軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

目的

「久しぶりだね、アルマーク君。私の名前を覚えていてくれて嬉しいよ」

ライヌルがそう言いながら、柔和な笑顔でゆっくりと歩み寄ってくる。

「その後、元気だったかね」

「……誰?」

ウェンディがアルマークにそっと囁く。

「ライヌルさん……っていう、ガライ王国の宮廷魔術師」

「ガライの」

アルマークの答えにウェンディは目を見開いた。

「そんな人がどうしてここに」

「分からないけど」

アルマークは早口でウェンディにだけ聞こえるように囁いた。

「僕の右手に呪いをかけた人かもしれない」

「え?」

ウェンディが眉をひそめる。

「それってどういう」

しかしそれ以上はウェンディも尋ねられなかった。

ライヌルがもう間近まで迫っていたからだ。

「二人とも、仲がいいのはいいことだ」

ライヌルは笑顔で嬉しそうに頷く。

「お嬢さん、あなたのことも存じていますよ。バーハーブ家のウェンディお嬢様」

「え、あ……」

ウェンディが戸惑った顔をする。

二人は岩から立ち上がり、とりあえず軽く会釈をして少し距離を取る。

ライヌルはそんな二人の反応に構わず、ローブからいそいそと何かを取り出す。

とっさにウェンディを庇おうとしたアルマークの目に飛び込んできたのは、露店で売られている棒付きの飴細工だった。

「さっき露店で買ったんだよ。一緒に食べようじゃないか」

にこにこして、飴を差し出してくる。

「ウェンディお嬢様は女の子だから、この人魚の形はどうですか。アルマーク君には、この星型のかっこいいやつを」

そう言って二人に強引に飴を押し付けてくる。

「私は学生の頃からこの魔術祭が大好きでね。特に露店がいい。普段食べられないものを色々と食べられる」

ライヌルは言いながら、嬉しそうにもう一つ飴を取り出す。

「私はこの鷲の形の飴を」

それはひるがえる羽までが丁寧に表現された精緻な作りの飴だった。

アルマークに渡した単なる星の形のものとは、まるで作り込みが違う。

アルマークの視線に気付いたのか、ライヌルは少し気まずそうに咳払いをする。

「実は昔から鷲が好きでね。かっこいいじゃないか、美しい孤高の鳥で。確かに君たちのものとはだいぶ値段が違うが、そこは勘弁してもらえないか。食べてしまえば一緒なんだから大目に見てもらえると助かるな」

アルマークとウェンディは顔を見合わせた。

以前に会ったときもそうだったが、この人はあまり悪そうな人には見えない。

アルマークの長い旅で培った勘も、あまり警鐘を鳴らそうとしないのだ。

しかし、状況から見てアルマークの右手に呪いをかけたのはこの人である可能性が高かった。油断は決してできない。

アルマークとウェンディが、渡された飴に一向に手をつけないのを見て、もう子供のように鷲の飴を舐め始めていたライヌルは、不思議そうに二人を見る。

「食べないのかい。もしかして、飴はお嫌いかな」

「いえ」

アルマークは首を振って、飴をライヌルに差し出す。

「でも、いただく理由がありません」

「理由か」

ライヌルは飴を舐めながら微笑む。

「かつてこの学院に身を置いた者として、また魔術実践の担当教師の元同級生として、その教え子にプレゼント、というのではダメかね」

「えっ」

ウェンディがアルマークのローブを引っ張る。

「この人ってイルミス先生の」

「うん。同級生だったって先生も言ってた」

アルマークは頷く。

「イルミスは変わらず元気かな」

ライヌルの言葉に、アルマークが厳しい目線を返す。

「気になるならご自分で会いに行けばいいじゃないですか。同級生なんですよね」

「ふむ。道理だね」

ライヌルは笑顔で頷く。

「確かに私も会いに行きたいとは思っているのだがね。今は別にやらなければならないことがあってね」

言いながら、ライヌルは二人の顔を見る。

「それで、君たちに会いに来た」

「それはおかしいです」

ウェンディが声を上げた。

「母校に久しぶりに帰ってきたのに。同級生との再会よりも先にやることがあるって、それが私達と飴を食べることなんですか。その時間があればいくらでも会えるじゃないですか」

「賢いお嬢さんだ」

ライヌルは頷く。

「やはりバーハーブ家の血筋だね」

アルマークは、ウェンディの分と二つ、飴をライヌルに押し返す。

「とにかく、要りません」

「本当に要らないのかい」

ライヌルは少し悲しそうな顔をして飴を受け取る。

「そうか。まあ、要らないというものを、無理に押し付けるわけにもいかない」

そう言って、二人の飴を大事そうに包み紙にくるみ直してローブの袖に放り込む。

「それでは私だけで少し食べさせてもらうよ」

岩に寄りかかって改めて飴を舐め始めたライヌルに、アルマークが硬い声で尋ねる。

「僕たちに何の用ですか」

「ん?」

ライヌルが飴を咥えたままでアルマークを見る。

「何か用があって来たんでしょう。僕の、この」

そう言って、右手をライヌルに示す。

「右手の中の蛇のこととか」

「ああ」

ライヌルはこともなげに頷いた。

「あの蛇どものことか。どうかね、元気でやっているかね」

「やっぱりあなたが」

アルマークはウェンディを庇いながら距離を取る。

「どういうつもりですか。一体、何の目的で」

「どうもこうも」

ライヌルは柔和な表情のままで淡々と言う。

「むしろ感謝してほしいものだね。君がマルスの杖の所有者にふさわしい実力を早く手に入れられるよう、訓練を施してあげているのだから」

「なっ」

絶句するアルマークの右手が、突如内部からざわりと動いた。

「おお」

ライヌルが意外そうな声を上げる。

「本当にもうあと一匹だけか。にわかには信じられなかったが。素晴らしい。いいじゃないか、思った以上のペースだ」

「ふざけるな」

アルマークはライヌルの言葉を遮った。

震える右手に、マルスの杖を握りしめる。

「何が素晴らしいだ。この呪いのせいで、みんなが危険な目にあったっていうのに」

「危険な目?」

ライヌルが不思議そうな顔をする。

「大いに結構じゃないか。命の危険ほど魔術師を短時間で成長させてくれるものはないよ」

そう言って、またにこりと笑う。

「君だってそうだろう、アルマーク君。私のこの“蛇の試練”のおかげで随分と成長できただろう?」

「屁理屈を」

アルマークは首を振った。

ライヌルの言葉にいくばくかの真実があったように思えて、慌ててそれを打ち消すように言葉をつなぐ。

「それで最後の試練にあなた自らがお出ましというわけか」

アルマークは鋭い目でライヌルを見据えた。

「あなたが、最後の蛇なんだな」

「違うね。申し訳ないが」

ライヌルはあくまで穏やかに首を振る。

「私の目的は、そんなことではないよ」

ライヌルはアルマークの背後に立つウェンディに目をやる。

「今日はウェンディお嬢様の“門”が、どれくらい開いているのかを確かめに来たんだ。それが一つ目の目的さ」

「門?」

言葉の意味が分からないながらも、ウェンディが何か悪い予感を感じてあとずさる。

「やめろ」

アルマークがマルスの杖をかざしてライヌルの前に立ちふさがる。

「ウェンディに手を出すな」

そう言いながら、杖に魔力を込める。

マルスの杖の内部に、膨大な魔力が渦巻く。

「ほう」

相変わらず岩に寄りかかったまま、ライヌルが目を見開く。

「僅かな期間で大したものだ。だが、アルマーク君」

ライヌルはまるで憐れむかのようにアルマークを見た。

「君はその手の中のマルスの杖とやらが、本当は何なのか知っているのかね」

何も答えないアルマークに、ライヌルは頷く。

「そうだろう。知っていればその子の前で無邪気にそれを振り回せるはずもないのだから」

「何を」

「学院長先生から何も聞かされていないのかね」

ライヌルはそう言ってため息をついた。

「かわいそうに。あいも変わらず残酷なお方だな、学院長先生は。君はマルスの杖を、ただの強力な杖だとでも思っているのだろう?」

無知な子供に同情するかのような目。

思わず魅入られたようにアルマークが動きを止める。

「今日のもう一つの目的はそれだ。アルマーク君。君に、マルスの杖の本当の力を教えに来た」

いや、とライヌルは自分の言葉に首を振る。

「そもそも杖などではない。それに、闇を示す冠詞の“マ”などを後から付け足したものだから、かえって分かりづらくなっている」

ライヌルはうつむいて独り言のように呟き、考えこむ素振りを見せてから、やがて納得したように顔を上げた。

「うん、そうだな。こう言おう。いいかね、アルマーク君」

ライヌルはまるで講義でもするかのように、アルマークに厳かに語りかけた。

「君の持つそれは」

そう言って、アルマークの持つマルスの杖を指差す。

「古代、アルスと呼ばれていた」

アルス。

その響きを聞いたとき、アルマークの中で何かがざわりと動いた。