僕が見たあいつの目は、あんなものじゃなかった。
もっと深く、もっと暗く、そしてもっと悲しそうだった。
からん、と乾いた音がして、観客たちは我に返った。
アルマークがつまらなそうに剣を投げ出した音だった。
アルマークはまだ一言も喋らない。
その傍らで、霧が渦を巻いた。
黒いドレスの魔女が姿を現す。
「退屈そうね、アルマーク。私の剣士」
その言葉に、アルマークはじろりとセラハの顔を見たが、何も答えず、深く長い息を吐いた。