軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

龍を探す少年

アルマークとモーゲンが連れ立って自分達の席に戻ると、ネルソンとレイドーはもう座って二人を待っていた。

「ずいぶんゆっくり昼飯を食ってたんだな」

ネルソンが呆れ顔で言う。

「1組の劇、始まっちまうぜ」

「ごめんごめん」

アルマークは謝って腰を下ろす。

「間に合ってよかった」

「1組の劇、タイトルは何だっけ」

モーゲンの問いに、ネルソンが答える。

「龍を探す少年、だってよ」

「ふうん。面白いのかな。アインは自信満々だったけど」

「しっ」

レイドーがそっと自分の唇に指を当てる。

「幕が上がるよ」

その言葉通り、舞台の幕がゆっくりと上がっていく。

客席からどよめきが起きた。

「おお」

思わずネルソンも声をあげる。

舞台には、まるで本物と見紛うばかりの農村風景が広がっていた。

背の低い家々と、かなたまで続く麦畑。脇を流れる小川のせせらぎの音まで聞こえてくる。

「これはすごいな」

アルマークも唸る。

午前中の演目とのいきなりのレベル差に、一般の客席も最初のどよめきの後は、呑まれたように静まり返っている。

「演出にすごい人数を割いてるんだ」

レイドーがそっと囁く。

「1組は、出演する生徒がかなり少ないと聞いたよ。その分、魔法の演出に力を入れているんだ」

「なるほど」

アルマークは頷く。

おそらく出演者の数を絞り、アインの指揮監督のもとでクラス一丸となってこの風景を表現しているに違いない。

その本物のような農村風景に、舞台袖からひょろりとした少年が入ってきた。

フィッケだった。

「ああ、龍が見てえなあ」

開口一番、フィッケは言った。

「龍が見てえ。一度でいいから龍が見てみてえなあ」

のんびりとした、緊張感のない声。

いつもの飄々としたフィッケだ。

だから、芝居臭くなく、まるで農村の純朴な少年がそこにいるかのように見える。

「なあ、あんた。龍を見たことがあるかい」

フィッケが通りがかった人に話しかけるが、通行人はフィッケをまるで相手にせず歩き去っていく。

「なあ、あんた」

懲りずにフィッケは別の通行人に話しかける。

「龍って見たことあるかい」

しかしその通行人も、フィッケのほうを見向きもせず、さっさと歩き去ってしまう。

「おい、返事くらいしてくれたっていいだろ」

フィッケが口を尖らせて不満そうな声をあげる。

それでも諦めず、通りかかった別の人にも同じ質問を投げかけるが、またも返事すらしてもらえない。

「なあ。返事くらいしろって」

フィッケはそう言って通行人の肩を掴もうとするが、振り払われて無様に地面に転がる。

「いてっ」

フィッケは顔をしかめて腰をさすった。

「なんだよ。痛えじゃねえか」

そう毒づくが、通行人は振り向きもせずに舞台の袖に消える。

「くそ」

フィッケが立ち上がる。

「すごいね、あれは全部」

レイドーが呟く。

「うん」

アルマークにも分かった。

通行人は全て、本物の人ではない。

ただの服やローブだ。

それを魔法の力で膨らませ、フードをかぶらせて、本物の人のように動かしている。

フィッケはその運動神経で、まるで自分が通行人に振り払われたかのように、服を掴んだ後で自分できれいに転んでみせたのだ。

その滑らかな動きを見る限りでは、幸いにも朝エメリアにへし折られたように見えた首は無事だったようだ。

「あーあ。誰か龍を見たことのある奴、いねえのかよ」

フィッケが頭の後ろで手を組んでそうぼやく。

ここまで、実質フィッケの一人芝居だが、まるでそれを感じさせない。

客席はもうすっかり劇に魅入られたように静まり返ったままだ。

「龍などいない」

不意に、重々しい声が響いた。

それはまるで舞台どころか講堂全体にずしりと響くような重い声だった。

それから、声の主であるアインがゆっくりと舞台に現れる。

「音声の効果もすげえな。1組の連中、研究してやがるぜ」

ネルソンが悔しそうに言う。

「お前か。いもしない龍を、見たい見たいと騒いで皆から呆れられている小僧というのは」

アインは老人に扮していた。

声に聞き覚えがあったので、それがアインであることがアルマークにもかろうじて分かったが、そうでなければとっさに本物の老人に見えてしまっていただろう。

単なる扮装ではなく、ここにも魔法の演出が加わっているようだ。

「ああ、俺だ」

フィッケが答える。

「なぜそんなにも龍が見たい」

アインの問いに、フィッケは無邪気に首を振った。

「分からない」

「分からないだと」

「ああ。なんで龍が見たいのか、自分でも分からない」

フィッケは快活に言った。

「でも、龍を見なきゃいけないってことは分かっている。俺はどうしても龍が見たいんだ」

「よかろう」

アインは頷く。

「ならばここから西を目指せ」

アインはまっすぐに客席の奥を指差した。

「遥か西の彼方を目指せ。その旅の途中で、お主は必ずや龍に出会うであろう」

「西か」

フィッケがにんまりと笑う。

「よしきた。俺は、西を目指す」

その台詞とともに、背景の農村が一瞬でかき消える。

代わって背景に浮かび上がったのは、どこまでも続く砂漠。

かと思えば、鬱蒼とした大森林。

はたまた、舞台が燃えてしまうのではないかと心配になるような灼熱の火山。

フィッケはそれぞれの土地で、まるで龍の化身のような人物に出会う。

その正体を探ることで物語は展開していく。

しかし、結局は皆、龍ではなかった。

砂漠にいたのは、ガレインと武術大会で対戦したラープスだった。

ラープスは、フィッケとの噛み合わないやり取りの後で、大きなふたこぶのあるラクダに姿を変えた。

無尽蔵の体力でガレインを苦しめたラープスには、ラクダはぴったりだな、とアルマークも頬を緩める。

森林にいたのは、武術大会でデグと対戦したムルカだ。

整った容貌で女生徒から人気の彼は、フィッケとのコミカルなやり取りの後で、足の長い大きな白い羽の鳥に姿を変えた。

火山では、エメリアがフィッケを出迎えた。

けんかっ早い彼女らしく、荒々しくフィッケを追い払おうとするが、どうしても龍が見たいフィッケは、あの手この手でエメリアの正体を探ろうとする。

最終的に見せたエメリアの正体は、凄まじい威圧感を持つ巨大な牛だった。

その造形に闇の魔獣エルデインの姿が重なり、アインはあれを参考にしたな、とアルマークは苦笑いする。

自分の経験は必ず何かに生かす。

転んでもただでは起きない、アインらしいしたたかさだ。

どの場面でも、細かな演出まできちんと練ってあって、途中からすっかり劇の世界に没頭した観客たちは、フィッケと一緒に泣いたり笑ったりした。

長い旅の後、フィッケはとうとう切り立った崖にたどり着いた。

もちろん本当に崖の上にいるわけではないが、魔法の演出でそうとしか見えなかった。

崖の向こうは、一面の海。

呆然と立ち尽くすフィッケの前に、女神姿のカラーが現れ、ここは西の果て、と告げる。

「勇敢なる者よ。もうこの先にはいかなる大地もありません。あなたのもといた場所へお帰りなさい」

「そんなバカな。龍は」

フィッケはそう言い募るが、カラーは悲しそうに無言で首を振る。

失意のフィッケは、また長い旅を経て、自分のもといた農村に帰り着く。

出迎えたアインに、フィッケは涙ながらに訴えた。

「あんた、俺を騙したな。俺は命懸けで西の果てまで行ったけど、龍はどこにもいなかった。俺は龍を見ることができなかった。龍さえ見られれば死んでもいいとさえ思っていたのに」

その悲痛な叫びは、まるでフィッケとともに世界を旅してきたような気分になっている観客たちの胸を打ち、客席のあちこちですすり泣きが漏れる。

しかしアインは動じなかった。

「龍は、いる」

アインは厳かに言った。

「どこにいるんだ」

フィッケが噛み付く。

「いるなら見せてみろ」

「龍は、ここにいる」

アインが両手を挙げる。

その手を光が包んだ。

その瞬間、客席が大きくどよめいた。

「あっ」

思わずアルマークも声をあげた。

アインの発した光に照らされたフィッケの影が、背後の舞台の壁に長く伸びていた。

その影の形。

それは、紛れもなく巨大な龍の姿をしていた。

「龍は、お前だ」

アインは言った。

「旅が、お前の魂を磨き、自らを龍へと昇華させた」

「俺が、龍だって」

フィッケが呟く。

「そうだ」

アインは頷く。

「お前は求めた。龍の力を。気高さを。そして旅の果て、それを手に入れた」

「俺が、龍」

フィッケはもう一度言った。

今度は力強く。

フィッケは誰かに呼ばれたかのように、客席を振り向く。

その顔は、緊張感のないいつものフィッケではない。

フィッケはまっすぐに、遥か先を見据えていた。

その背後で、フィッケの影の龍が、ゆっくりと巨大な翼をはためかせる。

影の龍が最後に大きく翼を広げたところで、舞台の幕が下りた。

客席の大きな拍手は、しばらくの間鳴り止まなかった。