軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

待ち合わせ

劇を終えた一組の生徒たちがわいわいと大騒ぎしながら舞台裏から出てくる。

みんなしっかりとやりきったという達成感があるのだろう。

笑顔でお互いに肩を叩きあっている。

フィッケなどは客席の前で大きくトンボを切ってまた喝采を浴びていた。

もっともそのすぐ後に、エメリアから、調子に乗るなとばかりに尻を蹴られていたが。

みんなからかなり遅れて一番最後に出てきたアインに、アルマークは声をかけた。

「お疲れ様、アイン。すごかったよ」

「ああ、君か」

アインは微笑んだ。

笑顔は見せているが、汗びっしょりで、ひどく顔色が悪い。

「ずいぶん疲れてるみたいだね」

「まあね」

満足して一般の観客たちが帰ったあとの空席に、アインは大儀そうに腰掛けた。

「演技と演出で休みなしだったからな。息をつく暇もなかった」

「すごい演出だったね」

「そうだろう」

それでもアインらしく、にやりと不敵に笑う。

「演出、脚本ともに僕だからな。すごくないわけがない」

「全部君がやったのか」

「筋書きはね」

アインは頷いた。

「結果的には、それをきちんと実行してくれたうちの連中のおかげだ」

そう言って肩をすくめる。

「うまくいけば彼らのおかげさ。ダメだったら僕が責任を取るがね」

「さすがだね」

図書館でフィッケが倒れた事件の時のアインの言葉を思い出して、アルマークは頷く。

僕の言葉には責任が伴う。

アインの言うとおりにすれば大丈夫だ、とクラス全員に確信させる力。

自分のやりたいようにやっているようでいて、同時にそれは、失敗したときの責任を全て一人で負う覚悟をすることでもある。

「アイン」

いつの間にか1組の女子が一人、水の入ったコップを持って立っていた。

「お疲れ様」

そう言ってアインにコップを差し出す。

「ああ、チェルシャ。ありがとう。君も大変だった」

アインは微笑んで受け取ると、うまそうに喉を鳴らして水を飲み干す。

「うまい」

そう言ってコップを女生徒に返してから、ふとアルマークをからかうような目で見た。

「フィッケの演技は良かっただろう」

「ああ」

アルマークは頷く。

「良かったよ。それに、ずっと出っぱなしで台詞もたくさんあった。よく覚えたね、あのフィッケがあんなにたくさんの台詞を」

それを聞いてアインとチェルシャが顔を見合わせて笑う。

「その立役者が、このチェルシャなんだ」

「え?」

アルマークは初対面のおとなしそうな少女の顔を見る。

この子は劇には出ていなかったはずだ。

「彼女が?」

「ああ」

アインは楽しそうに頷いて、チェルシャを振り返る。

「チェルシャ、君も疲れているだろうが、アルマークにも聞かせてやってくれないか」

チェルシャは頷いて、アルマークに微笑みかける。

「今日はありがとな、アルマーク。俺の演技、良かっただろ?」

「えっ」

アルマークは目を見張る。

その声がフィッケと瓜二つだったからだ。

「驚いたろう」

アインが笑う。

「魔法でフィッケと同じ声を出してるんだ」

「本物のフィッケがいるのにかい」

「最初はこんなことをするつもりはなかったんだが、フィッケのセリフ覚えがあまりにも悪くてね。仕方ないので、最初と最後の村のシーン以外は、全部チェルシャに吹き替えてもらった」

「そうだったのか」

アルマークは驚く。

ラープスやムルカとの軽妙なやり取りはごく自然に行われているように見えて、フィッケにはこんな才能があったのかと感心したのだが。

「あいつはバカだから言葉は覚えられないが、動きなら覚えることができるからな。それに合わせてチェルシャに台詞を言ってもらった。だからところどころで口と言葉が少しずれていただろ?」

そう言われてみれば、確かにフィッケの口の動きと言葉にずれがあるように感じたこともあった。だが、音響の演出のせいだろうと思っていた。

そう伝えると、アインは笑顔で頷く。

「そうか。君を騙せたのなら、まあ他の連中も大丈夫だろう」

「いろいろと工夫していたんだね」

「それはそうさ。今年は僕たち1組は武術大会で一敗地に塗れているからな。できることは何でもやるさ」

アインは冗談めかして笑う。

「昼はああ言ったが、君たちの劇も楽しみにしているぞ。しっかりと見せてもらう」

アインは、君もそうだろう、とチェルシャを振り返り、チェルシャも頷く。

「ええ。2組の劇を見るの、楽しみだわ」

その声はもう普通の女の子の声だ。

「頑張ってね」

「頑張りたまえ」

「ありがとう」

アルマークは二人に頭を下げた。

約束の時間が迫っていた。

アルマークは、講堂や校舎の周りの喧騒から一人離れ、森への道を急いだ。

徐々に賑やかな音が遠ざかり、やがて、約束の場所が見えてきた。

アルマークが夏の休暇の間瞑想に使っていた岩。

そこにはまだウェンディの姿はなかった。

ほっとして、岩に腰掛ける。

早くも薄暗くなりかけた初冬の空を見上げて、気持ちを落ち着ける。

「アルマーク」

ウェンディの声がして、アルマークは驚いて前に向き直った。

少し気まずそうに、ウェンディが立っていた。

「びっくりした。早かったね」

「来る途中であなたの背中が見えたから、追いつこうと思えば追いつけたんだけど」

ウェンディは恥ずかしそうに言う。

「待ち合わせはここだから、ここでちゃんと会おうと思ってわざと追いつかなかったの」

「うん」

アルマークは頷く。

「気を使ってくれてありがとう。途中で声をかけられたら、僕もどうしていいか分からなくなったかもしれない」

そう言って、二人で顔を見合わせて笑う。

意外に自然に会話が始まった気がする。

アルマークは思った。

これなら言えそうだ。

アルマークとウェンディは、岩に並んで腰掛ける。

「1組の劇、良かったね」

アルマークの言葉に、ウェンディは微笑む。

「うん。すごかったね。私達のクラスとは全然方向性が違う劇だったけど」

「そうだね」

「フィッケがあんなに演技がうまいなんて思わなかった。台詞もあんなにたくさん、ほとんどすらすらと喋ってたよね」

「ああ、実はそれはね」

アルマークは一瞬、フィッケの名誉のために黙っておこうかとも思ったが、この自然な空気を壊さないためにも犠牲になってもらうことにした。

ごめん、フィッケ。明日メリア羊の香草焼きでもおごるよ。

「えー、そうなの?」

ウェンディが目を丸くする。

「確かにチェルシャは模声の術が得意だったけど。中盤のほとんどの場面を吹き替えちゃうなんて」

「よっぽどフィッケの台詞覚えが悪かったんだろうけど」

アルマークは頷く。

「アインも思い切ったことをするよね」

「うん」

ウェンディは頷く。

「でも1組の子たちの、すごい劇にするんだって気持ちは伝わってきたよ。台詞は覚えられなかったかもしれないけど、フィッケだってすごかった」

「そうだね」

確かに最後の場面での二人の演技は圧巻だった。

アインやフィッケだけではない。

出演したエメリアやムルカ、ラープス。みんな堂々と演技をしていたし、表に出ない演出や裏方の生徒たちの一丸となった努力がなければ劇の成功はあり得なかっただろう。

「でも、僕たちも1組に負けない劇ができると思う」

アルマークは言った。

「だけど2組の劇を成功させるには、僕たち二人は今のままじゃダメだと思ったんだ」

「うん」

アルマークが本題に切り込んだことが分かったのか、緊張した顔でウェンディが頷く。

「ウェンディ、僕は君とちゃんと話さなきゃって」

「うん」

ウェンディはアルマークを見た。

「私も、そう思ってた」

「よかった」

アルマークはぎこちなく頷いてみせた。

「それじゃあ先に僕から話すよ」

「分かった」

ウェンディが真剣な顔で頷く。

「話して」

アルマークが意を決して口を開こうとしたその時だった。

「おや。ちょうど二人でお揃いだね。これはついてるな」

場違いな、ひどく快活な声。

二人は驚いて顔を上げた。

「ごめんごめん」

灰色のローブをまとった男性だった。

謝りながらも満面の笑顔でゆっくりと近付いてくる。

彫りの深い柔和な顔立ち。

見覚えがある。

「驚かせてしまったかな。せっかくの魔術祭のデートを邪魔してしまったようだね」

そう言ってオーバーに両手を広げる。

芝居がかった仕草。

その右手の中指に金色の指輪が光っていた。

「知ってる人?」

ウェンディが不思議そうにアルマークを見る。

知っている。

前回会ったときは、真っ白のローブをまとっていた。

「……ライヌルさん」

アルマークはその宮廷魔術師の名を呼んだ。