軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

迷惑

「センネンダケの焼いたのだって? 精霊さん、あんた今そう言ったかね」

モーゲンの不気味な笑みに、バイヤーが怯んだ顔を見せる。

「な、なんだよ、お前。何か文句あるのか」

「文句? あるわけないだろう」

モーゲンは不気味な笑顔のままで言う。

「あんた、精霊のくせに分かってるね」

そう言いながら猛然と戻ってくると、バイヤーの肩をばしばしと叩く。

「いて! おい、やめろ」

バイヤーは嫌そうな顔をしてモーゲンを引き離す。

「なんだ、お前は。おいらをなんだと思ってるんだ」

「あんたの言うとおり、確かに今はセンネンダケが旬だ」

モーゲンはバイヤーの言葉を全く気にせず、力強くそう言って頷く。

「普通の素人なら、この季節はモトフクダケとかキリバヒラキとか言うもんだ。それをセンネンダケとは」

感心したようにうなると、ネルソンたちを見る。

「センネンダケの生えてる場所なら任せてくれ。さあ行こう、俺が案内するよ。ああ、腹が鳴るなあ」

お腹をぽん、と叩くと先頭に立って歩き出す。

「腹が鳴るのか? 腕じゃなくてか」

首を傾げながらネルソンとノリシュも後に続く。

「お、おいらは腹ペコなんだからな!」

バイヤーがその背中に叫ぶ。

「さっさと持ってこいよ!」

「順調ね」

そろそろ舞台裏に引っこもうかと思っていたアルマークは、隣から冷静な声で話しかけられた。

「ああ、レイラ」

アルマークは微笑む。

「うん。みんなすごくいい演技だよ。お客さんの反応もいい」

そう言ってから、ふと思い出す。

「そうか。バイヤーの場面はレイラが演出の担当だったね」

「ええ」

レイラは頷く。

「バイヤーは君の演出をすっかり頼りにしていたよ。台詞を間違えさえしなければ大丈夫だって」

アルマークの言葉にレイラは首を傾げる。

「私は自分のやることをやるだけだから、そんなに頼られても困るけど」

それから、アルマークをちらりと見る。

「あなたはまだこんなところにいてもいいの? ウェンディは舞台裏で集中していたわよ」

「そうか。ウェンディが舞台裏から出てきたら僕も引っこもうかな」

アルマークは答える。

もう二人とも劇の役になりきる時間だ。

アルマークは、ウェンディと舞台裏や袖で普通に言葉を交わしたあとでは、呪われた剣士の役になりきれる自信がなかった。

「ウェンディとは、劇が終わるまでは舞台で会うだけにするよ」

「そう」

レイラは頷く。

「それであなた達の演技の質が高まるのなら、そうすればいいわ」

そう言って杖を手の中でくるりと回す。

「う、うまーい!」

舞台からバイヤーの大きな声が響く。

「当たり前だろう、旬のセンネンダケを採りたてですぐに炙ってるんだ。最高に決まってる」

モーゲンが得意そうに言う。

「さあ、羽根のところへ騎士さんたちを案内してやりな」

「まだこれじゃ足りない」

バイヤーが挑むように首を振る。

「今はノビヅルとマルヒシエガイも旬なんだ。それだって食べたいぞ」

「そんならクリイサリの実だってエブミだって旬だろうが」

モーゲンは即座にそう言い返すと、バイヤーの腕をぐいと掴む。

「仕方ねえ。みんなまとめて食わせてやっからお前も一緒に来な」

「ま、待て。おいらは」

バイヤーがうろたえながらも強引にずるずると引きずられていく。

「さあ、そろそろ私の出番だわ」

そう言ってレイラが杖を構えた。

「うん」

頷いたアルマークの目に、反対の舞台袖に現れたウェンディの姿が映った。

真っ白な顔で、重く沈んだ表情をしている。

もうすぐウェンディの登場シーンだ。

「君の演出も見たかったけれど、そろそろ行くよ」

「ウェンディが来たものね」

レイラは頷く。

「行ってらっしゃい。つぎに会うときはもう別のあなたね」

「そうなってるといいけどね。みんなほどうまく役に入れるか分からないけど」

アルマークは苦笑いして頷く。

「また後で」

そう言って、舞台袖を後にする。

「ほら、これだよ!」

「う、うまい!」

舞台から聞こえてくるモーゲンとバイヤーの実に楽しげな声を背に、舞台裏に入る。

舞台裏にはもうほとんど人は残っていなかった。

みんなそれぞれ自分の役や演出に忙しいのだ。

ちょうど次の演出を担当するリルティがウォリスと一緒に出ていくところで、舞台裏に残ったのは黒いドレスのセラハだけだった。

「セラハ。次の場面、よろしく頼むよ」

「ええ」

セラハは微笑む。

「直前で急に変えちゃってごめんね。でも、台詞間違えないでね」

「うん」

アルマークはもう一度頭の中で台詞を反芻してから、壁にもたれて目を閉じる。

呪われた剣士。

アルマークが自分の経験からイメージしたのは、目的を失った傭兵だ。

戦う意味を失い、それでも惰性で戦場に出て、剣を振るう傭兵。

「金が欲しい。女を抱きてえ。強くなりてえ。舐められたくねえ。なんだっていいんだ、戦う目的なんざ」

父の言葉を思い出す。

黒狼騎兵団に新しく加入した新顔の傭兵たちを前に、そう言っていた。

「だが、それが何にもなくなっちまったらもう傭兵稼業はおしまいだ。生き残れた幸運に感謝して、戦場から離れて他の道を探しな」

それから、肩をすくめてもの問いたげな傭兵たちにこう付け加えた。

「迷惑なんだよ、そういうのが戦場にいると。そんなつまらねえやつを斬る相手の身にもなれ」

父の言った、迷惑な存在。

それが、アルマークのイメージする呪われた剣士の姿だ。

戦う目的を失い、呪いによってそれでも戦うことをやめられない憐れな剣士。

剣だけはめっぽう強いが、相手を斬ることに何の感情もない。むしろいつ斬られてもいいとさえ思っている。

だが、セラハの呪いが負けることを許さない。

アルマークは自分の中でイメージを膨らませていく。

この役は、北寄りだ。

ちょうど昨日、ライヌルの闇に屈しかけたとき、歴戦の傭兵たちの心をなぞったように。

今また、虚無を抱く傭兵の心をなぞっていく。

舞台上。

満腹でもう満足だというバイヤーを無理やり引っ張って、モーゲンがどうしても食わせたいからと、うまい木の実のなるツミビカズラの木へと連れて行く。

「いやー、あんたみたいに味の分かる精霊さんは初めてだ。これだけは食ってもらわんと!」

「ちょ、ちょっと待って。うぷ。おいらはもう」

そう言って口を押さえるバイヤーの腹が、まるで妊婦のようにぱんぱんに膨らんでいる。

それもレイラの魔法による演出だが、森の味覚を味わうごとにつやつやと輝き出すモーゲンの顔もレイラのおまけの演出だ。

「ほら、こっちだよ、精霊さん!」

「いや、本当に、あの」

バイヤーが手を引かれるままによろよろと歩く。

その様子に客席が沸く。

二人の後ろを苦笑いしながらついていくネルソンとノリシュは、背景の木の陰に、白い服が揺れるのを見付けて足を止めた。

「む、白い服……女か」

ネルソンがそう言って腰の剣に手を掛ける。

「もしや魔女か」

「え?」

モーゲンも足を止める。

「魔女だって?」

四人の見つめる中、木の陰から姿を現したのは、悲しそうに目を伏せた、ひどく顔色の悪い女だった。

質素な白いワンピースに裸足。装飾といえば髪に留められた銀の髪飾りだけ。

だが、そのまるで幻のような儚さと美しさ。

観客たちが息を呑んだ。

舞台の雰囲気が一瞬で変わる。

何の演出もない。

ウェンディが、ゆっくりと無言で木々の間を歩く。

たったそれだけのことで、観客全員が、まるで時が止まったかのようにウェンディに目を奪われていた。

憂いを帯びた長い睫毛が揺れる。

舞台上のモーゲンもノリシュもバイヤーも、一瞬、劇であることを忘れたかのようにウェンディに見とれていた。

「バイヤー殿、あれは魔女か」

ネルソンが鋭い声を発した。

さすがにただ一人古代の騎士だけは、ウェンディの現実離れした美しさにも自らの役目を見失わなかった。

はっと我に返ったバイヤーが慌てて首を振る。

「ち、違うよ。魔女はあんな白い服は着ない」

「それでは、あれは」

「あっ、消える!」

ノリシュが声を上げる。

ウェンディは悲しそうな表情でしばらく舞台上を歩いた後、足から徐々に薄くなり、じきに姿を消した。

「魔物か、亡霊のたぐいか」

ネルソンの言葉に、呆然としていたモーゲンが首を振る。

「いや。あんなきれいな魔物はいねえよ、騎士さん」