軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

昼食

「よかったね、ラドマールのダンス」

モーゲンがぽつりと言った。

「そうだね」

アルマークは答える。

午前の演目が終わった昼休み。

アルマークとモーゲンは、普段と違い露店の並ぶ校舎の周りから少し離れた石の上に並んで腰を下ろしていた。

二人の手には、モーゲンが午前中に買い忘れていたという、メリア羊の肉の香草焼きの串が握られている。

「うん、やっぱり買ってよかった」

モーゲンは一口かじってそう言うと、もう一度しみじみと呟く。

「フィタもザップもよかったよね」

「うん」

モーゲンにつられて自分も肉をかじりながら、アルマークは講堂で今しがた見た、ラドマールたちのクラスのダンスを思い出す。

舞台の上。

軽快な音楽に合わせて、15人の学生が踊る。

ラドマールはその一番端の目立たないところにいた。

出だしは好調なように見えた。

「このクラス、動きが揃ってるな」

ネルソンが感心したようにそう呟く。

ラドマールとは反対の端のほうにフィタとザップの姿もあった。

クラス全員の動きがきれいに揃っている。

時折彼らが見せる魔法は、アルマークたち3年生の目から見れば、ごく初歩的なものだったが、それでも効果的に使われていて、一般の観客の目を驚かせ楽しませるには十分な効果をあげていた。

最初のパートが終わったときには、客席から大きな拍手が沸き起こったほどだ。

しかし、徐々に遅れの目立ち始めた生徒がいた。

ラドマールだ。

少しずつ、ほかの生徒の動きとの間にずれが生じ始める。

最初は多少の違和感で済んでいたそのずれが、曲が進むにつれだんだんと大きくなり、やがて誰の目にもラドマールが遅れているのがはっきりと分かってしまう。

「ああ」

モーゲンが呻くように言う。

「ラドマール、がんばれ」

アルマークは無言で、ラドマールの動き一つ一つをしっかりと目に焼き付ける。

舞台上の全員が揃って両手を前に伸ばす。

その手からぱちぱちと七色の火花が散った。

観客が歓声をあげ、それよりだいぶ遅れたタイミングでラドマールの手から、お世辞にも立派とはいえない火花が散った。

どこかで誰かがくすくすと笑う声がする。

けれど、ラドマールは必死な顔で踊り続けた。

動きの一つ一つに目を配っていたアルマークには分かった。

ラドマールは、体力も運動神経も魔力の練り方も、それにおそらくは音感も、ほかの生徒よりも数段劣っていた。

けれど、踊りを構成するどの動きも、決しておろそかにはしなかった。

笑われようとも、それに心を動かされることもなかった。

軽快な音楽とも振り付けともまるで不釣り合いな、必死な表情で、それでもラドマールは踊り続けた。

僕は、ここから始める。

それはラドマールの意思表明のようにも見えた。

人は、意識を変えたからといって急に立派にはなれない。

変わりたいと願って、それで変われるのなら苦労はない。

誰も絶望などしない。

変わろうと願い、改めて真剣に無様な自分と向き合って、その道のりの遠さに初めて絶望するのだ。

無様な自分と向き合い、道のりの長さを知ってもなお、それでも自分を変えたいという意志を貫くことができるのか。

その決意を、ラドマールは仲間たちから遥かに遅れながらも、動きをおろそかにせず踊り続けることで示しているように思えた。

だから、ラドマールを知らない人たちから見れば、それはただの滑稽な、無様なダンスだっただろう。クラスの和を乱す、足を引っ張るダンスだっただろう。

けれど、夜の薬草狩りでのあのかたくなな、失敗して恥をかくくらいなら挑戦自体をしないことを選び続けていたラドマールの姿を知っているアルマークやモーゲンには、舞台上のラドマールの姿は胸を打つものだった。

「お客さんには笑ってる人もいたけど、生徒席からは笑い声は聞こえなかった」

モーゲンが言った。

「みんなにも何か感じるものがあったんだよ、きっと」

「そうだね」

アルマークは頷く。

「みんな、少なくともここで魔法を学んでいる以上は、イルミス先生から教えを受けているからね。“虚飾を排し、ありのままを見る”。ラドマールの動きの先にある彼の決意をなんとなく感じ取ったんだと思うよ」

午前の演目が終わり、講堂を出るときにすれ違ったコルエンの言葉をアルマークは思い出す。

コルエンは隣を歩くポロイスに言っていた。

「あんな軽快な音楽に乗せてあんな侠気を見せられちゃ、笑うに笑えねえよな」

コルエンらしい言いぐさだが、彼の本音だろう。

勇気をもらった、とアルマークは思う。

ラドマールのやってみせてくれたように、僕も、無様かもしれないけれどウェンディときちんと向き合おう。

またウェンディを泣かせてしまうかもしれない。

逆に僕が泣いてしまうかもしれない。

けれど、それでもきちんと向き合おう。

あの夜のことを知るウェンディも、きっとラドマールのダンスを見て同じことを感じているはずだから。

「ザップとフィタも最後までみんなと一緒に踊りきったね」

モーゲンの言葉に、アルマークは頷く。

ダンスが終わってから、二人は真っ先にラドマールに駆け寄っていた。

ラドマールは相変わらずの仏頂面だったが、二人を拒みはしなかった。

それはきっとまた新しい一歩の始まりだろう。

モーゲンが傍らの袋から、デザートにと買っていた果実を取り出して、アルマークに一つ手渡す。

「ありがとう」

アルマークが礼を言って受け取ると、モーゲンはぽつりと言った。

「僕、もうラドマールのことを王子様って呼ぶのやめよう」

「どうしてだい」

「なんだかバカにしてるみたいに聞こえるからね」

そう言ってから、モーゲンは笑顔で付け加える。

「ラドマールが本当に王子様になったら、そう呼ぶことにするよ」

「いい考えだ」

アルマークは頷いた。

「僕もそうしよう」

「君たちはまだこんなところでのんびり食べてるのか」

急に背後からそう声をかけられて、振り向くとアインが呆れ顔で立っていた。

寮に何かを取りに行っていたのか、手に袋を持っている。

「午後の部が始まるぞ。僕らの劇だ。ちゃんと特等席で初めから見たほうがいいぞ」

「ああ、分かったよ」

アルマークは果実をかじりながら頷く。

「アイン。君も頑張って」

「がんばってね」

モーゲンもそう言って手を振る。

「度肝を抜かれるなよ。明日、戦意喪失して休演しないようにするんだな」

アインはにやりと笑ってそう言うと、足早に歩き去っていく。

それを見送り、食べ終わった果実の芯を投げ捨てると、モーゲンは大きく伸びをした。

「さ、夕飯まで劇でも見ようか」

「そうだね」

アルマークも笑顔で同意し、果実の芯を思いきり投げる。

芯ははるか遠くの茂みに落ちて、見えなくなった。