軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

講堂

初等部の講堂。

その入口で手持ちぶさたに立っていたモーゲンは、アルマークが近付いてくるのを見付けて、ほっとしたように手を振った。

「やっと来たね」

「ごめん、少し遅くなった」

アルマークが歩み寄る。

「君が遅いから、もう色々食べちゃったよ」

そう言うモーゲンの手には、まだもう一つ、何かの肉の串が握られている。

「うん、そうみたいだね」

アルマークは頷いて、モーゲンの周りを見回す。

「ネルソンとレイドーは?」

「もう先に入って席を取ってくれてるよ」

モーゲンは串で講堂の中を指す。

「ああ、そうか。それは申し訳なかったな」

「遅かったのは何か理由があるの?」

「いや、ラドマールがね」

アルマークは先程の話をモーゲンに話して聞かせながら、並んで講堂の中に入る。

「そうか、王子さまの本気のダンスが見られるんだね」

モーゲンがそう言って微笑む。

「うん」

アルマークは、モーゲンがラドマールのことを王子様と呼ぶのを、そろそろ訂正しようかと一瞬悩むが、本人に言うわけでもないしいいか、とすぐに思い直す。

講堂の舞台は幕が下ろされていた。

ほとんど満員に埋まった客席はざわざわと騒がしい。

「まだこれからなのかな」

アルマークが言うと、モーゲンが首を振る。

「もう1年生の合唱は全部終わっちゃったんだ」

「え、そうなのかい」

「これから2年生のダンスが始まるんだよ」

「それは悪いことをしたな」

アルマークは顔をしかめた。

エルドとシシリーの出番も終わってしまったということだ。

あの仲のいい二人がけんかをするほどの合唱を、ぜひ見てみたかった。

「モーゲンも見たかったろう。すまない、僕を待っていたせいで見逃してしまったね」

「いや、別に」

モーゲンはあっさりと首を振る。

「僕はむしろ1年生の演目が始まる時こそ狙い目だと思っていたからね。お客さんがみんな講堂に入ったから、買いたいものがゆっくり買えたよ」

「なるほど」

アルマークは唸る。

「それは賢いな」

「まあね」

モーゲンは微笑む。

「それに、1年生の合唱は明日も明後日もやるしね」

「あ、そうか」

アルマークが思わず頷いたとき、遠くからネルソンの声がした。

「おーい、アルマーク、モーゲン。こっちこっち」

客席の前の方で手を振っている。

来客用の席とは別に、生徒用の席が設けられているので、場所さえ選ばなければ座る席はあるのだが、ネルソンたちはかなり前の方を取ってくれていたようだ。

そういえば演奏会でも、ネルソンたちはかなり前の方にいたな、と思いながらアルマークは手を振り返し、そちらへ向かう。

しかし、席の途中途中で見知った顔に出会い、そのたびに呼び止められるものだから、モーゲンはどんどん先へ行ってしまい、アルマークだけがなかなか自分の席にたどり着けない。

「よう、アルマーク」

食べ終わった串を口に咥えたままのコルエンが長い足を窮屈そうに組んで、アルマークに向かって笑いかける。その隣の席ではポロイスが難しい顔で腕を組んでいる。

「おはよう、コルエン。ポロイスはずいぶん難しい顔をしてるね」

「台詞が覚えきれねえんだってさ」

コルエンが咥えた串を上下させながら楽しそうに答える。

「別にまだあと二日もあるのにな。まあかわいそうだからあまり話しかけてやらねえでくれ」

「分かった」

アルマークが二人の席を離れると、すぐにまた別の声に呼び止められる。

「アルマーク、おはよう」

ウェンディのルームメイトの、カラーだった。

1組のほかの女子と一緒に座っている。

「やあ、カラー。おはよう」

「今日はウェンディと一緒じゃないんだね」

カラーの言葉に、アルマークは曖昧に頷く。

「うん、まあ」

「聞いたよ」

カラーが声をひそめる。

「劇で、ウェンディと恋人同士の役なんだってね。やるじゃない」

「いや……」

アルマークは頭をかく。

劇での役は確かに恋人同士だが、おそらくカラーの想像しているような感じではない。

「それより、カラーも劇に出るのかい? 今日の午後が本番だろ?」

「うーん、まあ私も出るけどね」

カラーは苦笑いする。

「うちはとにかくあれが気合い入ってるから」

そう言って斜め前の席を指差す。

「あれとはなんだ、あれとは」

顔をしかめてアインが振り返った。

「やあ、アイン」

「来たか、アルマーク」

アインはニヤリと笑う。

「君の顔を見るとやはり気合いが入る。今会えてよかった」

「どういう意味だい」

「武術大会で王太子からトロフィーを受け取ったときの君の姿を思い出すのさ。魔術祭ではそうはいかないぞ」

冗談めかしてそう言うが、目は笑っていない。どうやら今日のアインは相当本気だ。

「じっくり見させてもらうよ」

アルマークが言うと、アインの隣に座っていたフィッケが振り返る。

「アルマーク、俺の演技にも注目してくれよな。俺の役はすごいんだぜ、なんと」

言いかけたフィッケの頭が後ろから強い力で引っ張られて、首がおかしな音をたてる。

「ぎゃあ」

「余計なことを言うんじゃないよ」

エメリアだった。

「やる前から競争相手に話をばらしてどうするんだ」

「首が! アイン、俺の首が!」

「大丈夫だ、ちゃんとつながっている」

アインはフィッケを見もしないでそう答えると、アルマークに笑いかけた。

「今日はゆっくりできるといいな」

「え?」

「余計な邪魔が入らないといいな、ということさ」

「ああ」

アルマークは右手をさすって頷いた。

「そう願っているよ」

「いつでも声をかけてくれ」

アインは微笑んだ。

「劇の最中以外はね」

「アイン、首が動かない!」

「大丈夫だ、声は出ている」

アルマークはアインに、ありがとう、とお礼を言ってその席を離れる。

「ずいぶんのんびり来たのね」

あまり聞き覚えのない声に話しかけられ、アルマークはそちらに目をやる。

ロズフィリアだった。

「やあ、ロズフィリア」

アルマークは答える。

「君と話すのは初めてだね」

「ええ、初めてね」

ロズフィリアは大きな瞳で興味深そうにアルマークを見上げた。

「前からお話ししたいと思っていたのよ、あなたとは」

「ありがとう」

アルマークは頷く。

「でも、友達が待ってるんだ。あまり長話をしている暇はないんだけど」

「そうね、だから一言だけ」

ロズフィリアは目を細めた。

「レイラが変わったわね。きっとあなたのおかげでしょう」

「いや、僕は別に」

アルマークが首を振ると、ロズフィリアはくすりと笑う。

「そう言うと思ったわ」

それから、小さく頭を下げる。

「お礼を言うわ。ありがとう」

「なんで君が」

「だって」

ロズフィリアは笑みを隠すように手で口許を覆う。

「一人ぼっちのレイラじゃちっとも私の相手にならないから。これでしばらくは退屈しないで済みそう」

「よく分からないけれど」

アルマークは首を振る。

「お手柔らかに頼むよ」

そう言ってロズフィリアの席を離れる。

トルクが、ガレインとデグと3人で座っているのが見えた。

トルクはちらりとアルマークを見たが何も言わなかった。

ウォリスはバイヤーやキュリメと何やら小声で話していた。

アルマークの姿を見るとバイヤーが手を挙げ、アルマークが手を振り返すとウォリスは顎だけで頷いてよこした。

レイラとセラハは別々の席に、それぞれ一人ずつで座っている。

二人とも物思いに耽っているようで、張り詰めた雰囲気に挨拶するのも憚られた。

そこから少し前の席に。

ウェンディは、ノリシュやリルティと一緒に座っていた。

「おはよう」

アルマークが声をかけると、ノリシュとリルティが振り向いて笑顔で、おはよう、と挨拶を返してくる。

一拍遅れてウェンディも、おはよう、と言った。

その顔にも、ぎこちない笑顔が浮かぶ。

「今日の夕方、待ってるからね」

アルマークは、ウェンディに囁いた。

「あの石のところで」

「うん」

ウェンディは頷いた。

「待っててね。必ず行くから」

それから、アルマークはようやくネルソンたちのところにたどり着いた。

レイドーの教えてくれた席に腰を下ろしたアルマークを、隣のネルソンが肘でつつく。

「人気者だよな、アルマークは」

「え?」

「いろんな奴らに声をかけられてさ。別のクラスの連中までアルマークアルマークって」

「そうかな」

アルマークは首を捻る。

「色々あったからね。いつの間にかみんな友達だ」

「それがすげえよな」

ネルソンの言葉にレイドーも頷く。

「半年で、すっかり学年の有名人だからね。みんなが君に注目しているよ」

「そうそう」

ネルソンが頷く。

「お前が入ってきたとき、講堂が少しざわついたもんな」

「大げさだな」

アルマークは苦笑いする。

有名人でもなんでもない。ただ、みんなによくしてもらっているだけだ。

それに、今日の僕はそれどころではない。

ふと、隣に座るモーゲンが難しい顔で黙りこくっているのに気付く。

「どうしたんだい、モーゲン」

「いや……」

モーゲンは首をかしげた。

「何か買い忘れてる気がするんだよね……」

「もうあとは昼にしろって」

ネルソンが呆れたように笑った。